18. 不可触(アンタッチャブル)の理由
「ケンリントン伯、ごぶさたね。十年ぶりぐらいかしら」
スカートを両手でつまんで、オッドちゃんは優雅にお辞儀をした。
カテーシーとかいうやつだっけ?
伯爵はオッドちゃんを睨みつけ、顔を紙のように白くして、ふひゅーふひゅーと荒い息を吐く。
「まさか、今生で、貴様にまた相まみえようとはっ! え、衛兵っ、いや、近衛でないと駄目だ、近衛騎士団を呼べ、全員だっ!!」
いや、なに、その激烈な反応。
オッドちゃん、なにしたの?
そういやパトリシア嬢も初めて会ったときは、オッドちゃんの事を不倶戴天の怨敵とか言ってたな。
「待ってください父上っ! その、言いにくいのですが、ゲンキ殿は、その、オッドが召喚した使役勇者でありまして」
「なんだとーーっ! オッドの仲間なぞを婿にはできんっ!! この話は破談、破談じゃああっ!!」
お、ラッキー。
決闘しなくてすんだ。
「父上! まってください、ゲンキ殿はオッドに召喚されたとはいえ善意の第三者、オッドめとはなんの関係も……」
「オッドさま、あなたに僕の生涯変わらぬ忠誠をちかいます」
「え、あ、うん、なんかわからないけど、うれしいわ、ゲンキ」
「ゲンキ殿、お、お茶目がすぎますっ!」
わ、追い打ちかけたけど、パトリシア嬢が涙目だ、これ以上はいけない。
「父上、なぜ、このような、ちびでみっともない小娘を、そんなに怖がるのですか?」
ぼんぼんがオッドちゃんに近寄って、手をあげた。
オッドちゃんを突き飛ばす気かっ!!
ひいいいい、と僕は小さく悲鳴をあげて、ぼんぼんに走り寄り、がっしと抱きとめた。
「何をするっ! この下郎っ!!」
「やめろ、お前、死ぬぞっ」
「ケ、ケイン、何をするのかっ! 死ぬぞ!」
糞生意気なぼんぼんだとはいえ、子供が町工場の回転する機械に手を入れるようなマネをしていたら、止める。
当然止める。
ダディも同意見だったらしい。
「は、離せ、この平民めっ!!」
「いいや離さぬっ、これ以上いけないっ」
とりあえず、ケインの腕をとってアームロックを掛けてみた。
「いたたたたっ、なんだこの技は、痛い痛い」
「ケインよ、その者に触れてはいかん、触れていたならば、お前をこの国から追い出さなければならないところだった」
「えっ!」
ケインがびびって、オッドちゃんから離れた、僕のアームロックは掛かったままだ。
「不可触の大魔女オッド、二つ名のとおり、彼女は不可触の存在とすべし、という条約が、大陸中の国に結ばれておる」
オッドちゃんは、無言で笑顔で棒のように突っ立っているが、なんか張り付いたような無表情な感じでもあり、すごい怖い。
もう大丈夫だろうと、ぼんぼんからアームロックを外した。
しかし、緊急事態だったからとはいえ、綺麗に決まったな、アームロック。
「そ、そんな恐ろしい奴なのか、このチビは……」
「お父様、オッドは何をしでかしたのですか、お教えください、私はとても恐ろしい事をしでかした、としか知りません」
「ああ、パットは歴史の授業の時、毎回逃げ出して庭で一心不乱に剣を振っておったからな、何も知らぬのも無理は無い」
なんという事だ、オッドちゃんは国家条約規模でハブられるほどのマスターキングダムボッチだったのか!
「よかろう、皆の者にも語って聞かせようではないか、オッドさん百の黒伝説の八十五番、条約締結のきっかけになった事件の話だ」
「伯爵、その条約を発案した奴の名前を教えてくださらないかしら。今から、ぶっ殺しに行くわ」
「だ、だめだ、そうなることを恐れて、発案者の名前は特に秘すように、第一項に赤字で書かれておるっ」
「ちっ」
「オッドという存在は、過去、各国の垂涎の的になるほどの武力であった、当然だろう、かの剛力には全ての砦、全ての王城、全ての国境の壁が意味をなさないのだ」
「私は攻城兵器じゃないわよっ」
「この者は、千年まえほどから、各国の歴史書に存在を表す。最初の内は各国とも、友好的に、なんとかその力を取り込みたくオッドめを、ちやほやしていたという」
千年!
オッドちゃん、やっぱりロリババア枠じゃないかっ!
語尾に『のじゃ』を付けないのは反則だっ!!
