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78. マダームの使うレティア武闘術

 お互い、マットの縦一枚分ぐらいの距離を取り、対峙する。

 マダームは少し腰を落として、左身を前に出して、ボクシングみたいなファイティングポーズを取る。

 うわ、この人もの凄く強くない?

 そういや、ギルドマスターなんだから、当然、冒険者カードも白金プラチナだろう。

 パット並、いや、もっと強いかも。

 拳と蹴りで、ダンジョンを駆けめぐって、冒険してた人なんだよな。

 これは失敗したかもしれない。


 けど。


 ああ、なんだろう、マダームが強いとわかっても、怖さよりも、なんだか心の奥からふつふつとワクワクがわき上がってきて、オラワクワクしてんぞ。


「おほほ、お手やらわかにおねがいするざます」


 たん、と軽くマットを蹴ったと思ったら、もの凄い早さで、マダームは間合いを詰めてくる。

 額が当たるほどの距離から、右からのワンツー、コンビネーションパンチが飛んできた。

 右を左手でさばいて、左フックをぎりぎりで避ける。

 早いっ! 

 左膝が僕の金的を狙って跳ね上がり、それをすり足で下がり、すかすと、そのまま僕の頭まで足が上がり、かかとが落ちてくる。

 肩を入れて、マダームのかかとに斜めに当てて方向をずらして、体当たりする勢いでえりを取りに行くが、片足が上がったままなのに、右拳がアッパー気味に僕のアゴを狙って上がってくる。


 なんだ、この攻防速度はっ!


 ダッと、身を逸らし気味に一歩下がる。

 拳、拳、蹴り、拳、回し蹴り、裏拳、肘、正拳。

 嵐のように打撃技が襲ってくる。

 僕は丁寧ていねいに、確実に、払い、受け、らし、避け、そして避ける。

 僕の柔道アイが、この一発一発がまともに入ったら、良くて気絶、当たり所が悪ければ、死、というのを冷酷れいこくに伝えてくる。


 すげえ、この人、すげえ。


 中年の女性の出してくる攻撃じゃ無い。

 型も美しくて、無駄が無い。

 何十年も、欠かさず、毎日、才能のある人が、みがきにみがきぬいた技だ。

 僕は恐怖で背筋をバリバリと震えさせながら、口が笑みの形になるのが止められない。

 マダームは金的を狙う、目を突いてくる、頭部のヤバイ位置を正確に狙う。

 一撃で敵を倒す為の打撃の武道だ。


「速い、我が君が、ギルマスが、何をやっているのか見えないっ」

「ギルドマスターの前で、あんなに長く立っていた人は初めてみたわ」

「すげえ、さすがは勇者だっ」


 どんどん速度が上がってくる。まだ上がる、まだ上がる。

 すごい、底知れない実力だ。

 なんで、僕は、この攻撃を全部見切る事が出来るんだ。

 【徒手格闘】の補正凄すぎだろう。


 まったく。


 くくくっ。


 すげえ、すげえっ!


 あはははっ、なんか最高にハイって奴だ。

 僕も燃やすぞ、柔道スピリッツをっ!


 ギュンと音を立てて、マットの上をすり足で高速移動!

 マダームの動きと速度に慣れるぜっ!

 タイミングと予測をフルに使って、マダームの拳をいなしながら、運動の方向を変える。

 下向きにっ! 

 そのまま、そのまま、腰も腕も力も使わない、ただ、運動方向の誘導で、相手の体勢を崩す。下へ、下へ。

 虚数の域まで、運動力を直下へ。


 気がつくとマダームは一回転して、吹っ飛んでいた。

 あ、やばい、と思って、とっさに動いて彼女の後頭部に手を置いてカバーしたが、必要は無かった、バアアンッと良い音がして、綺麗な受け身をマダームが取っていた。


 しんと柔道場に沈黙が落ちた。


 そして、みんな立ち上がって、歓声を上げた。


「さすがは我が君ですっ!」


 パットが立ち上がって、キラキラした目で手を叩いている。


「投げられてしまったざます。しかし、今の技は、なんざんしょ」

「通称、空気投げ、正式な名前はすみ落としっていう、技ですね」


 というか、そんな技をなんで僕は知ってるのだろう、こんな合気道っぽい技は学校でやるわけがない。

 でも、これは柔道の技って僕は知っている。

 ネットや本でちらりと読んだ情報を掘り起こしてるのだろうか?


