7.変化の訪れ
翌日友人が気になったリナは田平家へ足を運んだ。家のチャイムを鳴らすと扉を開けたのは亮だった。
「何か用?」
笑みを浮かべる亮にリナは麻由子はいるかと尋ねたが、亮は首を横に振った。
「それが昨日の夜に家を抜け出したみたいでまだ帰って来てないんだ。親父にバレたらヤバイかも」
肩を竦ませる亮にリナは渋る。
「おや、君は確か麻由子の友達だったな?」
するとどこかの帰りだったのか外に立っている麻由子の父親に目がいく。昨日麻由子の母親の隣に立っていた男とは全くタイプが違うと感じリナは咄嗟に笑顔を作り上げた。
「栗栖リナです」
挨拶するリナに父親は笑う。
「栗栖さんか、そう言えば麻由子は君の家で寝泊まりするって話だったが?」
するとリナは亮と目配せし事の状況を理解しようとした。
「ええ、そうなんです。お気に入りのワンピースを取ってきて欲しいと頼まれまして」
「何故麻由子が取りに来ないんだ?友人に面倒を掛けさせるとは」呆れる父親に亮はすぐに口を開く。
「昨日の夜、麻由子を怒らせちゃったんだ。それから顔も見たくないって言われちゃってさ」
「そういう事か、麻由子の奴まだまだ子供だな。手間を掛けさせちゃって申し訳ない。車で送ってあげたい所なんだが…」
「心配いらないです!」
手を振るリナのぎこちなさに父親は首を傾げていたがすぐに笑みを浮かべ家の中に入っていった。
「それよりアンタの姉貴は家に来てないけど?」
父親の姿を確認しながらリナは亮に尋ねると亮も分からず肩を竦めた。
「栗栖家に居ないってことになれば…」
「大樹に電話してみる」
そう言いながらアイフォンを耳に当てながら外に出るリナを遠目に亮は見つめていた。
△
着信音に目を覚ました麻由子は思わず体を起こした。
ケータイを手に取りながら電話に出ようか出まいか迷ってる大樹に目が留まった。
「ごめん、私迷惑掛けちゃったね。私帰る!」
「そんな慌てて帰ることないよ。それにまだ話を聞いてないし」笑顔で答える大樹は静かにケータイを下ろすと麻由子が腰掛けるベットの隣に座った。
「驚いたよ取り乱した君を見て」
「でも私なんで大樹くんのベッドに?」
恥ずかしそうに顔を伏せる麻由子に大樹は笑う。
「心配いらないよ、手は出してない」
お茶らける大樹に麻由子はフッと笑みを浮かべると大樹は心配そうに顔を覗き込む。
「それより平気?無理に話を聞く気はないけど」
「ありがとう、でも私自身もまだ事の理解が出来てないんだ。でも…ありがとう」もう一度お礼を告げる麻由子の手を大樹は優しく握ってやると2人の視線は絡み合った。そして麻由子はそっと顔を近づけ唇が触れそうになったが、すぐに大樹は顔を逸らした。
「今日は帰った方がいいよ。君の友達が心配してる」
そう言った瞬間、荒川家の扉が強引に開かれた。
「ったく電話出てよ」
リナのイラついた声を聞きながら大樹は麻由子の顔を見て笑った。
「そうだね、今日は帰るよ」
意味深な2人のやり取りを見ながらリナは腕を組む。
「お邪魔しちゃった様だけど、私は謝らないよ」
荒川家を出ると外には赤いジープが待っているのが見えた。
「なんか皆に迷惑掛けちゃったみたいだね」
麻由子の気まずそうな顔を見つめながらリナはため息を吐く。
「本当だよ。あの後のことだから心配した」
「リナでも心配することあるんだ」
驚いてみせる麻由子にリナは眉を顰めた。
「私だって人間だし?それに私が余計な心配事を作らせちゃったわけだし」
罪悪感を募らせるリナに麻由子も目を伏せた。
