231. ベルナデットを迎撃する
「蜘蛛さん、接近中、あと三十秒ほどで接触します」
あやめちゃんと僕は、泉のほとりで岩をテーブルにして、朝食のパンとハムエッグを乗せて、楽しい朝ご飯を演出している。
エルザさんは、リターナーさんの服をつかんで、【隠密】で消えた。
オッドちゃんはキルコゲールの中で、モニターを見ながら待機している。
パットは少し離れた所で伏せている。
「あと、十、九、八、七、六……」
五からは、ハンドサインで、あやめちゃんはカウントしている。
四、三、二、一、あやめちゃんの指が全て畳まれた時、草むらの中からベルナデットが飛びだして来た。
「はははっ! 勇者よ、油断したなっ!」
油断は君だ。
僕は、ポケットから手を出す、その手にはもうボレアスさんがはめられている。
自然な感じの中腰で、ワン! 左ジャブはベルナデットの糸を切り裂く。
ツー、右ストレートを風のサポートで高速発射、ベルナデットの顔面を撃ち抜く。
さらに、風の手で、拳を伸ばし、二段目を心臓あたりに撃ち抜く。
「がふっ!!」
打撃を受けて、ベルナデットの身体が後方へ吹き飛ぶ。
リターナーさんが姿を現し、首を狙い回転斬り。
片手を出して、大剣を受けた。
血が宙に舞い、ベルナデットの腕が切り取られて飛ぶ。
くるりと回転して、ベルナデットは地に伏せるような姿勢で着地した。
そこに、エルザさんが姿を現す。
斜め下から、ベルナデットの胴に短剣を突き刺す。
とっさにベルナデットは身体を回転させる。
足の一本に短剣が突き刺さる。
「ちっ!」
糸が舞う、たびに、小さな六角形のバリアが押さえていく。
伏せていたパットが起き上がり、稲妻を剣に巻き付けて前進する。
ベルナデットは身体を小さく丸めて後方へ転がった。
パットの斬撃は外れた。が、剣から伸びる雷がベルナデットを追いかける。
さらに転がり、蛇のように追いかける稲妻を彼女は避けていく。
「うむ、解りやすい、これでいい。これが普通だ」
さらにリターナーさんが、前進、退路を塞ごうとした。
パンと、足をバネのようにはね上げて、ベルナデットはジャンプした。
追い詰めよう。
追い詰めて殺そう。
みんなで、一対多で、殺そう。
あれは敵で、倒していい者だ。
だから……。
ああ、だけど、なんだろう、この胸の中の苦さは。
なんだろう、この嫌な気持ちは。
誰とでも仲良くしよう。
話し合いで解決しよう。
そんなのは偽善できれい事だ。
誰かが死んでから後悔しても遅いんだ。
だから、容易く倒せる時は倒すんだ。
これはゲームなんだ。
モンスターだから、無条件に殺して、経験値とゴールドを貰うんだ。
あの子は魔物だから。
人とは相容れないなから。
だから、良いんだ。
こうやって、獣を狩るように、無言で、ただ作業のように倒して良いんだ。
ベルナデットは笑っていた。
腑に落ちたというように笑う。
「これが普通だ。勇者は正しい。だから、そんな顔をすることはない」
「君が、言うな、殺されそうな、これから殺される、君が、いうな」
「ベルナデットは解りやすいことが好きだ。敵は敵だ、話してこない、全力で戦う、勝つ、負ける、それは正しいルールのような物だ。勇者も魔王様も、等しく間違っている」
リターナーさんが大剣を振り上げる。
エルザさんが、短剣をもの凄い速度でふる。
パットが大剣で切り上げる。
僕は、糸をかいくぐり、風の拳で切り落とし、すり足で前に出る。
ベルナデットは無数の傷を受け、血まみれで、それでも満足そうに笑う。
「僕はっ、僕はっ」
ベルナデットは僕の目を見て、優しく笑う。
おまえの気持ちはわかってるよ。というかのように、優しく笑う。
僕が変なら、君だって変だろう、ベルナデット!
