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×  作者: kojima
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第1章:1.パーティのはじまり

2010年、あの事件が起きる。


誰もが想定していなかった出来事だ。


平穏な軽井沢の奥地、自然豊かな森山町でそれは起きた。



-×-




その年の夏休みに田平麻由子たひらまゆこは家族と共に森山町へ訪れていた。別荘地として有名でもあったその土地には2年に一度訪れる程度であったが、麻由子にとってここは特別な場所でもあったのだ。


しかし2年ぶりに訪れた森山町は妙に違和感があると麻由子は思った。


長閑な木々に囲まれた森山町を見渡していると、母親は不思議そうに娘を見つめる。


「初めて来たみたいな顔してるわね」


母親の声に麻由子は我に返ると笑みを浮かべ首を横に振って見せた。


「ここに来るのも久しぶりだったからね」


そんな娘の答えに母親は笑っていたが、麻由子はどこか胸騒ぎを感じていた。



田平家の別荘は町とは程遠い森の中にあり、ウッズ素材で統一された別荘は父親の趣味だった。


りょうとマキを集めに出るから」と麻由子の2つ下の弟を連れて出て行く姿を見送った。


別荘の裏庭に設置されたベンチに母親と腰を下ろしながら、淹れたてのコーヒーを飲みホッと落ち着く。


「久しぶりに友達と会いに行ったらどう?」


ふと母親に提案され麻由子は渋った。


「友達って言ってももう2年も会ってないんだよ?」


「そんな高校生最後の夏休みを独りで過ごすつもり?」


「それは…」


麻由子自身、もともと友人が多い方ではなかった。都内での生活と森山町での生活は大して変化がなかったものの、母親にとってそれは胸を痛む事実でもあった。


学校推薦で大学も決まり、悠々と夏休みを楽しめると思っていた麻由子だったが母親の心情を悟り重い溜息が溢れる。


そんな2人の重たい空気を破ったのは、玄関のチャイムだった。


「誰かしら」


母親の後に続き麻由子も様子を伺いに行くと、扉の先には3人の少女が見えた。


どの子も同じファッションスタイルで黒髪にカチューシャをして、パールのネックレスをしている。


「はじめまして。今夜この町で開催されるパーティの告知に来ました」


1人の少女がチラシを母親に渡し笑みを麻由子に向けた。可愛らしい顔に麻由子はどきりとしていると、母親の嬉しそうな声が耳元で聞こえてくる。


「楽しそうじゃない!麻由子行って来なさいよ」


「でも…」口ごもっている麻由子を見て少女たちは口を揃えて話し出す。


「今夜のパーティは親子で参加なんです」


「ただ町の人たちで楽しむ会ですので、きっと楽しめると思います」


彼女たちの説得に麻由子は折れ、母親もいることだからと参加すると答えた。


「では19時にカントリークラブで」


そうら告げると少女らは去っていった。


「可愛らしい子たちだったわね」母親は嬉しそうに扉を閉め、わざとらしく麻由子に話した。


「つまらなかったら帰るからね」


不服そうに答える娘に母親は眉を顰めた。







日が沈んだ森山町は肌寒くなり麻由子は白いレースのワンピースにカーディガンを羽織った。父親と弟が帰って来るのを待っていると、なぜか緊張感が全身を覆ったかのような感覚に陥る。


