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僕たちの未来はきっと。

「みんな運命って信じる?」と、しばらくしてから和華ちゃんが言った。

「運命?」と、僕は彼女の言葉を繰り返した。


「…こんなことを言うとな、変に思われるかもしれへんけどな、わたしな、ときどき運命について考えたりすんねん」

 和華ちゃんはそう言うと、何かを誤魔化すように口元で少し笑った。みんな和華ちゃんの言葉の続きを待つように黙っていた。


「だってな、わたしがどんなに自分の人生を自分で決めてきたつもりでおってもな、そこで出会うひととか、生まれる場所とか、能力とか、そういうのって自分で選ぶことってできひんやん。たとえばわたしは大学に入ってからこうしてみんなに出会って仲良くしとるわけやけど、みんなに出会うことはわたしの意志ではきめられへんやん。…だからうちらは出会うべくして出会って、今こうやって一緒におるんかなって思ったりすんねん」


「なんかそういうのって素敵やね」

と、佳代ちゃんが感心したというよりは興奮した感じで言った。

太陽は、「なるほどなぁ」と、考え深い表情を浮かべた。


 池ちゃんは和華ちゃんの言葉に何か考え込むような表情を浮かべてしばらくの間黙っていたけれど、

「でももしそうやったとしたら、俺等が今後どうなっていくかっていうのも全部決まってるっていうことになるよな」

 と、ぼんやりとした口調で言った。


 和華ちゃんは池ちゃんの問について少しの間考えていたけれど、「そうかもしれへんな」と、やがて静かな声で頷いた。


「でもそれってちょっと怖いよな」と、太陽が横から感想を述べた。

「だってな、いま俺は建築家に成りたいと思ってるわけやけどな、もしそういう運命みたいなものがあったとするやん。それでな、自分が絶対に建築家に成れへんってわかってたら、全然やる気が起こらへんもん。ていうか、そんなのあって欲しくないな」


「…だからそのために、運命っていうのは誰にもわからないようになってるんちゃう?運命みたいなものは確かにあるんやけど、でもそれは誰にもわからないようになってるみいな感じやねん。きっと」

 太陽の言葉に、珍しく佳代ちゃんが論理めいたことを口にした。太陽は佳代ちゃんの言葉にうーんと、唸った。


「でも確かに運命みたいなものはあるのかもしれないよね」と、僕は言った。「ひとえに運命といっても、いくつかの分岐点みたいなものはあると思うけど、でも最初からある程度自分が選び取れる未来って決まってるような気がする」


「…まあ、確かにそうかもしれへんよな」と、池ちゃんが弱い声で僕の言葉に同意した。「だって俺がどう頑張ってもアメリカの大統領にはなれへんもんな」


 僕は池ちゃんがアメリカの大統領になっているところを想像してみたけれど、それは上手くいかなかった。というよりも、途中で笑えてきて駄目だった。


 でも、その例えはともかくとしても、やっぱり最初からある程度未来は決まっているものなのかもしれないな、と思った。そして、もしそうだとすれば、これから僕の未来はどうなるのだろう、と少し不安な気持ちになった。


 ふと橋の向こう側に視線を向けてみると、そこは夜の闇に包まれて何も見えなかった。遠くの方に、ガソリンスタンドの看板が光っているのが見えるだけだった。闇のなかで、その光はひどく頼りないものに見えた。まるでそれは行き止まりを告げるサインのようにも思えた。


「…でもまあ、そんなこと言ってたってはじまらへんで。運命があるにしても、ないにしても、俺等は自分なりにベストを尽くしていくことしかできひんねんから」

 と、太陽がしばらくしてから静かな口調で言った。


「太陽もたまにはいいこと言うよな」と、横で佳代ちゃんがひやかすと、太陽は笑いながら、「いつもやがな」と、おどけた調子で答えていた。


 僕はそんなふたりのやりとりを遠くに聞きながら、確かにその通りかもしれないな、と思っていた。いずれにしても、僕は僕にやれるだけのことをやるしかないのだ。たとえ結果として自分の目標にたどり着くことができなかったとしても、そのために必至に努力すれば、そこから新しく何か見えてくるものあるはずだ、と思った。


 あるいはそれはあまりにも楽観的過ぎる考えなのかもしれなかったけれど、でも今はそう信じていたい気持ちがあったし、妙に悲観的な気持ちになったりするよりは、ずっと健康的で良い考えだと思った。


