94. 二十九階のフロアボス
休憩して疲れも取れたので、立ち上がって、左の方へ向かう。
すぐ、オークさん四匹とアカウント。
これは魔法生物魔法生物と唱えながら、正拳突きを混ぜての柔道を試して見る。
すり足で接近。
相手の剣の斬撃をナックルの上面で受けて、懐に入る。
そこから、アバラの下あたりを狙って、短い中段突き。
ボッキュンと嫌な音がして、オークさんが血反吐を吐く。
そのまま、腕を極めて首を絞めつつ力をこめて、折る。
チキンウイングフェイスロック、というプロレスの技。
後ろから槍のオークが突いてきたので、手の中の死骸オークの体で槍を受けて、押しつける。
死骸に突きささった槍が取れなくて慌てているオークの後ろにクルツが回り込んで、背中を一差しして、倒した。
パットとトレ坊は危なげなく、二人で戦っている。
後ろの一匹に、僕はすり足で高速接近して、胴のベルトを持って、足を払い、投げ飛ばす。
クルツが飛び込んで来て、オークの喉に短剣を突き刺す。
敏捷な動きをするなあ、クルツは。
さすがは盗賊。
結論。
オークには柔道も効く。
クルツがオークの魔石を取り出して、また通路を行く。
通路には幾つかドアがあって、部屋に通じているらしい。
中には魔物か、宝箱があるらしく、クルツがドアを開けたがるが、僕らの目的は地上へ行く事だから、駄目と言って通路を進む。
勿体ないなあ、勿体ないなあ、と、クルツのつぶやきがうるさい。
僕たちが、結構戦えると知って欲がでたらしい。
「宝箱あっても、クルツは開けられるのかい?」
「そ、それはやったことは無いけど、なんでも初めてはあってさ」
「迷宮の宝箱には、どんでもない罠があると聞くぞ、やめておいた方が無難であろう」
「一応罠外しは習ってるんだよ。三十階ぐらいの罠なら」
「罠は、爆発に、毒針、毒ガスと、多岐に渡ると聞く、解除に時間も掛かるであろう。ここは急いで地上に向かうのが利口ぞ」
「まあ、そうかな。だけど、やっぱ勿体ないなあ」
「そういうのは自分のパーティで来たときにやんなよ」
「ぐぬぬ」
なんか前からトンボが飛んできた。
すごい速度でみるみる大きくなる……。
でかいっ!
なんだ、この馬鹿でかいトンボは!
「ドラゴンフライ! 素早いよっ! 気を付けてっ! 火炎ブレスも吐くよっ!」
クルツが注意を僕らに言ってから、後列に付く。
数は五匹ほど。
口元に大きな横に開く口があって、そこからボワボワ火が出ている。
ランタンを床に刺す。
そして、僕とパットが前にでて、トレ坊とクルツを庇う。
意外に速い火が、バシュッと飛んできて、僕の肩に当たった。
熱っ!!
