37. あやめちゃんの気持ち げんきの気持ち
期待の混浴イベントが、なんだか残念な結果に終わった感じで、肩を落として脱衣所に向かう。
僕の脱いだ籠に、僕の服が入っておらず、かわりに札が一枚入っていた。
『お洗濯をしておきます 担当:サリア』
なるほど、至れり尽くせり。
服の代わりに、宿泊客が着ている、浴衣状のローブがあったので羽織る。
下着も新品の物が置いてあったので履く。
あ、浴衣ローブ肌触りが良い。
ローブのポケットに無限財布を入れて、脱衣所の隅のミルクスタンドで、牛乳を一本買う。
銀貨を一枚出したら、銅貨九五枚が帰ってきた。
一本五十ケルらしい。
ごくごく。
よく冷えた濃厚な牛乳で美味い。
お風呂文化でローマ人が来たのかなと思ったが、やっぱここまで凝るのは日本人なんだろうなあ。
牛乳瓶を返して、大沐浴場を出る。
ああ、良い温泉だった。
えっちらおっちら、階段を上る、足が痛いよ。
五階に上がると、サリアさんが居てお辞儀をしてくれた。
「あのサリアさん、僕の部屋はどこですか?」
「ご案内いたします、ゲンキさま」
サリアさんの先導で案内されたお部屋は、女の子部屋の隣だった。
十畳ほどの広さで、女の子部屋よりは狭いけど、ホテルと考えたら十分広い。
ベットと、応接セットがあって、洗面所と小さい行水場が付いていた。
「なにかご用がありましたら、お気軽にお呼び付けください。このベルをふれば、仲居部屋のランプが点りますのですぐに参ります」
と、ルームサービスに使う、魔法ベルの説明をしてくれた。
ありがとうサリアさん。
「このローブで宿坊の外に出ても大丈夫ですか?」
「ええ、大聖堂宿坊のローブは信頼の印なので、なんら問題はありません。お店によっては扱いが良くなる事もありますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「それでは失礼いたします」
にっこり笑って、サリアさんは退室した。
黄色いふかふかした尻尾をフリフリしていた。
ふむ、旅館のローブによって信頼性が違うのか。
大聖堂宿坊は超一流ホテルみたいなもんだもんね。
ぽんと天蓋付きベットへ寝転ぶ。
ふわー、リラックス。
温泉効果か、体がぽかぽかして温かい。
目的地のメイリンまでは、あと二日ぐらいかな。
思えば大旅行になってしまった物だ。
あ、また、いつの時点に帰れるのか、オッドちゃんに聞くのを忘れた。
出発直後に帰れればお得なんだけどなあ。
それで、夏休みとかに、また呼んでもらったら、なんか手伝うのもやぶさかではないのだが。
あ、そうか、出発時点に戻れるなら、魔王倒すまで付き合ってもいいのか。
いや、しかし、危なそうだしなあ、あやめちゃんだけ帰して、僕だけ行くとか。
うーむ、悩む。
隣の部屋がどやどやして、オッドちゃん達が帰ってきたのが解った。
「一生に見てきたチンコの数より、今日一日で見たチンコの方が多いわ」
「げ、下品だぞオッド」
「いろんなチンコがあるのね、びっくりしたわ」
「オッドちゃん下品だよ」
おいこらまて、ロリババア。
「できたら、げんきくんとゆっくり入りたかったなあ」
「さすがにあの筋肉の中には入りにくいな、アヤメ」
「筋肉の森の前に、手ぬぐいで隠せるのはどうしても一カ所だから無理なんだけどね」
「なぜ、ゲンキは筋肉質な男に好かれるのかしら、ホモのバーグにも好かれていたわね」
「我が君の魅力が、魔力のようにピピッと感じられるのではないかな」
「ゲンキはどうみても冴えないわよ」
うーむ、ガールズトークを黙って聞いてるといたたまれん。
僕は、窓を開けてベランダに出た。
おお、風が吹いて心地よい。
ここから見る大聖堂都市の夜景は綺麗だなあ。
夜でもわりと人通りが多いのね。
みんな飲みに行ったりしてるんだろうなあ。
僕はベランダの手すりにもたれて、ぼんやりと夜景を見ていた。
窓がキイと鳴いて、振り返ると女子部屋の窓戸からあやめちゃんが出てきていた。
「あ、げんきくん」
「あやめちゃん」
僕たちは見つめ合う。
湯上がりのあやめちゃんは上気した感じでとても綺麗だ。
髪も水分を吸って、ツヤツヤと輝いている。
目と目があう。
「げんきくん、こっちこない?」
あやめちゃんはそういって、ベランダの境の戸の鍵を開けた。行き来できるのね。
僕に嫌も応もない。
「うん」
あやめちゃんは、ふふふと笑って、目も笑わせた。
僕はあやめちゃんの隣に立って、また夜景を見始める。
あやめちゃんも黙って、隣で夜景を見ている。
何も言わないんだけど、でも、何か繋がってるような、そんな感じ。
風が優しく僕らに吹いてくる。
「月が、二つ、今日は赤いのが高いね」
「うん、月が綺麗ですね」
「う、うん、月が綺麗ですね」
二人で夏目漱石の故事で繋がりあう。
これが日本人だ。
チンコとか思いっきり言う、ロリババアとは違うのですよ。
「異世界だよね」
「異世界だね」
