256. 治療院のパン焼き会
馬車から出て、ドアを施錠した。
僕らが居なかった時に良く泥棒が入らなかったな、と思っていたら、どうやらマダームが管理してくれていたようだ。
キャンピング馬車を買いそうな、一流冒険者向けに、モデルルームみたいにしていた模様。
トランクさんの元には、三、四件の予約が入ったらしい。
うむうむ。
なによりだね。
馬車溜まりの、隅で、トランクさんのキャンピング馬車の二号目が鋭意建造中であるのだ。
まあ、孤児院の再建に忙しくて、あまり進んでないらしいけど。
魔法袋の魔導師も呼んでいるらしいけど、諸王国の端あたりの国に居るらしくて、メイリンに着くのは、まだまだ先らしい。
僕と、あやめちゃんと、パット、そして、オッドちゃんと、カタリナちゃんは、治療院に向けて歩き出した。
共和国口主道まで歩いて、下りていく。
ちょっと行ったら、連邦口に出る階段に入って下りる。
ここからだとルベル峠がよく見えるなあ。
今日も、沢山の馬車が峠を下りてくるのが、遠く小さく見える。
しばらく下りると、上廻り横路と交差するので、北回りに折れて、横路を進む。
上廻り横路も繁華街なので、人通り、馬車、馬の通行が多いね。
右手に、ケストナ治療院の白い大きな建物が見えてくる。
ケストナ治療院はメイリンでも評判の良い、中級治療院らしい。
上流の金持ちの人は、塔路にもっと高い治療院があって、そこに行くし、下町の人は下町の人で、下の方にもっと安い治療院があるっぽい。
ケストナ治療院に通うのは、メイリンでも中流階級の、上廻り横路沿いの人々だとか。
僕らはケストナ治療院の門をくぐった。
「さて、最初はトマスかな」
「誰ですか、その人」
「誰なの、それ」
「孤児院で死にかけてた子ども」
「ああ」
やっとオッドちゃんは思い出したようだ。
僕らが、二階のトマスのいる男の子部屋に行くと、トマスは居なかった。
「あれ?」
「トマスくんなら、お庭でパンを作ってますよ。パン職人の子どもがみんなを集めて、パン教室ですって」
「あ、そうですか、じゃあ、そちらに行きましょう」
治療婦さんが、笑いながら教えてくれた。
セシリアちゃんのパン焼き会が、なんだか大きくなってるっぽいね。
お庭に出ると、即席のテーブルが幾つも出来て、パジャマを着た患者さんとか、子どもとかが、粉まみれになって、パンをこねていた。
「あ、勇者さん、来てくれたんですか」
「うん、約束だからね。オッドちゃんと、カタリナちゃんも連れてきたよ」
「オッド師! はじめまして、私、セシリアって言います」
「そういや、初めましてね、オッドよ」
「こんにちわ、勇者さまに付いて来たカタリナです。魔法使いの卵です」
「わあ、冒険者さんなの、すごいなあ。よろしくねカタリナちゃん」
「こちらこそ、よろしくね、セシリアちゃん」
ああ、カタリナちゃんを連れてきてよかったなあ。
セシリアちゃんが、明るい顔で、カタリナちゃんと喋っている。
うんうん、こういうのが本当のセシリアちゃんだよね。
「あ、勇者さんっ!」
「ははは、トマス、粉だらけであるぞっ」
「うん、騎士さん、なんだか粉だらけになっちゃったよ」
「トマスもパンを作ってるんだ」
「うんっ、すごく楽しいよ、セシリアお姉ちゃんに教えてもらってるんだ」
いやあ、良い会だなあ。
みんなニコニコ笑いながら、パンの生地をこねたり、粉をふるったりしている。
ちょっと離れた所で、院長先生が、ニコニコしながらみんなを見ている。
「みんなでパンを作る事にしたんですね」
「セシリアちゃんが、教えたがったのですよ。いやあ、楽しそうな会になって良かった」
「ずいぶん元気になりましたね」
「新しい事をやろうという気持ちが出て来たのは好条件ですね。勇者ゲンキが、メリッサを封じてくれたおかげです」
「いえいえ、そんな事は無いと思いますよ。セシリアちゃんの地力だと思います」
あやめちゃんが、トマスと一緒に、セシリアちゃんの指導を受けて、パンをこねている。
酵母の発酵なのかな。
結構生地が、ぼわっと短時間で膨らむね。
いろんな人が、セシリアちゃんを頼って、指導してもらっている。
セシリアちゃんも楽しそうに、色々アドバイスをしている。
「我が君、私たちも作りましょう」
「私もやりますっ」
「ん”~~~」
「オッドちゃんも、やろうよ」
「わ、わかったわ……」