ビュンビュンと移動速度も速い。
パットが雷撃剣を振り抜いて、二匹同時に落とした。
僕は自分の方に飛んで来た奴に正拳突き。
うまくカウンターで当たったのか、ナックルの下でトンボの頭部がぐしゃりと潰れて落ちた。
あと二匹。
たかってきた一匹を悲鳴を上げて、トレ坊が短剣で突き刺す。クルツが羽を短剣で切り落とす。
僕の後ろから襲って来た一匹を振りかえりざまに首あたりを掴み、そのまま相手の前進力を使って壁に激突させる。
五メートルぐらい壁にすりつけ、頭を粉砕してトンボの息の根を止める。
「痛たたた。ぐうっ」
トレ坊が二の腕に傷を負っていた。パットが治癒魔法を掛ける。
緑色の発光の下で、傷がみるみるふさがっていく。
回復役が居ると安心だな。
クルツは、もうしゃがみこみ、トンボの魔石を取っている。
「我が君、肩の火傷を癒やします」
「うん、ありがとう」
パットの手から緑色の光がでて、肩の痛みが減っていく。
「回復魔法はどれくらい使える物なの?」
「気力が持つ限りですね。だいたい一日に二十回ぐらいでしょうか」
「効果は軽傷を治す?」
「はい重傷だと、効果が薄いです。その場合はヘビーポーションを」
二十回か、何回か使ってるから、あと十五回ぐらいと考えた方が良いな。
とりあえず、上に上がるほど魔物は弱くなるはずだから、それが救いだな。
しばらくすると上に続く階段に着いた。
……。
あれ。上が扉になってる。
パンフレットを見直す。
二十九階はワンフロアの階で、フロアボス階。
「クルツ、反対側から行ってもフロアボスは出る?」
「出るね、帰還するパーティが死んじゃう理由は、帰りのフロアボス戦が多いんだ」
懐中時計をポケットから出して、蓋をあける。
現在、パンゲリア時間で昼の九時、地球時間で午後五時ぐらい。
あと一時間で地上は夜になる。
こんな時間にフロアボスアタックをするパーティはいるだろうか、いや、いない。
僕たちがやる場合でも、当然、ボスフロアの前で野営して、回復してから、突破する。
「どうしますか、我が君」
「クルツ、二十九階のボスは何?」
「なんだったかなあ、ミノタウロスが一体だと思った」
ミノさんかあ、ダンジョン物の定番のボスキャラだ。
牛頭で、でかいマッチョの半獣人の魔物だ。
階段をちょっと上がって、扉を少し開けてみた。
いる。
ミノさんが、向こうの扉を向いて座っておられる。
馬鹿でかい斧を肩にかけておる。
僕はそっと、扉を閉めた。
さあ、どうしようかな。
パットと二人がかりなら、なんとかなるかな。
うーむ、怖いな。
あの斧で一撃されたら、普通に即死しそう。
気がつかれないうちに、後ろから一撃を加えれば、少しは有利か。
うむむむむ。
「パット、後ろから駆け寄って、ミノさんの首をはねる事はできる?」
「運が良ければ可能です」
「それで行くか、トレ坊とクルツは扉の向こうで待ってな」
「兄ちゃん、俺もなんか出来るよ!」
「何が出来るんだよ?」
「隙を見て切ったり」
「その場合、ミノさんに最初に狙われるのはクルツだぞ?」
「ぐぬぬ」
「倒し終わったら、解体を手伝ってもらうから、ここはトレ坊を守ってなよ」
「わ、わかった」
パットに目で合図して、扉を開けていく。
扉の向こうで、ドアに手を掛けようとしていた、ミノさんと目が合った。
……。
どええええっ!
諸手刈り!!
ミノさんの下半身に飛びついて、タックルのように、彼の足を両手で掬う!
斧を振り上げかけていたミノさんの重心を見事に刈って、巨体がズテーンと後ろに転んだ。
そのまま、ミノさんの分厚い胸板の上に乗り、マウントを取って、殴る殴る殴る。
ぐああ、硬い、地面を殴っている感じだっ!
パットがミノさんの足に雷撃剣を食らわせると、体を伝って僕の方まで雷撃がきて痺れる。
あばばばば。
ミノさんのぶっとい腕に吹っ飛ばされて、僕は天井近くまで飛ばされる。
やべえ、このまま落ちたら、足が折れる。
空中で体を捻って一回転、猫のように、したっと、着地!
じんと足が痺れるが、大丈夫折れてはいない。
周囲の篝籠に、ボッボッボッボッと順番に火が付き、辺りが明るくなる。
ミノさんは立ち上がり、こちらを威嚇するように吠える!
すっげえ怖い。
斧がぶんぶん振られる。
さあて、どうしたものやら。
斧をすり足で避ける、避ける、避ける。
カモーン。
と、挑発をして、ミノさんの注意を僕の方に向けさせる。
雷光のようにパットが飛び込んで、ふりかぶりの大剣で斬撃!