そして、2人の姿が見えると麻由子は手を振った。




「何?今夜はパーティ?」パーティという言葉に父親は笑っていたが、亮は興味深そうに笑っていた。


「こんなとこにいるより楽しそうだ」亮の言葉に父親は咳払いし一睨みする。


「まぁマンネリ化してきたのも確かだしな。たまにはこの町の人と関わるのも必要かもな」


肩を竦め父親は頷いた。その様子に母親と亮は喜び、早速準備を始める。


ボルボの車はカントリークラブへ向かう中、麻由子は車窓から通り抜ける木々を見つめた。


自分はパーティに向いてるとは思えない。今年も静かにここで夏休みを送りたかった、と考えていると車は停車した。


すると麻由子の目が次第に丸くなっていった。


森の中に大きく聳え立った東欧式石木混造建築な建物を優しい色の豆電球が覆っているかのように装飾されていた。そしてクラシック音楽が流れ、母親の表情が変わっていく。


「想像していたパーティよりも凄そう」


心の声が口を通して発される。


車から田平家が降りると町の市長が顔を出し、笑顔で出迎えた。


「これはこれはあなた方を待っていましたよ!」


市長の案内に一家はカントリークラブの中へ入る。


「まぁ…」


母親は口を抑え目を輝かせていた。


蝋燭で照らされた室内はロココ調に統一され、歴史を感じさせられる。


そしてそこには招待してくれた少女たちも来ており、麻由子は不思議と安心した。


「これで揃いましたかな?」市長の挨拶が始まるとパーティが始まった。


すでに同年代と打ち解けている母親や亮と話すグレイアッシュのミディアムヘアを弄ぶ綺麗な女の子を交互に見つめている麻由子の元に1人の少女が近寄ってきた。


「こんなパーティ阿呆らしいと思わない?」


「え?」声がした方へ目を向けると長い栗毛をかき上げた綺麗な少女の顔が見えた。


「何?満足してるわけ?」


整った顔立ちにハスキーな声は冷酷さを帯びていたが、何故か麻由子には魅力的に思えた。


「私たち移動するけどアンタは?」


少女は華奢な足をクロスさせながら尋ねる。しばらく渋っていた麻由子は、見渡し今にも女の子と抜け出そうとしている亮を見つけた。


「弟の見張りも必要みたいだし」


「そう来なきゃね」


不敵に笑う少女は麻由子の腕を掴み、カントリークラブを後にした。


「遅いぞ!」


真っ赤なジープの運転席で手を振る男たちに少女は中指を立てながらも車に乗り込んだ。


「見ない顔だな」


ハンドルを握りながら振り返る男に麻由子はどきりと胸を震わせた。


「しける。早く車を走らせてよ」


1本タバコを咥える少女に男は肩を竦ませ、車を走らせた。


移動中は耳障りなクラブミュージックをガンガンと鳴らし、車の中は出来上がっていた。


麻由子は車を見渡すも弟と女の子の姿がないことに気がつき頭を抱えていると、少女の呆れた笑い声が耳元で聞こえた。


「萎えさせないでよ」


「ごめん。でも弟がいないからさ」


「そういうこと。それなら別の車で移動してんじゃない?」


「別の車?」


聞き返す麻由子に運転する男がミラー越しで答える。


「この車以外にあと6台あるんだ。そいつらと今から行く場所で待ち合わせしてんだよ」


「そう言えば、どこに向かってんの?」


麻由子の問いに少女は不敵に笑っていた。


「サプライズ。アンタ好きそうな顔してる」


少女の言葉に困惑し麻由子は頭痛を覚えていると、少女はタバコの煙を吐き掛ける。


「私は栗栖くりすリナ。で、運転してんのが私の兄貴のレイ」


「俺の紹介もしてよ」


すると助手席に座っていた男の子と目が合う。微笑む男の子の顔は今どきの若者といった雰囲気があり、人懐こい笑顔が印象的だった。


「存在感ないから忘れてた。ヘタレの大樹だいき


「そんなことない!荒川あらかわです!」


手を差し伸べる大樹に麻由子は緊張しながらも手を握った。


「私、田平麻由子です。高校生最後の夏休みはサプライズ続きだよ」


「なんだ。私たちと同い年じゃん」リナの言葉に麻由子もホッとしていた。


するとレイはハンドルを切り車を停めると麻由子は車窓から外を見渡した。


すでに車が6台集まっており、この車が最後だとわかる。


「おい栗栖おせぇよ!」


別車の方から男たちの声が聞こえ、麻由子が目を向けるとそこにはあの女の子と唇を合わせる亮の姿に思わず目を覆った。


「あーあ、つばさに捕まっちゃったね」


リナの言葉に麻由子は目を向ける。


「何?あの子ヤバいの?」


「かなりヤバイ」面白がるリナに麻由子は冗談だと思い笑い返す。


「あいつもサプライズ好きだから」と答えるリナの声が麻由子の耳には入っていなかった。



それぞれに建物の中に入っていく時、大樹が麻由子の手を取った。驚き麻由子は顔を向けると、子犬のような笑みに頰が熱くなるのを感じた。


「へんな虫が付かないように見守って置かなきゃね」


やらしさを感じさせない大樹の言葉に麻由子は居心地よさがあった。






建物の中はガンガンと音楽が鳴りフラッシュライトに照らされていた。先ほどのカントリークラブとは打って変わった環境に麻由子は思わず笑った。馴染めないと思っていた森山町にすでに馴染んでる自分にも楽しさを覚える。