「さすが、ゲンキ先生ざます、あたくしも結構本気を出したんざますけどね」

「一撃死するような技は勘弁かんべんしてください」

貴方あなたのレベルでは、これくらいの強度が無いと、修業にならないざますよ。さあ、もう一回ざます」


 いや、もう無理。

 僕は、マットにへたり込んで、ひゅうひゅう言っている。


「体力が無さ過ぎざます。なんざますか、そのバランスの悪さは?」

「すいません」

「ゲンキ先生の武道は、筋力が必須ひっすざます、いつもは、どんなトレーニングをんでるざますか?」

「我が君は、ランニングだけですね、しかも昨日から」

「……。才能の無駄使いざますっ!! よござます、あたくし自ら、トレーニング方法を指導するざます。びしびし行くざますよ」

「だ、だれか助けて~」


 ランニングだけで死ぬのに、この上ウエイトトレーニングまでしたら、ひからびる。

 僕は別にプロレスラーになりたい訳じゃないんだ~。


「あと、勇者ゲンキとしては、打撃技は欲しく無いざますか?」

「欲しいですね、柔道は防衛には強いのですが、攻撃力に欠ける所があります、打撃があれば、戦闘の幅が広がりますから」

「では、あたくしがレティア武闘術を指導するざます。推測すいそくすると、ジュードーは昔、打撃技があったのではないざますか?」

「ええ、元になった武道は柔術というのですが、そちらには打撃技も有りました、国民みんなに楽しく覚えて貰うように、打撃や危険な技は外したと聞いてます」

「それは素晴らしい考え方ざますね、受け身と投げ技、固めわざとめ技に限れば、おぼえやすいざますし、腕が足りない者の事故も少なくなるざます。合理的ざますね」

「ええ、ですので、日本では、警察という衛士のような人たちは必ずやってますし、男子学生は全員が教わります」

「メイリンの行政塔がよだれをらしそうな話ざますね。衛士、警吏けいし、騎士に良さそうな技術ざますね。異世界の技術や考え方は、良い物が多いざます」


 やれやれ、やっと息がととのった。

 しかし、マダームに打撃技を習うのは良いな、学校柔道にレティア武闘術を足して、ゲンキ流柔術として完成させよう。

 うんうん。

 でも努力は嫌だなあ。筋トレとかも。

 まあ、いいや、明日は朝から一日ダンジョンにプレチャレンジだから、明後日あさって考えよう。


 その後は、参加者の受け身を見たり、投げて受け身を取ってもらったりしてたら、昼の五時になった。

 地球時間だと正午ね。

 みんなに、明日はダンジョンに行くから、お休み、明後日から、またやりますと宣言して解散。


「では、明後日までに、ゲンキ先生の改造計画書を作っておくざます。覚悟するざますよ」

「お、おてやわらかに」


 特例で、ギルド職員が使う行水場を貸して貰った。ふう、汗をかいたよ。


 行水場から出ると、メルクさんが僕とパットに鍵を渡して来た。

 なにかと思ったら、柔道の講義をしてる間は嘱託しょくたく職員扱いになるから、ロッカーを貸してくれるらしい。他に、講義の一時間あたり、五点のギルドポイント付きだそうだ。

 それは良いなあ。パンゲリア時間で二時間ぐらいやるから、一日十点だ。商隊の護衛一回分ぐらいポイントがもうかる。


 ギルドのロビーに行くと、あやめちゃんとオッドちゃんが待っていた。お待たせお待たせ。

 オッドちゃんが何かをぶら下げていたので、見たら、なんだか大きなカエルだった。


「なにそれ?」

「図書館で襲ってきた暴漢」

「カエルがおそってきたの?」

「おっさんだったけど、魔法でカエルに変えたのよ」

「……。今すぐ元に戻してあげなさい」

「タスケテタスケテ」


 うわ、カエルがしゃべった。

 オッドちゃんが呪文を詠唱えいしょうすると、カエルはおっさんに戻り、ギルド職員の通報でやってきた衛士に連れて行かれた。

 オッドちゃんの日常って、ときどき邪悪なメルヘンがじるからなにげにコワイ。


「げんきくんの方は大丈夫だった?」

「一人暴漢が講習にじっていて襲われたけど、大丈夫だったよ」

「我が君がジュードーで制圧したよ。格好良かったのです」

「さっそく、あのコワイ顔のハーフリングが動いてるわね」

「メイリンの裏組織に金をいたようだ。これは前触れで、パンゲリア東部に居る刺客が全部やってくると思うぞ」

「アヤメの魔術教育も早く進めないと、あぶないわね」

「感知、認識系の魔法が覚えたいなあ。あとバリア魔法」

「バリアは高等魔法だから教えるのが難しいわね。殺虫魔法さえ伝えれば良いと思ってたのに、大事になったわ」

「なるべく、みんなで注意していこう。お昼はどこに行く?」

「菜っ葉以外ならなんでもいいですよ」

「ドワーフ料理は豪快で好きなのだけど、メイリンには無いのよね」

上横路ストリート辺りをぶらぶら歩いて探そうよ」


 僕たちは上横路ストリートに行くべく、連邦口主道 アベニューを降りはじめた。

【次回予告】

げんきたちはメイリンの街中に繰り出す。

だが、そこには死舞手の卑劣な罠が待ち構えていた。

日常、即戦場の暗殺部隊からの攻撃をはね返せ、げんきっ!


なろう連載:オッドちゃん(略

次回 第79話

上廻り横路

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