【 Where is you ! 】
「彼女を救う事はきっと出来ないだろう」
少年は本のページを誰かに読み聞かせるかのように読み上げる。
「それは神であってもだ」
「これは運命なのだ」
「彼女は一生を残酷な運命の中で過ごさなければならない」
「あぁ、何て不幸な君」
「でも、君は幸せを知らないから不幸も知らないんだね」
「僕はそんな君を見ていることしか出来なくて」
「ごめんよ、ごめんよ、愛しの君」
「僕は君を救えない」
少年は本を閉じ、その力の無い眸で自身の上に広がった空を見上げる。
「イカロスはその羽根を広げ上へ、上へと羽ばたき、太陽を掴もうと手を伸ばす」
「しかし、太陽はイカロスを受け入れる事はなく」
「その羽根を燃やし尽くされ、下の地に墜ちていく」
少年は足場なき足場から足を自ら踏外し、空から地へと消えていった。
「バッカじゃねぇの?」
少女は言葉とは裏腹にとても愉快そうな笑みを浮かべながら少年にポットに入った熱い紅茶を振りかける。
脳天から。
ボチャボチャと遠慮なく少年の体を紅い茶が濡らしていくが、少年は顔色ひとつ変えずにその拷問とも言える行為を受けていた。
否、彼にとっては拷問でも何でも無いのだ。
「......ほら、こうやって頭から熱湯被っても死ぬどころか肌が爛れもしねぇ。そんなお前が何で手の小指なんて折るんだ?」
彼女はそう言って少年の小指を雑に握って彼の顔の前につき出す。
「お前は相変わらず話し方と見た目が合ってないな、見て聞いていて不愉快だ。」
紅茶がしたり落ちる顔を放置しながら少年は生気のない目で少女を見て言った。
「とても醜いぞ。」
「あっそ、このクソチビが。」
「身長が無くても自分は困ることが無くてね」
特に興味も無さげに、少年は少女の手を払い、本を読むのを再開する。
少女もからかうのに飽きたのか溜め息一つを溢すと、少年の本を取り上げて言った。
「お前が怪我をするなんて有り得ない。お前自身がそれを望まない限りはな。」
少女の影を帯びた表情を見て、少年はそっと傍の彼女の華奢な体を引き寄せ、額にキスを落とす。
「また馬鹿な遊びをしたんだな、ピーター」
「そうだ、また自分は所詮遊びでしかない自分殺しをしたんだ、サントリナ。」
「この間、約束し直しただろ。」
「それを、僕は破り直しただけだ。」
「...そうだな、それがお前って奴だ」
少女は少年から離れ、静かに言った。
「ウェンディを見つけた。」
少女の背中の、羽毛が無くなった黒い羽根と尾を見送ると、少年は濡れた髪を後ろで一つに纏めて結い、本を閉じた。