8. お買い物と宿屋で一泊
お買い物である。
といっても武器や防具ではない。
あんまりにも日本の洋服が目立つので、現地パンゲリアの服に取りかえるのであるよ。
あるよ。
……。
ここは古着屋さんであるよ。
「なんで古着なの? 僕は新品が良いんだけど」
「人のお財布で服をあつらえようというのに、ゲンキはとっても偉そうだわ」
「ふふん、異世界内政物をよく読む私が教えてあげるんだよ。パンゲリアぐらいの文明度だと大量生産工場がないから、新しい服はオーダーメイドになってしまうんだよ、げんきくん」
「そうだったのか、そいつはやられたなあ」
「その通りよ、きれいに洗濯ずみだから安心しなさいな」
「まあいいや、これもファンタジーの醍醐味。ぼくは、たびびとのふくで良いです」
「そんな服は無いとおもうわ」
という感じで古着屋さんで僕たちは服を選んだ。
パンツがごわごわしてるよ。肌触り悪いよ。ゴムが無いから褌状だし、あやめちゃんは紐パンでセクシーだよ。
見えないけど。
いろいろな服が沢山つるしてある薄暗い店内には、何か掘り出し物がありそうで、引っかき回してしまうね、とくに無かったけど。
とりあえず店の奥で着替えさせてもらって、僕らは現地の人っぽい格好になった。
僕は薄黄色のチェニックに藍色のズボン、茶の皮のチョッキに、黒のショートマント。足回りはブーツだ。腰にはあこがれのひのき棒を差している。
棒は古着屋のおじさんに貰った。
店主のおじさんが、若い頃に冒険者としてぶいぶい言わせていた頃の逸品の、ひのき棒らしい。
全体的に茶と無彩色だけど、まあまあこざっぱりした格好だ。
アヤメちゃんは、薄赤いワンピースに細めの赤い革ベルト、灰色で首に毛皮がついたショートマント。
足回りは、あみ上げサンダル。
腰には大ぶりなナイフをドヤ顔で差している。料理用ナイフらしい。
ハンドバック程度の大きさののポーチを腰に付けている。
僕らが脱いだ服や鞄はひとまとめにしてオッドちゃんの空間魔法でどっかにしまい込んだ。四畳半程度の大きさの空間に荷物をいれておけるらしい。
四次元ポケットだね。
僕らが異世界っぽい物品を見つけるたびに動きが止まるので、服を買い終えたあたりで夕方になっていた。
ふと路地の曲がり角をみると、泣き禿げマッチョがこちらを見ていた。
家政婦のように見ていた。
気になるので寄っていく。
すると禿げマッチョは路地裏に後ろ歩きをして引っ込んでいく。
これは僕を人質にしてオッドちゃんを脅すフラグかなあ、と思いつつ禿げマッチョを追っていく。
けっこう引っ込んだ所まで来ると禿げマッチョは足を止めた。
「だ、大丈夫か、坊主。あの女に酷い事をされてるんじゃねえか?」
意外、それは心配の言葉だった。
「い、いえべつに」
「そうか、あの女は恐ろしい奴だ、俺に出来ることがあったら何とかしてやるから、ちゃんと言えよ」
なんだ、禿げマッチョ意外に良い奴じゃん。
「借金とかで縛られてるなら言えよ、奴隷は禁止されてるからよう、裁判を起こせばなんとかなるぜ」
「えーっ! この世界、奴隷いないのっ!」
後ろからついてきたらしいあやめちゃんが素っ頓狂な声を上げたので、僕はびくっと少しジャンプしてしまった。
「あやめちゃん、どうして?」
「いや、げんきくんが禿げマッチョのおじさんについて行くから、なんかあったら困るなって、ついてきたんだよ。げんきくんを拉致してオッドちゃんを脅そうとしてるのかと思ったんだ」
あ、同じ事思ってる。
「ん、んな事しねえよ」
禿げマッチョは口を尖らせた。
「それよりもそれよりも、奴隷奴隷、この世界には奴隷は居ないの?」
「い、居ねえよ、百年も前に禁止されたよ」
「えええっ、私の猫耳幼女奴隷を買って四六時中モフモフして可愛がる計画が台無しだよっ!」
そんな非人道で悪辣な計画を立てていたのですか、あやめちゃん。
「奴隷の労働力が無いなら、今はどうしてるの?」
「そりゃ、平民が、派遣とバイトという雇用体系になってな」
「うわあ、やめろーっ! ファンタジーっぽくないっ、世知辛いっ!!!」
きっと日本人だ、異世界に来た日本人が奴隷解放の代わりに世知辛いシステムを持ち込みやがった、ひいいい、異世界なのに夢も希望もないよっ!!
