幕間SSの1 パトリシア日本紀行1
パシュ。
魔方陣に触れた瞬間、そんな、軽い音がした。
十七年の人生を消し去るには、あんまりにも軽い音だ、と、思った。
でも、悔いなどあろうはずも無い。
我が君の身代わりになれたのだから。
ベルナデットの罠に落ちていく我が君を見て、私は胸が張り裂けるかと思った。
うまく、飛び込んで、振り回して、壁の方へ動かす事ができて良かった。
あの距離なら、我が君の風の手で壁につかまることができるだろう。
ほんとうに良かった。
あたりは真っ暗だ。
ああ、これが走馬燈というものなのか。
死ぬ瞬間の一瞬に、時間が引き延ばされ、刹那の時間に凄まじい速度で思いが巡るという。
ああ、我が君我が君。
私、パトリシアは我が君に会えて本当に幸せでした。
ちょっと冴えない感じの外見ですが、本当の優しさを知っている人で、だれにでも温厚に接し、敵ですら友人にしてしまう、そんな不思議な魅力を持った、我が君。
怒ると鬼神のように戦い、相手を叩きのめし、でも、命は取らない、我が君。
どんな難しい問題も、斜め上の発想で、いつの間にかなんとかしてしまう、我が君。
私は、そんな我が君が大好きでした。
愛しておりました。
初めて会ったとき、初対面の無礼な私に対して、メガトンゴーレムから救ってくださりましたね。
あの時から、私は、我が君に恋をしておりました。
そ、そのあと、その、思いがつのるあまりに、とてつもない暴走をしてしまいましたが、それでも、いつの間にか我が君は優しい笑顔で受け入れてくれていました。
アヤメとオッドという、新しい女友達も、我が君が与えてくれた物だと思います。
我が君と出会い、笑ったり、怒ったりしている間に、幼く、かたくなだった私も、すこし成長した気がします。
愛しています、我が君。
ああ、我が君我が君。
我が君の笑顔が好きです。
我が君の闘う姿が凜々しくて、心躍ります。
我が君の声が耳に心地よく、うっとりいたします。
我が君の穏やかさが好きです。
我が君が、他人に優しくしてあげている時の聖人のような表情が好きです。
ああ、我が君我が君。
故郷に帰りたくて、悲しそうな顔をしていた我が君。
戦争に出たミルコゲールに怒る我が君。
美味しい料理を作って、私に食べさせてくれましたね。
異世界の味は、とても不思議で、それでいて私を夢中にさせました。
キルコタンクでの道中はとても楽しかったですね。
あの時の旅がいつまでもどこまでも続けば良かったのに。
我が君がいて、アヤメがいて、オッドがいて、みんなみんな笑っていて。
ああ、我が君を置いて、一人死んでいくのはとてもさびしい。
でも、我が君が死ぬよりは、ずっといい。
ずっとずっといい。
ダンジョンの偵察をするつもりが、クルツのせいで、深い所まで落ちて、トレバー卿と一緒に四人で、地上を目指しましたね。
とても辛い冒険でしたが、いま思い出すと、とてもキラキラしていて、思い出深い事でした。
我が君は絶望的な状況でも、歯を食いしばって頑張ってましたね。
そして、遙かに格上のコルキスに対して、一歩も引きませんでした。
ああ、やっぱり、この人は穏やかだけど、勇者なんだなあ、と、思った事を覚えています。
そして、魔導護拳ボレアスを起動し、コルキスを追い詰めました。
あの時は、痛快でした。
今、思い出しても、高揚感で涙がでます。
あれは、あなただったから、我が君だからこそ、起こった奇跡なんだろうと私は思います。
そして、コルキスをぼろぼろにしたあと、あなたは、勝負を分けましたね。
我が君の体力が尽きていると、私は見破りましたが、でも、どの歴史上の勇者が、あそこで手を引けるでしょうか。
自分の命を狙った敵と、引き分けにする事が出来たでしょうか。
エルザは怒りましたが、ほんとうに我が君らしいと、私はその時思いました。
胸が高鳴りました。
我が君を誇りに思いましたよ。