ガキン!
くっ、斧で受けられた。
すごく動きがいいなミノさん。
パットはそのまま雷撃を剣に流す。ミノさんは慌てて斧を引く。
その隙に僕はすり足で、ミノさんの足下に滑り込み、左足を抱えるように持ち上げ、軸足を刈り、投げ飛ばす。
ドッシン!
重い音を立てて、ミノさんが転がる。
パットが上から剣を突き刺そうとするが、斧に弾き返される。
くっそ、斧が邪魔だ!
三メートル近い巨人サイズのミノさんには、掛けられる技が限られる。
変な技を掛けると、切り替えされて、僕の方が危険だ。
あ、そうだ、指だ。
ブラスナックルを、ミノさんの斧を持った右手の親指関節に思い切り打ちつける。
ぎょおおおおっ! と悲鳴を上げて、ミノさんが右手を押さえる。
もう一発!
ゴキャリ、と嫌な音を発して、ミノさんの右手親指がねじ曲がり、斧を落とした。
寝た状態でミノさんが発したパンチを、僕は手を添えるようにしてずらして、前に進み、鎖骨部分にナックルパンチ!
「我が君、離れて!」
パットの声で、僕は後ろに反射的に跳びすさる。
ミノさんの脇腹にパットの大剣が差し込まれ、バリバリという音と共に雷撃が光り、打ち込まれる。
くぐもった悲鳴を上げて、ミノさんは転がり、雷撃を放つ大剣から逃げる。
血まみれのミノさんが、屈んで僕らの隙をうかがう。
僕らも前傾姿勢で睨み返す。
グモーッと吠えながら、ミノさんは僕の方へ走って来て、巨大な拳で殴りかかってくる。
そのパンチの軌跡を奪うように手を添えて、太い腕を肩に乗せるようにして、懐に飛び込み、一本背負い!
綺麗にミノさんは僕の背中にのり、空中を飛んだ。
どかんと床にたたき付けられて、ボキュリと鈍い音と共にミノさんの肩が砕けて腕がねじ曲がった。
滑るようにパットが走って来て、大剣一閃、ミノさんの首が飛んで、辺りに噴水のように血がばらまかれる。
ミノさんの首はごろごろと転がって、部屋の隅で止まった。
ぜいはあ、ぜいはあ。
「お見事です、我が君」
「パットも強くなってない?」
「ジュードーの動きのせいでしょうか、なんだか綺麗に体が動くようになりました。我が君のおかげです」
うわー、と歓声をあげて、トレ坊とクルツが駆けよってきた。
はあ、よく勝てたなあ。
「凄い凄いぞ、さすがは勇者、褒めてつかわすっ!」
「兄ちゃんも、姉ちゃんもスゲエ、スゲエっ!」
僕は駆けよってきた、坊主ズの頭を撫でくりまわした。
やれやれだぜ。
クルツがミノさんの胸を切り裂いて、魔石を取る。トパーズみたいな黄色で綺麗な魔石だ。
ミノさんの死骸を魔法袋にいれようかなと思ったけど、なんか首のないミノさんの死骸は、ふつうに人の死体みたいだからやめた。
飛んだ首も一緒にして、フロアの隅に安置した。
ここでまた、迷宮に喰われて戻ってくれば良いよね、ミノさん。
ボスフロアの向こうの扉を開けると、長い階段であった。
一度二十七階に出て、それからまた二十八階に戻り、再度二十七階にでる構造らしい。
僕たちは階段を上り始めた。
【次回予告】
強敵を倒し、さらに上の階にあがる、げんきたち。
襲いかかる幾多のモンスターよりも、もっと危険な敵が、げんきには存在する。
それは、ひ弱な体力であった!
なろう連載:オッドちゃん(略
次回 第95話
二十七階から二十八階