76. 凶相のハーフリング
酒場を出ると、黄色い月がずいぶん昇っている。
白翼遊撃団は飲み足りないというので置いて出てきた。
何時までも酔っ払いの方々と付き合ってはいられない。
ふう、美味しいお店だった。
でも高そうなお店だったなあ。
オッドちゃんは、いくら払ったのだろう。
などと考えていたら、なんだか、凄く嫌な雰囲気を、複数の物陰から感じた。
「我が君、殺気です」
ああ、これが殺気か。
僕の柔道感覚に引っかかったらしい。
漫画とかで、むむ、殺気! というのはこんな感じなのか。
すっと、あやめちゃんを囲むようにして、僕らは布陣した。
前衛は、僕とパット、後ろをオッドちゃんが守る。
「出てこい、曲者っ!」
ざあっという感じに殺気が強くなる。
僕は、目で殺気の出場所を確かめる。五カ所ほど。
路上には僕たちと、路と、二つの月だけしか居ない。
さやさやと風が流れて行く。
とん、と軽い音がして、僕らの先の路上に、百三十センチぐらいの、小柄な女の子が現れた。
黒い服を着ている。腿辺りが膨らんだアラビアっぽいズボン。黒い上着に灰色の刺繍。
腰には短めの曲刀を下げていた。
うつむいていて顔は解らない。
「初めまして、不可触の大魔女。とその召還勇者さんたち……」
「誰?」
少女は顔を上げた。
凶相と言って良いだろう。
三白眼の大きな目でこちらを睨みつけて、少女は口を三日月型に歪めて笑っている。
決して醜い顔ではない、それどころか人形のように整った顔だ、だが、その顔色と目の隈、なにより目つきの鋭さが凶悪な雰囲気を醸し出していた。
子供に見えるけど、子供では無いのだろう。たぶんハーフリング。
「くっくっく、人に名乗れるような立派な名は無いな」
「ずいぶん凶相なハーフリングだな。初めて見たぞ、朗らかな、あの種族で、そんな怖い顔は」
ハーフリングは、野小人とも言われる、朗らかでお馬鹿な、享楽的に生きている種族だ。
音楽、芸能に優れ、どんなに歳を取っても、子供にしか見えない。
いわば、種族全部が合法ロリショタという恐るべき種族なのだ。
「今日は挨拶をしにきた」
「挨拶?」
僕らを物陰から囲んでいる殺気は本物だ。
たぶん弓かボウガンで狙っている。
「オッドと交渉してこいと言われたが、初回は交渉にはなるまいよ。交渉が崩れれば、血を見るのもやむなしと言われててねえ。だから初回は挨拶という訳だよ。くくく」
「じゃあ、交渉とか死んでもしないから、そこをおどきなさい」
「こちらが何を求めてるか解らなくても拒否か、さすがはオッドだ、いいねえ」
「馬鹿馬鹿しい、バスターランチャーの弾でしょ。ハーフリングの特殊部隊なんか共和国にしか居ないじゃないの。魔王軍への牽制に使うから、弾を引き渡せっていうんでしょ。嫌よ」
「ひっひっひ。イイネ、イイネ。話が早い。では、あたいらが誰を狙うのも解ってるんだな」
「アヤメかゲンキでしょ。たとえ勇者二人が死んでも、弾を引き渡す気はないわよ、共和国の上の方に伝えておいて、あまり馬鹿な事を言うなら、世界樹の街をオッドが壊滅させるぞ、ってね」
「そんな事で引く上じゃあねえよ。ヒヒヒ。国を半分落とされた偉い奴らがどんだけ狂ったか、可愛いオッドちゃんには想像もつかないだろうぜ、くくく」
「じゃ、死んじゃいなさい、セェイプレン」
え、この状況で殺虫魔法? と思ったが、発動した現象の規模が違った。
火炎の一粒一粒の大きさが違う。
殺虫魔法の時の大きさがBB弾ぐらいだとすると、バレーボールぐらいある火の弾が、オッドちゃんの周りを縦横無尽に飛び交い、殺気のした物陰と路上の凶相の少女の元へ複雑な軌跡を描いて飛びかかっていく。
バババドガッバカッドドド!