「下級貴族の下半分は正社員って名前になってな」
「や、やめろおおおおおっ! 聞きたくないっ!!」
「何言ってるんだ、離職の自由があるぶん、奴隷より百倍ましなんだぜ。労働基準師もいるし、平民バンザイだぜ」
はあはあ、僕は心に計り知れないショックを受けた。
あやめちゃんも涙目でモフモフと言いながら手を握ったり離したりしている。なんという事だあ。
「奴隷解放戦争には私も一役かったのよ」
「げぇっ、オッド!!」
僕らの後ろにオッドちゃんを見つけて、禿げマッチョは踵を返して前傾姿勢で全速力で逃げ出した。
というかオッドちゃんの年齢は幾つなのよ、ロリババア枠ならロリババアらしく語尾に『のじゃ』を付けないと駄目じゃ無いか。
「絡まれてたの?」
「いや、なんか心配されてた。禿げマッチョさん、意外に良い人みたい」
「人は見かけによらないんだよ」
「そう、なんだか意外だわ」
日も暮れて来たので、村で唯一の宿屋にチェックインする。
始まりの羊亭という名前の宿屋で、一階は食堂、二階と三階が宿になっていた。
二階はベットと物入れが沢山並ぶ大部屋で、三階が個室になっていて、僕らは三階に二つ部屋を取った。
個室といっても、ベットに物入れとちょっとしたテーブルがあるだけの簡素な部屋だったけど、小さい村だし、しかたがないね。
僕はシングルの部屋で、隣にオッドちゃんとあやめちゃんが泊まるツインの部屋がある。
窓も突き上げのガラスも入ってない只の板で、ベットもなんかシンプルだった。まあファンタジーだから藁が入った箱でないだけましだね。
「ゲンキ、食事にいくわよ」
「いくんだよ」
「わかったー、食事楽しみだなあ、固い黒パン、塩も胡椒も入ってない薄いスープ、老衰で死んだ家畜の固い肉。そういう物が出るんだね」
「うん、きっと不味いんだよ」
「あなたたち、失礼にも程があるわよ」
一階の食堂で出てきた夕食を見て、僕たちは声を失った。
「ハ、ハンバーグだよっ」
「パンが白くてふかふかだっ、スープもコーンポタージュだ、誰だ異世界でトウモロコシを見つけた奴は!」
「あなたたちは何を期待してたの」
期待していたのは、異世界の不味いご飯だ。
不味いご飯を食べて、ちくしょー、俺に調理場を貸せと言って、おもむろに包丁で固い肉をミンチにしてハンバーグを作り、異世界の傭兵とか狩人とか大商人の胃袋を掴むつもりだったのに。
ちきしょー。
こんなものー。
ぱくりと一口食べる。
……。
う、美味い!
ハンバーグの肉が口のなかでほろほろ解けて舌にじゅんわりと濃厚な肉汁の味が広がる。
肉の臭みはシナモンナツメグなどの香辛料によってまったく消え去って天上の味わいと言える。
美味い!
なんという美味さだ。一流レストラン並の腕前で、新鮮な食材の味を縦横無尽に引き出している。
付け合わせの野菜も日本では味わえないほどのうま味があって涙が出そうになる。
ほのかな甘い香りを漂わせるコーンポタージュの味わい深いこと!
美味い!!
中が真っ白でふわふわのパンは黄金色に綺麗に焼けていて、バターを塗って食べると、悶絶するぐらいおいしい。
香ばしい小麦の匂いがあとくちに漂い、さらにさらに食が進む。
なんという事だ、なんという事だ。
僕とあやめちゃんは無言になって、テーブルの上の料理をわしわしと食べ続ける。
自然に涙が出て、止まらない。
美味いぞお!!!
凄く沢山食べてしまって、宿の女将さんに笑われてしまった。
パンとスープをおかわりをしてしまった。
なんだか飽食日本の民として、異世界に負けたような気分だった。
おなかがいっぱいでノソノソとしか歩けない。
「お腹がいっぱいなんだよ」
あやめちゃんもノソノソだ。
オッドちゃんだけがすいすい歩いている。
「寝る前に体をあらってきなさいな」
「お風呂あるのっ?」
「お風呂はないわ、行水場ね、こっちよ」
そこは男性と女性に別れた行水場だった。
服を脱いで入ると、シャワーブースのような場所がある。が、シャワーヘッドはない。
ブースの中に入ると、とととととという感じにお湯が天井から降ってきた。
魔法系の何かなのかな。シャワーというよりも打たせ湯みたいな感じ。
まあ、お風呂ではないから行水場としか言えないよな。
とりあえず棚にあったヘチマっぽい何かと、石けんぽい何かを使ってゴシゴシ体を洗った。
シャンプーとかなさそうなので髪は石けんぽい何かで洗った、結構さっぱりする。
ふう、と息をついてブースを出ると、ぶわあああと天井から熱風が吹き出して水気を断ってくれた。
これはよろしいな、気持ちが良い。
備え付けのバスタオルで、水をさらにぬぐう。
服を着て行水場を出ると女将さんが居て、汚れ物があったら出しなさいと言う。
とりあえず買ったばかりなので大丈夫というと、そうかいと言って笑った。
汚れ物は夜に出すと、洗濯魔法で朝までにやってくれるそうだ。
なんだか便利だなあ。
意外に異世界の文明度が高くて、なんとなく悔しい。