 ふと川の方へ視線を向けてみると、川の水面は橋の光を映して優しく煌めいていた。夜の色素が溶け込んだ暗い水面に、橋の光がやわらかく滲むように広がっていた。月の光をそのまま水に溶かしたような、白っぽい、冷たい光だった。


 弱い風が耳元を吹きすぎていった。その風に耳を澄ませてみると、意識のどこか奥底から何か懐かしい声が聞こえてくるような気がした。僕はそんな声に耳を傾けながら、大学生の頃にみんなと過ごした多くの時間や、昔好きだった女の子のことを思い出したりした。




 



 バーベキュウの片付けをすませたあと、どうしようかという話になって、結局みんなで「てんとうむし」にもでも行こうという話になった。「てんとうむし」というのはカラオケとビリヤードと卓球とマンガ喫茶がひとつになった店のことで、僕たちは学生の頃、何かイベントがある度にそこで遊んだものだった。


 さすがに金曜の夜ということもあって、店はそれなりに混雑していたけれど、でもだからといって全く遊べないという程ではなかった。


 取り敢えずという感じでビリヤードをして遊んだ。僕は全くビリヤードはだめだったから、一度も勝てなかった。池ちゃんと太陽がムキになって張り合っていたけれど、最終的には池ちゃんが勝利を収めていた。そのあとは卓球をして遊んだ。そこでは和華ちゃんが一位になっていた。僕は卓球でも一度も勝つことができなかった。僕はさっきから負けてばかりいた。卓球にも飽きると、みんなでカラオケをした。


 最近流行の曲を聴かなくなっていたから、僕はあまり歌える曲がなかった。唯一新しい曲で知っていたのは、くるりのバラの花だったけれど、でもそれもあまり上手く歌えたとはいえなかった。というか、かなりボロボロだった。というわけで、僕は比較的歌い慣れているイエローモンキーの歌ばかり歌った。歌いながら、イエローモンキーはまた活動を再開しないのかな、とぼんやりと思ったりした。


 カラオケに餓えていたのか、太陽と池ちゃんは張り切って色んな歌を歌いまくっていた。太陽はちょっと無理して矢井田瞳の歌にまで手を伸ばしていた。男の声なのでいくらか違和感はあったけれど、でもそれはそれで悪くない感じだった。池ちゃんはミスターチルドレンの歌ばかり歌っていた。和華ちゃんと佳代ちゃんはエブリリトルシングやジュディアンドマリー等の、可愛らしい感じの曲を歌っていた。


 そのうち、僕は歌いたいと思う曲がひとつもなくなってしまった。だから僕はカラオケルームをそっと抜けると、ふらふらとマンガ喫茶の方へ歩いていった。


 マンガ喫茶には誰もいなかった。久しぶりに歌ったせいか、喉がひどく痛んでいた。途中でドリンクバーでオレンジジュースをグラスに汲んだ。それから、目についたドラえもんの本を一冊手に取り、それとオレンジジュースを持って窓際の席を選んで座った。


 マンガ喫茶には音楽は何もかかっていなかった。ビリヤード場で玉を突く音と、カラオケルームからときおり歌声が漏れてくるだけだった。何気なく窓の外に視線を向けると、もういつの間にか夜は明けかかっていた。空は綺麗な青白色に染まっていた。耳澄ますと、気の早い小鳥たちさわやかな声で鳴いているのが聞こえた。とても静かな朝だった。


 僕は適当にページを開いて読んだ。それはドラえもんが未来に帰っていく話だった。のび太はドラえもんが未来に帰っていくと知って、ドラえもんが安心して未来に帰れるように、自分は強くならなければならないと決意する。そしてのび太はシャイアンと対決するのだけれど、ジャイアンにボコボコに打ちのめされながら、それでも諦めずに、何度も何度も立ち上がっていく。


 そして最終的にはジャイアンが負けを認めて、晴れてドラえもんは安心して未来に帰ることができる…そういう話だった。読み終わったあと、とても穏やかで清々しい気持ちになることができた。よくかわらないけれど、頑張っていこうという気持ちになれた。


「何読んでるの?」と、ふいに近くで声が聞こえた。顔を上げてみると、目の前の席に和華ちゃんが座っていた。いつからそこに座っていたのか、ドラえもんに夢中になっていたせいで、全然気がつかなかったのだ。