複数の爆発音が重なり、火が爆発したあと、殺気の数が減っていた。
あの攻撃で、全部は消えていない……。
「イイネ。凄くイイ。これなら、あたいらも全力を出して死んで行ける。イイネイイネ」
どこで受けたのか、無効化したのか、あれだけの火炎弾で凶相の少女には傷一つ付いていない。
頬を歪めてニヤニヤと嗤っている。
「そんなに死にたいなら、自分で死になさいね」
「つれない事を言うなよ、オッド。くくっ、楽しい、楽しいなあ。本国があたいらを使うって事はなあ、オッドに殺されて来いって事なんだよ。千に一つ、万に一つ、弾が手には入ったら良いなあって、希望的観測で動かされて死ぬのがあたいらなんだよ。くくく、だから、楽しんで、武運、拙く果てて、汚くてみっともない死に花を咲かせれば良いのさ。不可触の大魔女、人がどこまで下衆な手を使えるのか、あたいたちが教えてあげるよ。楽しみだ。あっははははっ」
狂ったような嗤い声を残して、かき消えるように、凶相の少女は消えた。同時に囲んでいた殺気も消えた。
「あれは、共和国の……。漆黒の死舞手と呼ばれる暗殺特殊部隊か」
「また、やっかいなのが来たわね、あれだけの力があるなら、魔王軍に突っ込んで死になさいというのよ」
「コワイ雰囲気の人だったね、げんきくん。なんかマジヤバという感じ」
「魔王軍に、共和国の特殊部隊、三つどもえの闘いになりそうですね、我が君」
「さっきの火炎弾で、何人倒せたの? オッドちゃん」
「一人も。何人かには直撃して怪我は負わせたと思うけど、殺せなかったわ」
それは、凄く強いな。
死を織り込み済みの奴らには、僕の柔道はほとんど無効化されてしまうな。
色々、力不足だな。
諜報部隊を行動の言い訳にしていた腰抜けの風虎さんとは違う、ガチの暗殺者で死ぬ覚悟を持った特殊部隊だ。
なんか人の良さそうな魔王軍の奴らよりも、ずっとやばそうだ。
もっと無意味で、無目的で、救いようのない、真っ暗な闇だ。
「困りましたね、やつら、毒でも、脅迫でも、何でも使って来ますよ」
「弱い所から狙うって言って、わたしとげんきくんを狙うって言ってたけど、あれは?」
「奴らにとって、あんたたち勇者が二人だから、どっちか一人は殺せるのよ、殺した時点で、これ以上されたくなければ弾を出せと言うつもりね」
「そ、そんな……。あぶないね。使わないバスターランチャーの弾なんか捨てちゃうのはどうかな?」
「捨てたって言っても信じないわよ、それで捨てた物を魔王軍に拾われたらどうするの? たぶん、ミルコゲールでも発射出来るのよ、あの弾」
「うわあ、それは、やっかいだね」
「ミシリア教の人に、弾を厄介払いされたわけだね。大聖堂の最上の部屋に泊まらせるわけだ」
「たまに、大聖堂の宝物庫を狙った盗賊が出ると聞いたが、弾を狙ったどこかの組織だったのかもしれませんね」
「まあ、人前で、バスターランチャーの弾だと、大声で騒いだ馬鹿な勇者が致命的ね」
「すんません」
あの時、うっかり威力の説明までしちゃったからなあ。
今考えると、ガエル枢機卿でなくても欲しがるだろうね。
こんな弾を起爆できる人間は居ないと思ったけど、ただ持ってて、起爆するぞと言うだけでも脅迫の価値があるんだよね。想像力不足でした。
「あ、弾の捨て場所思いついた」
「いや、だから、ゲンキ」
「転移の球を使って、異世界のどっか、たとえば、太陽の中とかにぶち込めば良いんじゃ無い?」
「あ、その手があるわね、弾の処理だけだったら」
「弾は太陽の中で起爆したりしないよね」
「さ、さあ?」
転移魔法の限界はどこらへんにあるんだろう。
この世界でも、月にぶち込んだら取りに行ける人は限られると思うんだけど。
……。
キルコさんを宇宙空間に転移させたあと、宇宙で発射、起爆させたらいいんじゃね?
操縦席の気密はどうなってるのかな。水中行動できるって事は宇宙でも大丈夫なのか?
まったくやっかいな弾を十二発も持ってるもんだよ。
というか、こんな弾、魔導王は何を考えて実装したんだろう。
パイロットの一存で発射出来る兵器にしては、破壊力があまりに巨大すぎないだろうか。
一発誰かが撃てば、報復報復で世界は滅びる武器だ。
全部のゲールシリーズに搭載されていたのか、それとも一部の機体だけだったのか。
あと現在の話なんだけど、伝説級の搭乗ゴーレムを接収する法律とかがあるらしいから、キルコゲールを持ってるのがオッドちゃん以外だと強制的に召し捕られる可能性もあったんだよね。
稼働する巨大ロボなんか、国家にとっては垂涎の的だろう。
だけど、オッドちゃんは、国際的に不可触の条約を結ばれた人物だから、どの国家も手を出せなかったんだな。
ほんと、何が幸するか解らないものだなあ。
などと考えながら、暗殺者を少し警戒しながら、僕たちはホテルに帰ったのだった。
【次回予告】
朝、柔道講座を始めようとした、げんきたちの前に、完全武装のギルドマスターが現れる。
彼女がげんきに伝えようという武道とは、いったい?
なろう連載:オッドちゃん(略
次回 第76話
柔道場にマダーム