「だが、その、かの阿呆の君は、利益で懐柔できぬほどには善良で、暴力で脅迫するには力が強すぎた。しかも阿呆なので発想が斜め上に飛びすぎ、なんとも扱いづらい存在であったという」
「人の事、阿呆って言った、阿呆って!」
「二十年ほど前の話だ、諸王国連合の一つにメイルランド王国という小国があった、そこの王子ジュリアンは愚かで放漫であった、求婚を餌にオッドを騙し、自王国に取り込もうとしたのだ」
「ジュ、ジュリアンの事は、その、ちゃんとした恋愛トラブルよ、そ、それは誤解よ」
オッドちゃんは、ちょろいから、そのイケメンに甘い言葉でたぶらかされたんだろうなあ。
「ジュリアン王子に愛を語られ、妃に迎えるとの約束に、オッドめは、それはそれは舞い上がったそうだ」
「オッドちゃんの舞い上がりっぷりが眼に浮かぶようなんだよ」
「舞い上がってないもんっ!!」
「婚礼も迫ったある日、オッドめは、ある隠し部屋での、王子と侯爵令嬢との密談を聞いてしまう。それは王子の真の愛は侯爵令嬢にあり、オッドとの婚姻は彼女を働かせる餌にすぎず、早く子供を作らせて、それを人質にしてオッドを操るんだ、という、赤裸々(せきらら)な王子の悪事の告白であったのだ」
「そ、それはね、侯爵令嬢に、ジュリアンが騙されていたのよ、わ、悪いのは令嬢なの、これは世界の定説だから……」
まだオッドちゃんは、ほんのりジュリアン王子に騙されておる。
ちょろすぎるっ!
「怒ったオッドめは、城の武器庫に押し入り、身の丈を越えるミスリルの大槌を持ち出し、号泣しながら城の中で大暴れを始めた。ケンリントン城の二倍はあったメイルランド城は、一夜にして更地に変わったという」
一同に沈黙の帳が落ちた。
なんだかもう、ひたすらにやっかいな逸話だ。
「オッドめは襲い来るメイルランド王国の衛兵団、騎士団、戦士団をめったやたらにノックアウトし、そのまま城下へと暴れこんだ。城下街が更地になるまで三日間しかかからなかったという。まっさらになった空き地の真ん中には、すり減って只の棍棒になったミスリルの大槌とおいおい泣いているオッドめが、いつまでも居たそうな」
「わ、私は間違ってないわよっ、それと三日ぐらいよ、泣いてたのは」
「メ、メイルランド王国はどうなったのですか?」
「王都と城下町を更地にされて国の立ちゆく訳もない、一ヶ月後、隣国に接収されたわい。王子と侯爵令嬢は浅知恵で国をほろぼした大陸一の愚か者として民衆に石を投げられて、どこかへ落ち延びていったという話だ」
「あれは悲しい事件だったわね」
人ごとみたいに言うなし。
「そんなオッドさん黒伝説が大陸中に百件ほどあり、もう世界はオッドめの相手に疲れ切ってしまったのだ。大陸歴1523年に帝都セトリガルドで全世界オッド対策会議が開催され、オッドめは公式に不可触と認定され、どの国家、どの政治機構も、オッドめに一切関わりを持つべからず、と条約が発布された。唯一の例外は世界的な民間団体、冒険者ギルドだけなのだ」
「どうして冒険者ギルドだけは除外なんですか」
「うむ、飢えさせると、オッドめが何をするかわからぬからな、ギルドにはババを引いてもらう事となった。そのため各国の援助がギルドに集まり、国ごとに分かれていた冒険者ギルドはパンゲリア大陸統一組織になったのだ」
これは酷い、僕が思っていた以上のウルトラぼっちだ。
全世界に拒否された存在だ。
国ごとの個別組織であった冒険者ギルドを統一してしまうほどのキングオブキングスぼっちだ。
どおりで、オッドちゃんの魔王退治の旅にどの国家の後援も無く、誰もついてこない訳だ。
しかし、メイルランド城の大暴れが八十五番という事は、あと十五回、同じぐらいのもめ事を二十年で引き起こしているのか、このエクセレントぼっち王は。
ほんとうに、なんて可哀想な存在なんだ、僕は目頭が熱くなり、前がぼやけてオッドちゃんがよく見えない。
あやめちゃんの目も真っ赤だ。
パトリシア嬢も痛ましげな目でオッドちゃんを見ている。
ケインまでもが、同情の目でオッドちゃんを見る。
「な、なによっ、なんでそんな可哀想な子を見る目で私をみるのよーっ!!」
オッドちゃんの金切り声が謁見の間に響いたのであった。
【次回予告】
食事は、和やかに時を過ごす方法を学ぶ為のものだ。
煌びやかで豪華な料理が並ぶ、夢あふれる晩餐会で、げんきは、ある決意を固める。
なろう連載:オッドちゃん(略
次回 第19話
ケンリントン城の晩餐会