「リナのせいじゃないよ。リナが原因じゃないでしょ?」
「でもさ…」
「心配してくれてありがとう」
弱々しく笑う麻由子の顔を見てリナは胸が締め付けられるようだった。そんな彼女たちの顔を見ていたレイが車から降りてきた。
「お嬢さん方、俺待ちくたびれちゃうよ」
優しい声に麻由子の心は落ち着くようだった。
それから車に乗り込んだものの見知らぬ女が助手席に座っていることに気がついた麻由子は戸惑った。
「この子は愛梨。レイの彼女をやってるビッチ」
相変わらず荒い紹介をするリナに愛梨は鼻で笑う。
「ビッチはどっちよ」
「まぁいい勝負だと思うけど」
愛梨の頭に軽くキスをするレイを麻由子は不思議そうに見つめていた。彼女がいながらも翼との関係もある。目が回りそうな人生を歩んでいる意外性を感じていた。
「それより君のお母さんと歩いていたのは剱持徹って男だ」
レイが運転席から振り返ると麻由子はリナを睨む。
「話したの?」
「どんな男か知りたいだろうと思って」肩を竦めるリナに麻由子は顔を俯かせた。
「これ以上調べる気なんてない。私は何も見なかった、それでいいよ」
口を紡ぐ麻由子に愛梨は気だるそうに振り返った。
「そう思えばいいけど、その男が私の父親ってなれば私は黙っちゃいられない」
思わぬ共通点を見つけた麻由子は声が出なかったが、代わりにレイが答える。
「早いうちに解決した方がいいと思ってさ、2人のために」
「優しいのね」
猫が喉を鳴らすような声を出す愛梨にリナは吐く真似をした。
「そう、あの人も家庭があるのに不倫をするなんて」悍ましい事実に目を背けたくなる麻由子だったが、愛梨はため息を吐きながら睨む。
「ねぇ貴女だけ悲劇のヒロイン面しないでよ。私だって同じ立場なんだから」
「そうだよね、どうすればいい?」
尋ねる麻由子にリナは髪をかき上げる。
「アンタはどうしたい?」
「私は…また普通の家族に戻りたい」
その言葉に3人は微笑んだ。
それから夜になり、麻由子はひと気のないファミレスへ移動した。目の前には愛梨も座っていた。何度も可愛らしいピンクの腕時計をチラッと見る彼女からは緊張が伝ってくる。
「待たせちゃったわね、あらお友達?」
すると約束通りの時間から五分遅れに由紀が到着する。
「この子見覚えある?」
麻由子の問いに由紀はまじまじと愛梨を見つめるが理解できずに首を横に振る。
「だよね、この子の名前は…」そう言いかけた麻由子に愛梨は口を挟む。
「はじまめして愛梨です。苗字はたぶん知ってると思いますけど剱持です」
愛梨の言葉に由紀の顔色はみるみると青ざめていった。
「父とは仲良くしているみたいだけど私の話は一切しなかったみたいね」
愛梨は容赦なく続けると麻由子は一撃を食わらせる。
「証拠はある」そう言いながら昨日の写真を見せると由紀は両手を頭に当て今にも意識を失いそうだった。
「私…、なんて事を」
震える声に麻由子は涙を流した。
「これ以上罪を重ねないで、私たちの元に帰ってきて」
そう言いながら写真を削除する娘に由紀も涙を流しながら何度も頷いた。
「さぁ、今度は父の説教でもしに行かなきゃ」
2人の親子を見守りながら愛梨は席を離れた。
「ここに来て変わったわね」
涙を拭いながら由紀は目の前の娘を逞しく育ったと感じていた。
「ここに来て色んなことがあった。だからここに来てよかったって思いたい」
「わかってる」
人生の歯車は途切れることなく回る。
誰かは天にも上がるような幸せを感じていれば、誰かは地獄にでも堕ちるような感覚を味わっていることがある。
人はそれを運命と呼ぶ。