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×  作者: kojima
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4.昼下がりの雨

キャンプ当日になると亮は張り切っていた。


「ねぇ、傷口に塩を塗るようだけど今日翼が来るよ?」


麻由子は心配そうに顔を覗き込む。しかしそんな心配は要らなかったとすぐにわかった。


「あんなの過去のことだって!今はもう別に意識いってるから」


「意識?」


麻由子の問いかけには答えず亮はリュックサックに荷物を詰めていった。





お昼頃になると待ち合わせ場所のカントリークラブへと向かう。するとそこには真っ赤なマウンテンバイクに跨った翼に目が留まるのは亮だけではなかった。


翼はガリガリな足を見せつけるかのようにホットパンツを履きお腹を出したスタイルだった。そんな彼をリナだけは褒めていたが、他の誰もが色眼鏡で見ていた。


「じゃ全員揃ったから行こう」


レイの合図に皆、自転車を漕ぎ始めた。


「ねぇ、リナ」


自転車を漕ぎながら翼は声を掛けると、サングラスを掛けながらリナは彼の顔を見る。


「僕、今日来て正解だったかな」


辺りを見渡しながら翼は尋ねる。そんな彼にリナはサングラスを取りながら微笑んだ。


「アンタが来なきゃ盛り上がんない。私のパーティにはアンタは必ずいなきゃないんないんだから」


リナの言葉に翼は涙がこみ上げてくるのを堪え笑ってみせる。





一行が湖に到着したのは昼下がりで、それぞれテントを張り楽しみだした。


レイが筆頭になりバーベキューをやる中、離れた場所で翼の浮かない顔がよく見える。麻由子はあの上映会から気にかかっていたものの、あれ以上尋ねるわけにはいかなかった。


「レイって何でもやってくれるよね」


麻由子は隣で寛いでいるリナに告げ、羨ましいと話していたがリナは肩を竦ませため息を吐く。


「兄ってそういうもんじゃないの?」


「私もお兄ちゃんが欲しかったな。あんなイケメンなお兄ちゃん持ってて自慢でしょ?」そう話す麻由子にリナはサングラスを掛け表情を隠すかのようだった。


「物分かりのいい兄貴だよ。でもはっきり言って理解できない兄貴でもあるよ」


「どういうこと?」


麻由子の問いには答えずリナは笑っていた。そんなミステリアスな彼女は魅力的でさらに興味心が湧いてくる。


リナを崇拝しているのは麻由子だけではなかった。


「麻由子と話してて楽しい?」亮の声に2人の少女は一斉に顔を上げた。


「アンタも混ざる?」


サングラスを頭に掛けながらリナは尋ねると亮は笑いながら横に座る。


「ここに来てウンザリしてた。でも誘ってくれてありがとう」


まだ垢抜けない亮の顔は出来始めたニキビが目立つもののそれは若さを表している。


「せっかくの夏休みだしね」


タバコを咥えるリナを見る亮の顔つきに麻由子は気がついていたが、その時は何も言わなかった。ただいい気持ちはしなかったと今ではわかる。


湖に脚を漬けていた大樹はふと話している3人に目が留まり、打ち解けている亮を見て安心していた。


「何見てんだ?」


友人であるまさるに尋ねられると大樹は笑って答える。


「なんか皆でこうして集まるのもこれが最後かもしれないよね」


「え?」


「だって俺たち高校卒業したら東京に行く奴もいるだろ?そうしたらこんなに頻繁に会うのは難しくなるじゃん」大樹は笑っていたが、どこか寂しげだと勝には伝わっていた。





昼下がり、娘と息子の居なくなった別荘で田平由紀たひらゆきは淹れたてのコーヒーを飲みながら中庭を見つめていた。


ホッとひと息吐くと何故か心がざわついていた。というのも、カントリークラブでのパーティで懐かしい顔ぶりに再会したからである。


由紀にとってほんの短い期間ではあったものの森山町で育ち青春を送った特別な場所であった。


劔持徹けんもちとおる、その名を思い出すだけでも心だけが少女に戻る。


今、娘たちが遊びに行っているあの湖はまさに徹との思い出の場所なのだ。徹とは20年も会っていなかったが、あのシワの寄った瞳から当時の優しい彼を感じ取っていた。


「はぁ…」


憂鬱な日常を振り返り由紀は大きなため息を零すと青春を謳歌している娘たちが羨ましく思えた。


そんなことを思っていると、テーブルに置かれたケータイが震え始める。


電話帳には家族やわずかな友人しか登録されておらず電話が掛かってくるなど滅多にない。不思議に思った由紀はケータイの画面を見て目を丸くさせた。


非通知


今までなら絶対に出ないだろう電話だったが、その時はふと希望が芽生えたのだ。


「はい、もしもし?」


少し弾む声で由紀は電話に出る。


『由紀さん?』


懐かしい声を聞き由紀は思わず電話を切る。自分の過ちに気がつき、ふと窓に目を向けるとポツリポツリと雨が降り始めているのが見えた。







ゆっくりとした時間は流れていたが、急に降り始めた雨により湖からテントが撤退していく。木樹で雨宿りをしながらもひとつひとつの行事が終わっていくことを麻由子はひしひしと感じていた。


「ったく雨が降るとか萎えるわ」


相変わらずのリナの態度に大樹は苦笑していたもののレイはこれも楽しいと話していた。大勢であのファミレスへ移動しワイワイと騒いでいたが、店主は笑顔で若者を見守っていた。


「それで大樹の姉貴の結婚式前夜は暴れるんだろ?」


勝の言葉に大樹は笑顔で答える。


「男女に分かれて独身最後のパーティをやるよ!」


「独身最後のパーティ?」


麻由子が首を傾げていたが、大樹の楽しそうな顔を見て麻由子自身も楽しみになっていた。そうそれが悪夢のはじまりとは知らずに。


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