やっぱり、我が君は、私の見こんだ通りの高潔な魂を持つ勇者なんだなって、そう確信しました。
ああ、我が君、私は死んで逝きますが、私の事は、ずっと覚えていてください。
アヤメと一緒になった時でも、私が居た事は、心の片隅にでも覚えておいてください。
それだけが、それだけが、たった一つの私の願いです。
卑劣な中将に怒りながら、我が君は共和国の危機を救いにまいりましたね。
あの時は、なぜ、こんな無礼な国を助けなくてはいけないのだろう、我が君はお人好しすぎないだろうか、と疑問を浮かべましたが、でも、やはり、我が君が正しかったです。
エルザを仲間に加え、リターナーを仲間に加えて、キルーク市で冒険をしましたね。
迷宮枯れで困った冒険者たちを何とかしようと立ち上がった我が君に、私は本当に頭がさがりました。
なんという、立派な人なのか、なんという聖人なのか。
ゲールという大きな力。
ボレアスという大きな力。
そんな大きな勇者の運命の力を持った者は責任があるんだよ。
あなたの小さくて、それでいて大きな背中は、そう語っていたような気がします。
戦場に行ったときは、私だけ別の部隊で、さびしゅうございました。
我が君の回りには、私の妹とみまごうばかりの妙齢の娘達が隊員として群れ集い、本当に我が君の心が動かないか、ハラハラいたしました。
アヤメに、我が君を取られるならば、まあ、納得できます、だが、セレナは駄目です、私に似過ぎです、アリアはもっと駄目です。絶対。
ああ、進軍中の馬上で、我が君がミルコゲールと闘う姿にうっとりといたしました。
巨大なゲールに、恐れをしらず、小型の魔導機で闘う。
あの時の雄々しい姿は、友軍五十万の将兵の心を、ぐっとつかみましたよ。
あの人が、先頭を切って戦っているんだ、俺たちが突撃しないでどうするよっ! などと、配下の将校が興奮気味に語っていたのを思い出します。
あそこで、闘っているのは、私の我が君なんだぞ、と、何度副将軍に語った事でしょう。
後半、彼女はうんざりしたのか、はいはいと生返事をしていましたが。
ミルコゲールを投げ飛ばし、そしてキルコゲールに乗り換えて、メリッサゲールと闘う我が君の勇姿を、今でもありありとまぶたに浮かべる事ができます。
緑の風をまとい、不死身のメリッサゲールに何度も何度も攻撃を加え、一歩も引きませんでしたね。
我ら友軍は遠くで、それを見ていました。
そして、ついに、悪鬼メリッサゲールを見事倒した、我が君に、友軍がどれだけ興奮し、声を上げて喜んだか、想像もつかない事でしょう。
ああ、我が君我が君。
パーティーの白い礼服姿の我が君は凜々しくて素敵でした。
まさに貴公子という他は無い姿でした。
カーダインの美しいドレスを着て、貴公子な姿の我が君とダンスを踊った思い出は、このまま死出の旅の後、冥府まで持って行きましょう。
優しい我が君。
なんだか、私の思い出の中のあなたは、ずっと静かに微笑んでいた気がします。
オッドをたしなめたり。
アヤメの料理に喜んだり。
ジュードーを熱心に教えてくれたり。
あなたは、いつでも笑ってましたね。
ありがとうございました。
沢山の、本当に沢山の、宝石のように輝く思い出をありがとうございました。
だから、おねがいです。
私が死んでも、あまり泣かないでください。
あなたは優しいから、すっかり落ち込んでしまう気がします。
おねがいです。
あまり悲しまないでください。
ああ、スラムの孤児が死んでも、あんなに悲しんだ我が君です。
私が死んだら、悲しまないはずがありませんね。
でも、お願いです。
早く立ち直ってください。
そして、また、あの静かな微笑みを浮かべてください。
それが、死んで逝く、わたしの、最後のお願いです。
……。
むむっ、しかし、走馬燈にしては長くないか?
【次回予告】
次回もパットの日本紀行であります。
・コルキスさんが、蜘蛛を連れてメイリンから帰る話。
とかも予定中。




