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召喚されてみたものの  作者: 紫堂 涼
過去の影
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第6話 過去

≪其方は……我が半身を厭うのか……?≫

 困惑も露に問いかけたバルドルの問いが、今でも頭を離れない。厭うほどにバルドルの半身の事など知らない。けれど……泉越しに出会った男。一度擦れ違った時に、陛下と呼ばれていた男。あの存在が、竜王と呼ばれるものなのだと、とうに理解していた。

 苦しそうな表情を見ると、大丈夫だよと頬を撫で、抱き締めたいと自然に思った。耳に響く声は……低く、心地良く。傍でいつまでも聞いていたいほどだった。


(だけど……厄介ごとは、お断りしたいのよね~)

 唯一無二の存在?竜王陛下?誰もが膝を折る?それだけでも面倒そうだが───翠が一番厄介に感じているのは、己の心だった。

 危険な空気を感じるのだ。全身で自分に好意を向けてくるバルドル。騙まし討ちのように真名を交わし、婚姻の契約をしてきたバルドル。そのバルドルの半身………。

(捕まったら、逃がしてもらえない)

 ぞくぞくと背筋を寒気が走る。最早これは生存本能に近いものだった。さらにそれはもう一つの事柄も理解していた。

「そして……捕まったら、私自身───逃げ出せない……」




 最初に抵抗なく受け入れることのできたのは、コウ達だった。見知らぬはずの存在なのに、ただ可愛らしい、愛しいと心から思えた。そして、バルドルと出逢い───相手は恐ろしいほど大きな竜だというのに……恐れではないもので心の奥底が震えた。

 頭ではなく、心で。この存在が自分にとって、とても大切なものだと全身で感じた。


 ───だけど、それを素直に受け入れられたのは………彼らが人では無かったからかもしれない。


 今まで、翠が心を傾けた人達は皆、翠の手をすり抜けていった。

 優しかった父母は幼い頃に亡くなり、泣きじゃくり、暴れる翠をそっと抱き締めてくれた祖母も、高校の卒業を待たず失った。

 あまり会話の無かったとはいえ、最後の肉親であった祖父も───翠の成人を待たず、この世を去った。

 一番心を許せる家族を次々と失い、失う事に慣れてしまった。

 孤独な生活は、一人で笑う事もなく……普段表情を動かさないせいか、たまに浮かべた笑顔さえ、どこかぎこちなくなってしまった。


 そんな翠の手を取ってくれた人がいた。上手く笑顔を返せない翠を受け入れてくれ、寂しさを埋めるように傍に寄り添おうとしてくれた。

 拒絶を繰り返す翠に呆れる事無く傍にいてくれるその人に、少しずつ、少しずつ。頑なだった翠の心が解きほぐされていこうとした時、前に付き合っていた彼女という人物が二人の間に立ちはだかった。

 最初は、困ったような顔をしていた彼の心が、泣きじゃくる少女の姿を前にゆっくりと離れて行くのを、翠はただ見ている事しかできなかったから。

 手を伸ばして、捕まえて、その先は───?

 自分はまた、手にした大切な人を失ってしまうのかもしれない。自分が相手を好きであればあるほど早く、その存在は翠の前から消えていった。だから、離れようとするその手を掴むことに怯えてしまった。

 離れようとするその手を掴み、引き戻してしまえば父母のように、その存在ごと失ってしまうかもしれないから───


 こちらの世界の存在するべきだったから、元の世界では深い絆を繋ぐことができなかった───だから、今は繋ぐことができるのだとバルドルに言外に告げられようとも、そうですかとすぐに受け入れられるわけがない。

 自分が大切に思えば思うほど、その人たちは自分から離れていった。その思いは翠の中から容易く拭う事などできはしない。

 だけど、それがヒトでなければ───?


 独りは、寂しい。独りは、辛い。言葉にしてみれば至極単純なそれは、底知れない不安を翠に(もたら)していた。これ以上、失いたくない。ならば、失うことの無い存在が欲しい。そんな、ありえない存在が、どうぞとばかりに目の前に差し出された。

 欲張って何もかもを手にしてしまっても、自分の小さな腕では抱えきれない。ならば、ほんの僅かな存在を大切に、大切に、全身で愛そう。


 コウとバルドルとの出逢いを果たし、翠はもう十分すぎると思っていた。


(だから───面倒なことになる前に、逃げる)


 竜王。バルドルとその魂を分け合う存在。けれど翠にとってはジークハルトは人間にしか見えない。ヒトであれば………失ってしまうかもしれない。だから、大切だと自分が思ってしまう前に、その前から姿を消してしまおう。

 バルドルと同じ魂を持つのなら、きっと私は一瞬で惹かれてしまう───。

 そうなったら、失う恐怖を何時までも抱え、傍にいることになる。臆病な自分を嫌というほど自覚している翠は、そんな厄介な己の心を抱えることなど出来はしないと、きちんと出会ったこともない存在を求める自分の心に鍵をかける。

 今でも鮮明に思い出せるジークハルトの顔を振り払いながら、翠はしだいに遠ざかる城門に別れを告げた。



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