辺りを見渡すとリナは見知らぬ白人と舌を絡ませキスを交わしているのを見て麻由子はまた手で顔を覆った。


「異世界へようこそ」大樹の言葉に麻由子は吹き出し笑った。






その頃、亮は翼に手を引かれながら二階へ上がり個室へ移動していた。


「どこに行くの?」


亮の問いに翼はただ笑うだけだった。そんな彼女に亮もつられて笑う。


「いい事しよう」


少し低い彼女の声に亮は高鳴る感情を覚えると、そんな少年のパンツを翼は下ろした。


「な!」


思わず拒む亮だったが、翼の笑みを見てされるがままパンツを下ろす。


今までにない感触に亮は息を荒くさせた。生暖かい何かが下から伝ってくる気持ち良さに亮は腰から砕け散ったように床に倒れ伏すと、翼は口を舐めまわしながら笑う。


「僕も勃ってきちゃった」


翼の言葉に亮は耳を疑った。


「今なんて言った?」


口ごもる亮に翼は笑みを浮かべたまま服を脱いでいくと、亮の顔色が悪くなっていった。






ファーストキスを大樹としている麻由子だったが、何か嫌な予感がした。慌てて階段を降りる亮の姿が見え麻由子は大樹から離れた。


「亮!どこに行くの!?」


大声で尋ねると亮は冷や汗を拭う。


「なんで麻由子がここにいんだよ!」苛立っている亮に大樹は笑う。


「君も翼の犠牲者?」


その問いは亮をさらに機嫌悪くさせるものだった。


「クソ!こんなとこにいるのもクソしかいねぇ!」


地団駄を踏む子供のような態度に麻由子は戸惑った。そんな様子に大樹も気がつき肩を竦ませる。


「家まで送るよ」


そう言い亮の肩に手を置き麻由子と3人で建物を出て行った。


レイの車を運転しながら大樹は隣の席で不貞腐れている亮を見つめると思わず笑みが零れる。


「何が面白いんだよ」


苛立ち唇を噛む亮に大樹は頷いた。


「懐かしいなと思って」


「は?」


「ここにいる誰もが翼の犠牲者だよ。僕も童貞を奪われた1人ってこと」


思わぬ口ぶりに姉弟は顔を見合わせた。


「まぁそれは言い過ぎだけど、翼ってああいう見かけだろ?騙されちゃうんだ男は」


冗談交じりに話す大樹にようやく亮も笑った。


「まぁ騙される男が悪いんだけどな」そう付け足すと亮も頷き、男2人は打ち解けていた。


そんな彼らを麻由子は呆れた眼差しで見つめていた。


ジープは田平家の別荘へ到着すると亮は疲れた表情を浮かべながらすぐに車を降りて行った。


「お礼はいいさ」


大樹は亮の背中にそう呟く。すると麻由子は後部座席から助手席に移動しながら大樹に礼を告げた。


「助かったよ。まぁ騙された話はどうかと思うけど」


「初デートでする話じゃないよね」


苦虫を噛むような表情で大樹は頭をかき上げると麻由子は彼の手を取り口付けした。


そんなら彼女に大樹は驚く。


「もうこっちサイドに慣れちゃった?」大樹の冗談に麻由子は吹き出し笑う。


「本当に今日はありがとう」


再び礼を告げると麻由子は車を降りた。彼女の後ろ姿を見つめ大樹は照れを隠すかのように手で隠し微笑んだ。






ひと気のないモーテルでミニのスパンコールワンピースを着ていくリナの背後から声が聞こえる。


「どこに行くつもり?」


ハンサムなイギリス人に尋ねられるとリナは不敵に笑いながらタバコを咥える。


「流暢な日本語だけど、観光客っていうのは嘘?」


首元まで掛かっている男性の髪をかき上げながら猫が喉を鳴らすような声を彼の耳元で囁く。


すると男性は目を瞑り溜息を漏らした。


「嘘だよ」


思わぬ返事にリナは目を見開き彼を見つめた。


「本当はずっと日本で暮らしてる」


「何の為に嘘吐いたの?」呆れるリナはタバコの煙を吐く。


「私の名前はエドワード・シーモア。英国大使が父親だなんて言えないだろ?」


訳ありな彼の言葉にリナは肩を竦ませ目を細める。


「よく分からないけど、今言ったよ?」


フンと鼻を鳴らすリナにエドワードは思わず笑う。


「君は変わっているね。普通大使の息子と聞いたら目の色を変えるだろう?」


「期待に応えられなくてごめん。でも今日限りのことだから」


そう告げるとリナはジャケットを羽織りモーテルを出て行こうとするのをエドワードは止めた。


「そうとも限らない」そう言い再び口付けするとリナは笑みを浮かべモーテルを出て行った。


ポケットからアイフォンを取り出し電話を掛ける。


『…はい?』


レイの声が電話越しで聴こえるとリナは不思議と安心していた。


「…迎えに来て」


『何かあったのか?』心配そうな兄の声にリナはタバコを咥えながら答える。


「寒くて凍え死にそう」


『…わかった』


呆れた兄の声が聴こえると電話が切れた。もう何本目かのタバコを吸い終わった時、暖かさが全身を包んだ。


不思議に思ったリナが振り返るとそこには身だしなみを整えたエドワードが立っていた。その様子は先ほどと打って変わり紳士さを帯びている。


「生粋のイギリス人だから、女性を外で1人にさせる気はない」


ジャケットを彼女の肩に掛けてやるエドワードの表情にリナは初めての感情を抱いた。





レザージャケットを羽織りながらレイは建物を出て行こうとしたが、それをら拒んだのは翼だった。


「妹が待ってんだ」


手を振り払うレイに翼は傷ついたように目を逸らした。


「ごめん…」


「謝んなって」イラつくレイの声に翼はびくりと身を震わすとレイはバツが悪そうに頭をかく。


「用が済んだら相手してやるから」


翼の髪の毛を優しく撫でるレイは笑って答えると今度は翼も笑顔になる。


「待ってる」






人には様々な一面がある。


それはこの世界を生き延びるための術であるからだ。


だがその一面を人は知りたがる。何のために?


そう疑問は付き物だ。人生において。




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