僕らは粉を振って、砂糖を少々、お塩少々と水を入れて、生地を練る。
粉が、粉が。
外でやってるから、風が吹くと、粉が舞って、僕も、パットも、オッドちゃんも、カタリナちゃんも真っ白になった。
みんなで笑って、生地を寝かす。
酵母をいれると、ぼわっと膨らむ。
「パリムの酵母なんですよ」
「それぞれのパンの酵母が違うのかな」
「酵母も違いますし、焼き方、寝かし方が違うんです」
一足先に、トマスのパンの膨張が終わった。
出来た生地を、厨房の大きい石窯に入れる。
「ぼ、僕の作ったパン、上手く焼けるかなっ」
「だいじょうぶよ、トマスくん」
他の患者さんも、ワクワクしながら、焼き上がりを待っているようだ。
治療婦さんたちが、みんなに葡萄のジュースを配っていた。
あ、これ、濃くて美味しいね。
僕らのパンの第一発酵が終わったので、練って練って練る。
結構力がいりますね。
オッドちゃんが馬鹿力で、エイやとこねている。
ふう、汗がでるけど、楽しいね。
どんなパンができるやら。
トマスが籠に焼きたてパンを詰めて、厨房から走って来た。
「焼けた、焼けたよ-」
「おお、綺麗に焼けたではないか」
「すごいんだよ」
「綺麗な色だね、トマス」
「うんうん、切って食べよう食べよう」
パットがナイフを出して、トマスのパリムを切った。
おお、中までふんわり焼けている。
「おいしいっ、僕のパン!」
「うん、良い味だ」
「良く焼けてるわね、トマスくん」
「えへへ、すごいでしょ、魔女子さん」
「カタリナよ」
カタリナちゃんは、尻尾でトマスの鼻をくすぐって笑わせた。
患者さんが、いろんな形のパンを持って厨房から出て来た。
干しぶどう入りあり、チーズ入りあり、色んなパン。
「ノンノたちが、お見舞いに来たら、食べさせてあげるんだ」
「ませ子、喜ぶだろうなあ」
「トマスくんは良い子なんだよ」
セシリアちゃんが、大きなパリムを抱きかかえるようにして、僕らの方に来た。
「あの、勇者さん」
「食べます、パット切って」
「了解です、我が君!」
パットがナイフで、セシリアちゃんのパリムを切った。
ふわっと、中から湯気が出る。
焼きたてのパリムって初めて食べたけど、美味しいね。
どれどれ。
「わあっ、これは美味しいね」
「良く焼けてるんだよ」
「わあ、ほんとうだ、僕のより美味しいや」
「セシリアちゃんは本職だからね」
「美味しいわ、もっとちょうだい」
「良い出来だな、セシリア」
「あ、ありがとうございます。みなさん」
僕らが喜ぶ顔を見て、セシリアちゃんは笑って、そして涙をこぼした。
「ど、どうしたのお姉ちゃん? どこか痛いの」
トマスが、とことことセシリアに駆け寄った。
「ううん、みんなが喜んでくれて、なんだか嬉しくて」
「なくことはないよ、おいしいものを作ってくれてありがとう。おしえてくれてありがとう」
「トマスくん、ありがとう」
セシリアちゃんはトマスを、ぎゅっと抱きしめた。
ああ、なんか良いなあ。
トマスは生き延びて、セシリアちゃんは立ち直った感じだ。
この光景を見ただけでも、パンゲリアに来た甲斐があったと思うよ。
そして、僕らをパンゲリアにさらって来た張本人は、セシリアちゃんのパリムをバリバリと、半分ほど丸かじりしていた。
あんたと言う人は……。
「少し、お話しいいですか?」
「はい、かまいませんよ、院長先生」
院長先生は、庭の端に僕をいざなった。
柵があってその向こうは崖になっていた。
遠く、カイルベルの山塊が、雄大な姿をかすませている。
「もう、セシリアちゃんは大丈夫でしょう、謝罪する人を連れて来てください」
「そうですね、明日の夕方はいかがでしょうか?」
「おねがいします。あともう一つ」
「はい」
「村喰いが、明後日、処刑されます」
「……。見せる、べきですか?」
「わかりません、セシリアちゃん次第です」
処刑は子どもに見せる物じゃ無いとは思うんだけど、ここは異世界だしね。
うーん、どうなんだろう。
とりあえず、明日のエルザさんの謝罪しだいだね。
セシリアちゃんが、エルザさんの事を、どう思うか。
こっちも、僕には解らないなあ。
【次回予告】
ついにベルナデットがメイリン外周に入った。
それを察知するあやめ、しかし蜘蛛は街には入ってこなかった。
墓地に行き、迎撃をするか、迷うげんきであったが……
なろう連載:オッドちゃん(略
次回 第257話
墓場には蜘蛛がいる