どうして殺されそうなのに笑っているんだっ!
「僕は、こんなのは、嫌だっ!!」
右の風の拳でリターナーさんの大剣を止めた。
左の風の拳でエルザさんの肩をつかんで止めた。
パットが困惑した顔で動きを止めた。
後ろから火炎弾の気配!
風の拳で火炎を砕いた。
ばっと、花火のように火の粉が空中に散る。
ほう、と、ベルナデットが一息ついた。
「勇者はまちがっている」
一言つぶやくと、後方に転がり、森に向かって全速力で駆けていった。
僕が、蜘蛛を逃がしてしまった。
仲間達は、みんな無言で僕を見ている。
「ゲンキ……」
「ごめん……」
「気持ちは、わかりやす、けど……」
「我が君……」
「ごめん」
オッドちゃんがキルコタンクから飛び降りてきた。
「なんで、わざわざ逃がしちゃうわけ? ゲンキ、あんた馬鹿なの?」
「ごめん」
エルザさんが、空を見て、ふうと息をついた。
「まあ、あんだけ食らわせたんだ、しばらくは出てこねえだろう」
「傷が癒えるまで、来ないでやすね」
「どうして、急に動きを止めたの? わけのわからない事をされては、これからゲンキと戦いにくくなるわ? なぜなの?」
「なんか、ベルナデットの言う通りにしたら、僕の負け、みたいな気がしたんだ」
「ゲンキがとどめを刺さなくてもよかったのよ?」
「うん、でも、駄目だった。なんかあんなに優しく笑われたら、駄目だったんだ」
「ゲンキの甘いのも筋金入りよね、ほんとにもう」
あやめちゃんが近づいてきて、僕の頭をやさしく、ぽんぽんと叩いた。
「一時的な撃退で、良いんだと思うよ」
「でも、倒せていた」
「倒したくなかったんだから、しょうがないんだよ」
「アヤメ、おめえ、ゲンキを甘やかすなよっ」
「いいんだよ、しょうがないときはしょうながないし」
「やれやれ」
エルザさんは肩をすくめた。
僕らはキルコタンクに乗り込んだ。
ふう。
倒せなかった。
その事実にがっくりしてたけど、それでも、殺さなかった事に僕はどこかほっとしていた。
ああ、僕は弱いな。
「蜘蛛さん、森の中を移動中、どこかへ行くみたい」
戦いのあった泉をふり返る。
激しい戦いの跡はほとんど残っていない。
ただ、ベルナデットの腕が一本、僕を呼ぶような形で、ぽつんと地面に落ちていた。
振り切るように、僕はキルコタンクを発車させた。
誰も口をきかない、重い沈黙の中で、僕はただただ、レバーを握り、街道にキルコタンクを走らせた。
どこまでも続く大平原の向こうに、小さくメイリンの街が見えて来る。
はあ、やっと帰って来た。
みんなは元気かな。
キルコタンクは、メイリンの西門についた。
行政塔も丘の上にぴょんと立っていて、その姿も懐かしい。
門の衛兵さんが、キルコタンクを見て満面の笑顔になり、門の奥へ駆け去っていった。
……。
というか、キルコゲールをどうしようか。
「まだ、元の倉庫は借りれているかな?」
「たぶん、元のままよね。外周道路を行って、倉庫に入れて、連邦門から入る?」
「そうしようか」
僕はキルコタンクを進地転回して、外周道路まで戻った。
外周道路を南に行くと、連合国と共和国の国境があった。
「おお、勇者、メイリンにお帰りですか?」
「連邦門の方に行きたいのですが、通関は必要ですか」
「ははは、すいません、一応国境なので、連合国の通関をして、諸王国連邦の通関をして貰わないと、あ、反対側の、北東の共和国連邦通関なら一回で済みますよ」
「面倒くさいから、ジェットで飛び越してしまいましょうよ」
「そうはいかないでしょう」
またタンクを進地転回して、今度は北を目指す。
ごとごと、しばらく行くと、メイリンの堀へ水を導く水路があって、橋が架かっていた。
結構狭い橋だ。
タンクの重量を支えられるかな?