「ドラえもんだよ」と、僕は答えた。「ドラえもんが未来に帰っていく話し」

 僕がそう言うと、和華ちゃんはいくらか懐かしそうに頬を輝かせた。

 そして、

「わたしもその話し好きやで」と、言った。「すごい感動するよな」

 僕は和華ちゃんの言葉に頷いた。

「もうカラオケはいいの?」と、僕が尋ねると、和華ちゃんは大きく欠伸をして、「眠くなってきた」と、少し笑いながら言った。僕もつられるようにして少し笑った。言われてみると、すごく眠たい気がした。


「東京には今日帰るの?」と、和華ちゃんが尋ねてきた。

 僕は、うん、と頷いてから、「太陽の家で少し寝かせてもらってから、夜行バスで帰るよ」と、僕は答えた。


 すると、和華ちゃんは少しの間黙っていて、それから、「…また寂しくなるな」と、ちょっと弱い声で言った。僕は、そうだね、と頷いてから、曖昧に微笑んだ。


「また東京にも遊びに来てよ」と、僕は言った。和華ちゃんは僕の言葉に頷くと、「そうやね。今度連休取れたらいくわ」と、言った。


 わずかな沈黙があった。その沈黙に混ざって、太陽の歌声が聞こえてきた。キーが高いところを無理して歌っているのか、その声は完全に裏返ってしまっていた。それが可笑しくて僕はちょっと笑った。和華ちゃんもカラオケルームの方へ視線を向けると、可笑しそうに口元を綻ばせた。


「どう?仕事は順調?」と、僕は何を話したらいいのかわかなくてそう尋ねてみた。すると、和華ちゃんは少し迷ってから、「まあまあやな」と、口元で曖昧に微笑しながら答えた。

「でも今結構楽しくなってきとる。庭のデザインとか任されてんねん」

「へー。すごい」

「やろ?」と、言って和華ちゃんは軽く笑うと、「でもそのぶん、それなりに大変やけどな」と、続けて、ちょっと疲れた感じの笑みを口元の隅に浮かべた。


「吉田くんはどうなん?書けてんの?小説は?」

「うん、こっちもまあまあだよ」と、僕は答えた。

「頑張って小説家になってな」と、和華ちゃんはからかうように言った。僕は何て答えたらいいのかわからなくて、曖昧に頷いて誤魔化した。

 朝日の光が店のなかに優しく差し込んできていた。





 店をでると、もうすっかり朝になっていた。遠くの山の稜線に太陽の紅い光が滲むように広がっていた。その光が目に眩しかった。というよりも、世界全体が目に眩しく感じられた。思えば、こうやってみんなで朝日を眺めるのはずいぶん久しぶりのような気がした。


「それじゃ、また遊ぼうね」と、和華ちゃんが言った。

「次に会えんの、いつになるかわからんけどな」と、太陽が苦笑めいた微笑を口元に浮かべながら言った。

「次に会えるのはお正月くらいやろうな」と、佳代ちゃんが残念そうに言った。

「吉田はどうすん?お正月こっちに戻ってくんの?」と、池ちゃんがこちらを振り返りながら尋ねた。

 僕はそれについて考えてみたけれど、それはお金との相談で、今のところ何ともいえなかった。


 和華ちゃんと佳代ちゃんの二人とは店の前で別れた。二人は来たときと同じように車で帰っていた。まだそのときになっても、和華ちゃんが自分の車を持っているという現実を、僕はいまひとつ飲み込めないでいた。


 それから僕たちは男三人で騒ぎながら帰った。帰りの車のなかではずいぶんくだらないことをたくさん喋った。何しろ眠くてお互いに何を喋っているのかよくわからない状態だった。みんなテンションだけで喋っていた。でも、そんな感じが心地よくもあったし、楽しくもあった。すごく懐かしい感じがした。


 帰りの車のなかで僕は色々なことを想った。昨日から今日にかけてみんなと過ごした時間や、和華ちゃんが結婚するということや、これから将来のことや、小説のこと…なかでも一番気になったのは、明後日のバイトのことだった。何しろ朝六からバイトなのだ。ちゃんと起きれるかどうか、それが一番心配だった。



 いずれにしても、まだ日は昇ったばかりだった。僕はきつく目を閉じ、それからゆっくりと閉じていた瞼を開いてみた。するとそこには、目映いばかりの世界が広がっていた。 



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