扉の向こうが
新作です、よろしくお願い申し上げます
ある日、息子に尋ねられた。
「父さんと母さんって、どうやって出会ったの?」
ついに、この質問が来てしまったか。さて、どうやって答えよう…あれは、中学生の頃だったか…
桜の季節はもう終わっていた。東京からそれなりに近いベッドタウンに俺は一人で住んでいた。少なくとも、一人で生活をしていた。父親は単身赴任で来年まで他県で働いていて、母親は住所だけはここに住んでいた。気が付いたら食費を置いていたり、食べ物を置いてあったりする。どうも殆ど男の所に行ってるらしい、虐待してないだけマシか。
「参ったなぁ」
独り言を言う、買ったばかりの電動ガンを窓の外に落としてしまった。小遣い4ヶ月分せっせと貯めた大事なFA-MASなのに。理由は聞かないでくれ、名前を言いたくもない害虫と電動ガンで戦おうとした俺が馬鹿だっただけだ。
家の裏手まで回って電動ガンを拾いに行く。ちょうど、トイレの小窓があるあたりの草地に落ちていた…のはいいのだが、何故壁に扉があるのだろう。
家の裏手で、向かいの家からも見えない位置にあるので今まで誰も気づかなかったのだろう。扉には苔やら土やらが付いていてちょっと汚い。怪しいものなのは間違いないのに好奇心を持つのは仕方ない事だと思う、なにせこの扉の向こうは本来ならばトイレがあるはずだから。
扉は、思ったより簡単に開いた。扉の向こうは、少なくとも想像していたのとは違った。トイレの外に付いている扉をあけたら何があるのか想像できた事が奇跡だとは思うが、とりあえず違っていた。
そこには怪しい研究室みたいな所があったのだが、明らかに何かがおかしい。ここに研究室があるのならトイレはどこに行った。しかも、この研究室みたいな所は間違いなく廃墟だ。何このホラー、入ったら帰ってこれないとかじゃないだろうな。
とりあえず、落ち着いて虚数を数え…無理でした。ってボケてる場合じゃない。一人でボケても虚しいだけだが、とりあえず落ち着いて考えられるようになってきた。
見なかったことにするか、中に入ってみるか。
とりあえず、手だけ入れてみる…普通だ、何もない。特に違和感も感じない。勇気を出して中に入ってみる。
うん、特に何もない。一度出てから入りなおしてみても特に問題ない。靴のまま室内に入ってしまったけど、廃墟で色々なものが散乱してるので、靴はいてないと足怪我しそうだ。
静まり返った室内で、俺の足音だけがよく聞こえている。変な落書きがあちこちに書いてあるが、何て書いてあるかはよく判らない。漫画で読んだ魔法陣みたいな、理科の教科書にあった化学式のような、そんな変な落書きだ。
とりあえず、奥にある扉を開いてみる。そこは外だった…が、間違いなく俺の家の庭ではない。あそこはもっと荒れている。なんか薄暗い路地裏で、ボロを纏った人が座り込んでる。微妙に臭い所はウチの庭より良くない所だな。
微妙に怖くなったので、一旦元の扉から外に出て、帰れることを確認してからボロい人に話しかけてみる。
「あの、ここはどこですか?」
「ここは人間街の路地です、貴方みたいな身なりのいい人が来るところじゃないですよ。エルフの人間狩りもたまに来ますし、家に帰った方がいいです」
訳が分からない、言葉が通じてるのに意味が通じてない
「人間外?人間じゃないの?」
「私は人間です、人間だから職に就けないのです。私は皆様のお情けにすがって生きてるだけです。もし貴方様に情けがございましたら、何か食べるものを頂けないでしょうか?私はそのお礼に精いっぱいのご奉仕を差し上げられます」
何だかよく判らないけど食べ物が欲しいらしい。ウチに帰って何か持って来よう。
夕食用に炊いていたご飯をお握りにして、おかずは母親が置いていったから揚げがある。俺一人で食べるにはちょっと多いかと思ってたんだ、半分あげよう。
大慌てで戻ったらまだそこに座っていた。お握りを差し出しても、それが食べ物だと気付いてないみたいだ。
「お握り食べた事ない?美味しいよ」
「これ、食べ物なのですね」
そう言うが早いかがつがつと食べだして、あっという間にから揚げも含めて食べきってしまった。
「こんな美味しいご飯は久しぶりです。ありがとうございます」
声で気付いたがボロボロの服にフードで顔見えなかったけど女の子だ。何で浮浪者なんてやってるんだろう。
「普段は何食べてるの?」当然の疑問だろう
「エルフ街…エルフの街に行けば残飯が漁れます。後は日雇いで下水の掃除とか色々やってお金を貰ってます」
そこまで来て俺をはじめてしっかり見てきた。そして驚いた。
「貴方なんで人間なのにそんな綺麗にしてるの?人間街の上流階級だってエルフに比べればとってもみすぼらしいのに」
「あー、なんていうか他所から来たんでね。だからここの事もよく判らないんだ、教えてくれると助かる」
どうも、ここはエルフと人間が住んでる町で、エルフが上流階級、その下に人間の上流階級が居て人間の平民が居て、この子(ラウラと言うらしい)みたいな浮浪者が下層階級だと。
階級はかなりがっちりとしていて、エルフは何があっても安泰、人間も余程のことが無い限り階級が上がる事は無いらしい。
で、ここからが大事な事だが「エルフは魔法が上手で、魔法の力が違いすぎて人間はエルフに叶わない」つまりここは日本でも地球でもない。異世界と言うわけだ。
この路地裏は、昔はエルフが住んでた町だったらしいが、何でも他の国との戦争があってエルフの数が減り放棄した区画らしい。多分俺が出てきた部屋はエルフの研究所だったのではないかと言っていた。
そこまで話したところで、何かガラの悪そうな細っこい二人組がやってきた。
「おう、兄弟。お前も貧民ぶち殺す遊びをしに来たのか?」
二人組の内、背の高い方が俺に話しかけてくる。が、俺の顔を見て驚く。
「てめぇ人間じゃねぇか、何でそんな珍妙だけど仕立てのいい服着てやがる。誰かエルフから奪ったに違いないな。とりあえず死ね」
そう言って何か呪文(だったのだろう、その後知った)を唱えたら、手のひらに火の玉が出来て、俺の方に向かってきた。
逃げられるわけもなく、俺は炎に包まれた。