ゆっくりゆっくり橋を渡る。
何とか持ったようだ。
さらに東に向けて走る。
おお、ルドル峠とカイルベルの山塊が見える。
見慣れた山々を見ると、なんだか帰って来た感じがするね。
共和国連邦通関の建物が見えてきた。
衛兵さんが、ニコニコ笑って、僕らに手を振った。
「勇者さん、お帰りなさい。通関ですか?」
オッドちゃんがぴょんと地面に飛び降りた。
「書類を持って来なさい」
衛兵さんが、書類を出すと、オッドちゃんは引ったくるようにして、紙をふった。
やっぱり、魔法紙に念写できると便利だね。
「オーケーです。諸王国連邦にお帰りなさい」
ゲートが開いたので、僕はキルコタンクを前進させた。
共和国連邦通関から、倉庫までは、すぐそこだ。
外周道路を少し行って、倉庫のある通りに入り込む。
倉庫の前に着いたので、いったん降りて、ドアの鍵を開けてみる。
うん、中は空っぽだ。
戸を全開にあけると、キルコさんが勝手にバックしていき、キルコタンクは倉庫の中に収まった。
近所のおじさんおばさんが、道に出て来て、こちらを見ていた。
「あんたら、オッド師の一行だね、共和国で大活躍だって聞いたよ、帰ってきたんだねえ」
「はい、帰ってきましたよ」
「そうかいそうかい、それは良かった。ゆっくりしておいき」
「ありがとうございます」
オッドちゃんは白墨で、倉庫の床に、また、カエル結界を描いていた。
僕は、オッドちゃんが出るのを待って、倉庫の戸を閉めた。
そのまま、歩いて、連邦門に向かう。
「兄ちゃんっ!!」
クルツが、ライサンダーさんに乗って、連邦門から出て来て手をふった。
「クルツ、ライサンダーさんっ!」
「兄ちゃん、お帰りっ!!」
「元気だったかい?」
「おおよ、ライサンダーさんも元気元気」
ライサンダーさんは、パットの胸に顔を埋めて甘えた。
「ライサンダー、帰って来たぞ」
彼はひひいんと一声鳴いた。
「キルコタンクが帰って来たって聞いてさ、ぜったい連邦門から来るって、思って、ライサンダーさんを馬屋から出して駆けつけたんだ」
「よくやったぞ、クルツ!」
クルツはライサンダーさんから降りて、パットに手綱を渡した。
「そっちのおっさんと、その、ギョロ目は……」
「なんだ、糞坊主っ」
エルザさんが、クルツに毒づいた。
「キルークで仲間になった、リターナーさんだよ、一流の冒険者さん」
「よろしくな、坊主は盗賊かい?」
「冒険者なのか、よろしく、俺はクルツって言います」
「よろしくおねがいしやす」
僕らは、みんなで一緒に、連邦門で入管をすませて、メイリンの街に入った。
懐かしい、ごみごみしていて猥雑な感じの、メイリンの連邦口広場だった。
帰って来たんだなあ。
ただいま、メイリン、僕は、今帰ったよ。
僕は街に、帰還の挨拶を心の中でした。
(第三章、戦場なんて聞いて無いっ! 了)
【次回予告】
新章突入!! 第四章、さよならなんて、聞いていない!
懐かしいメイリンの街へ帰還し、絆を繋いだ人々と再会を喜び合うげんき一行。
だが、もはや取り返しのつかない場所に行ってしまった者もいた。
墓場にお土産をとどける、あやめの心中はいかばかりか!
なろう連載:オッドちゃん(略
次回 第232話
メイリンへの帰還




