25. さらばだ、ケンリントン城
うわー、なんだか心の故郷が異世界にできたよ。
なかなか来ることができなさそうだよ。
でもきっと、万難を排して、ここにまた来ることができれば、みんな歓迎してくれるんだろうなあ。
「げんきくんの、ご褒美は、なんかの甲冑をくださいっていうのか、ライサンダーを下さいって言うのかと思ってたわ」
「う、うるさいなあ。あやめちゃんも涙目になってたくせに」
「それは否定しないよ」
廊下の柱の陰から、パトリシア嬢が、すすすと小走りで現れた。
「ち、父からの話とは何だったのか、け、結婚の事かっ? 結婚式の事かっ? 我が君」
パトリシア嬢は、ポンコツ定常運転で、なんか安心した。
「お財布をもらったんだよ。あと、パトリシアさんと仲良くしてくれって」
「いや、そんな、その、私たちは今でも仲が良いよな、い、一名をのぞいて」
「もっと仲良くすることにしたんだよ、パトリシア」
パトリシア嬢は僕の言葉を聞くと、ふにゃりと微笑んだ。
つうか、ちょれえなあ、この人!
「あ、あの、厚かましいお願いなのだが、我が君、あの、私の事は、パット、と愛称で呼んでくれないだろうか」
「ああいいよ、パット」
「パットちゃんと呼ぶよ」
おおおおおと声をあげて、パットは悶絶した。
つか、あー、なんだかな。
そこへメイドさんが来て、あやめちゃんに初級魔法学習セットを渡した。
「なんだ、それは、どうするのだ、そんな物を」
「あ、魔法のお勉強をするんだよ。それでパットちゃんのお古を貰ったの」
「だ、駄目だ駄目だっ! アヤメは私の親友なんだから、新品を買ってやる、今から城下街へ行くぞっ!」
「いいよいいよ、悪いし。それに、わたしは、パットちゃんの使った物の方が嬉しいし」
「な、何を言うのだ、アヤメーッ! 恥ずかしいではないかっ!! もーっ!!」
なんだか、廊下の庭側の窓の外から、オッドちゃんがが目だけ出してこっちを見てるのが、ウザクて憐れだな。
なんだかあやめちゃんとパットが仲良くなっちゃったので、僕たちの輪に入りにくいのだろうなあ。
「オッドちゃん、そろそろ出発するよ、準備とかできた?」
と、僕が声をかけると、オッドちゃんは、さっと壁の下に身を隠し、たーっと庭園の奥に向けて走って行った。
普通に返事しろよなあ。
なんだかオッドちゃんが、コミュ障すぎて、憐れすぎて、胸が痛い。
しかたない、追っかけよう。
ライサンダーに荷物を積むというパットと、それを手伝うというあやめちゃんと別れて、僕は庭園を進む。
綺麗に咲いた花々に目をやりながら、庭園の奥に奥にと僕は進む。
名も知らない青白い鳥が、はうっはうっと変な声を出して飛んで行く。
庭園の奥、噴水のほとりの木の下で、幹にもたれかかってオッドちゃんはふくれていた。
「……なによ、なんか用なの」
「とくに用事はないんだけど」
「ふーん……」
オッドちゃんは、小石をこつんと蹴った。
サワーーッと、急に噴水から水が吹き出してきて、あたりに小さな虹をかけた。
異世界でも虹はかかるんだなあと、僕はそんな事を考えていた。
「特別に、私の事、おねえちゃん……、って、よ、呼んでもいいわよ」
「オッドばあちゃん」
痛い痛い、胸ぐらを掴んで般若の顔で詰めよるのはやめてください、オッドちゃん。
「ぶっ殺すわよっ!」
「千年生きてるオッドちゃんが、どの面下げてお姉ちゃんだっ!」
「それでも……、よびなさいっ!」
「はいはい、オッドねえちゃん」
僕はしかたなく、手近にあったオッドちゃんの頭をなでた。
「年上のおねえちゃんの頭をなでるのはやめなさい」
「うるさいよ。おねえちゃん」
オッドちゃんは口をへの字に曲げて、口の下に梅干しを作って、それでも、僕になでられるままにじっとしていた。
「短気なのが良くないの?」
「短気なのはよくないな」
「わがままを言うから良くないの?」
「わがままはよくないな」
「凄い、力が、あるから、みんな私から離れていくの?」
「わからない、そうかもしれないね」
「答えなさい」
「しらないし、適当な事は言えないから、わからない」
「ゲンキは役にたたないわ」
「それはごめんね」
「でも、……もうちょっとゲンキが私の頭を撫でていても、私はちっともかまわないわ……」
「はいはい」
「はいは一回よ」
「はい」
なでなでなでなで。
オッドちゃんの溶けるような金色の髪は細い。
とても手触りがいい。
ちょっと表情がやわらかくなって、オッドちゃんのご機嫌は少し直ってきたようだ。
まったくもう、やっかいな、おねえちゃんだな。
噴水が間欠に水を噴き上げ、虹を作り続ける中で、僕たちはしばらくずっとそうしていた。
なでなでなで。
と、しばらくすると、オッドちゃんの顔が赤くなってきた。
どんどんどんどん赤くなる。
オッドちゃんは、きーっと奇声を発すると、僕をどんと突き飛ばした。
「なにするんだよっ!」
「もう、いつまで撫でてるのよ、子供じゃ無いのよ私はっ! 早く出発するわよっ、ゲンキっ!!」
「もー、勝手だなあ、オッドちゃんは」
僕はオッドちゃんの手を引いて庭園を出た。
小さくて冷たい手だった。
途中でダディがくれた沢山のお土産を抱えて、城下町を出て、城門のキルコタンクまで歩く。
メイドさんが洗濯が終わった寝間着を城門まで届けてくれた。
よいしょよいしょと荷物を座席の後ろに積んでいく。
ライサンダーに乗ったパットとあやめちゃんがやってくる。
あやめちゃんが、タンクに乗り込んだら、さあ、出発だ!
ダディも、ぼんぼんも、失礼騎士団も、メイドさんも、紳士執事さんも、ケンリントン城の人たちがみんな、街門の外に出て、旅立つ僕らに手をふってくれた。
ケンリントン城には楽しい思い出をいっぱい残してきた。
また来る日まで、さらばだ、ケンリントン城。
【次回予告】
旅に出る時は考えてほしい、人や動物を乗せるには場所が必要だ。
貨物量は有限、座席も有限、思案の為所、考え処、ゲンキの工夫が冴えわたる。
なろう連載:オッドちゃん(略
次回 第26話
パットの居場所、ライサンダーの居場所