「異世界にげんきくんと来れるなんて、思わなかったよ」
「僕もあやめちゃんと異世界旅行できるなんて思わなかった」
遠くで酔漢が歌う、少し調子の外れた歌が微かに聞こえてくる。
沢山の魔導灯で彩られて、夜景が凄く綺麗だ。
「……本当はわたし、ずっとね、どこかに逃げ出したかったんだよ」
「どこから?」
「んー、可愛い女の子を頑張ってやらなければ、仲間はずれにされる教室とか、一生懸命やっている人を熱いって馬鹿にして、それに同調しなければならない仲間内とか」
「そうだったんだ。楽しくてあの場所にいたんだと思ってたよ」
あやめちゃんは中学三年ぐらいから、クラスのアッパーカーストに所属していて、しばらく僕と疎遠になっていた時期があった。
まあ、そういうもんかな、って、諦め半分で特に追っかけたりしなかったんだけど、あやめちゃんとは、幼い頃から、ずっと一緒に、何でもしてたから、やっぱり、じんわりと辛かった。
「最初は、すごく楽しかったんだよ。綺麗になって、男の子に騒がれたりするのは、やっぱり、女子の本懐みたいなところがあって、楽しかったんだよ。でもね、遙ちゃんとかが、げんきくんたちを見て、ウゼエとか悪口いったりすると、ちがうよって、格好良くなくても、あの人達には良い所とかあるんだよって、言いたくなって」
おのれ、遙め。
北上遙というのは、クラスの派手なグループのサブリーダー的存在で、チャラビッチな女だ。
「わたしも中身はオタな所が多いから、付き合いきれないなあと思う事も多かったんだ。だから、げんきくんが好きだって言ってくれた時、なんかすごい胸の中が熱くなっちゃって、嬉しかったんだよ」
「あ、うん、それは、ありがとう」
「うふふ、どういたしまして。でも、どうして告白してくれたの? このままげんきくんとはどんどん疎遠になっちゃうんだろうなあって、わたし、思ってたの」
僕もそう、思ってた。
でも、なんか、なんかね。
「なんか、その、たまにあやめちゃんが、辛そうな顔してる気がして、あと、妹に蹴られた」
「え? ひかりちゃんが?」
「兄よ……、あやめ姉に、ちゃんと振られてこい……、って、このまま関係が腐るなら、思い切って告白してこいって、かっこわるい話だけどね」
あやめちゃんは、ぷっと吹き出して、くすくす笑い始めた。
「あー、なるほどねえ。ひかりちゃんはおにいちゃんの事よく見てるんだね」
「やめてよ」
「帰ったらひかりちゃんにお礼言わないと、おにいちゃんの告白、格好良かったよって」
「格好良かったですかっ?」
「うん、あんなに一生懸命なげんきくん久しぶりに見たから。なんか、子供の頃を思い出して心がふんわりしたんだよ」
「あ、うん、死ぬほど緊張したよ」
「がんばってくれてありがとう。それで、まだ、私たち、仮デートだけど、その、デートの後の正式な返事は、デートが終わったあと、ちゃんとするんだけど、その、少しは期待していただいても、良いと、思うんですよ、わたし」
「あ、うん、それは、その、楽しみにしております。よろしくおねがいいたしますね」
「は、はい、それはもちろん」
なんか、ドラマで会社員が営業結果を知らされる時の会話みたいになって、二人で照れあった。
ふと、振り返ると、窓の向こうで、パットが腕をぶんぶん振っていて、オッドちゃんが不思議な踊りを踊っていた。
「なにしてんの?」
「いや、お二人の甘い甘い会話に、我が君が取られてしまうという醜い嫉妬心が沸いて沸いてしょうがないのですが、アヤメは親友ですし、幸せになって欲しいという願いもありまして、なんかこう、訳がわからなくなり、こう、自然に体が動きました」
「オッドちゃんは?」
「寝る前の美容体操よ」
あなた、そんなこと、これまで一度もやってなかったじゃないですか。
「もう、二人とも、盗み聞きは良く無いんだよ」
「ああ、私はなんと言えば良いのか、ううう」
「もう、パットの勝ちは無いわ、家に帰りなさいな」
「な、なんだと、失敬なオッドめ、そんな事はないぞっ」
まあ、最初からパットの勝ち目は無いのだけどね。
でも、パットとも、すっかり友達になったから、ライサンダーさんと共に、メイリンまで一緒に旅をしたいね。
「じゃ、おやすみ、あやめちゃん。みんなも」
「お、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
「おやすみなさい、げんきくん」
うほほほ。
告白の返事の内定を貰った感じですよ。
これは、デート終了でチューしてもかまわないのでしょうか。
チュー。
なんかテンションが上がって、ルパンダイブでベットに飛び込む。
ウェヒヒヒ、お休みなさい。
【次回予告】
強大な力は、邪悪を引きつける。
暗雲立ちこめる聖堂都市に歪な謀略が姿を現す。
立てよげんき、悪漢どもを、ぎゅうという目にあわせるんだっ!!
なろう連載:オッドちゃん(略
次回 第38話
ミシンガルドの暗雲




