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幕間 半身 Sideジーク

「……っ!!」

「どうなされました、陛下」

 いつものように、淡々と政務をこなしていたはずのジークハルトが何の前触れも無く息を呑む。滅多に感情を露にすることのない竜王の、いつにない行為に傍らに控える青年が問いかける。

「……召喚は、成功したと言ったな。セルジオ」

 低く唸る様な声で問うジークハルトに、セルジオもまた沈痛な面持ちで頷く。

「はい、確かに。召喚の証として陣が確かに輝きました。ですが……結果は」

 己の力不足を嘆くように、セルジオが秀麗な眉を顰め、視線を落とす。

「成功したようだ」

「……陛下、何と?」

「成功したと言ったのだ」

 発言とは裏腹に、瞳を刺々しく光らせ、ジークハルトは困惑するセルジオを見据える。

「ですが、あの泉からは誰も現れなかったではないですか!」

 普段の冷静さをかなぐり捨て、叫ぶように返すセルジオに、ジークハルトはただ頷く。

「今、我が半身と竜珠の姫が契約を成した」

「…………」

 主の信じ難い発言に、セルジオが己の動揺を振り払うように緩く頭を振る。幾度か深い呼吸を繰り返し、現状を把握しようと思考を巡らせる。

「どうやって竜珠の姫は……竜の御許に辿り着けたのでしょうか……」


 今代の姫は今までとは違っていた。

 本来であれば、竜珠は竜王の傍近くに生まれ()ずるはずの存在だった。そして導かれるように物心つく頃には竜王と出会い、その心の安寧を保つ。それを違えたことなど過去の文献にも記されてはいない。

 だが、ジークハルトは竜珠を持たぬ唯一人の竜王であった。

 どれほど竜の背に乗り世界を駆けようとも、傍にあれば必ず気付くはずの竜珠の気配を辿れなかったのだ。この世界に己の唯一の存在が無いと知った瞬間の絶望は、未だに胸の中を巣食っている。

 竜もまた、時間の経過と共に自我を暴走させ、本能のままに暴れ始めたのだった。……竜珠に名を与えてもらわねばその心は(まった)き形を成し得ず、獣の性のままに生きる。

 半身たる竜王でさえその制御は完全とは成らず……世に並ぶ力を持つものなどない竜の狂気は懸念を産み、抑えが効くうちにと消滅を願う声さえ上がった。


 己の半身を自身で葬るなど、自殺にも等しい。ただでさえ竜珠を持たぬままでは不完全だというのに、さらに残った魂を()ぎ取るなど、有り得ない行為だった。だがこのままでは竜王でさえ竜を抑えきれなくなりそうだった。日に日に竜の瞳からは知性の光が失せ、細めた瞳孔には爛々とした殺意と破壊衝動、さらには飢餓感まで浮かべ始め───このままでは、世に甚大な被害を及ぼす事は誰もが理解していた。

 だが、この世の唯一の王。代わりなど存在し得ぬ竜を殺す決断など、誰も出来なかったのだ。竜を欠いた竜王など居ない。分かたれる事のないその魂は二つで一つ。一方が生を終えるとき、もう一方もまたその後を追うように衰弱して行くのだ。

 いっそのこと、新たな竜王でも生まれるのであれば、ジークハルトは己を屠る行為だと知りながらも、その剣を振るうつもりであった。だが一向にそのような報は届けられず、ただじりじりと竜が狂気で狂う様を見ているしかできなかったのだ。


 此度の召喚が、最初で最後の機会。月の神と陽の神が一直線に並ぶその日、生涯に一度だけ己の欲するものを呼び寄せる(すべ)。城の書物を全て漁り、夢幻(ゆめまぼろし)の如き伝承にさえ縋った。

 それが失敗に終えた時、ジークハルトは意を決した。

 竜王が不在の世界がどのように歪むのかは何者も知り得ない。だが目の前の災厄を放ってしまえば世界がどうなるのかは火を見るよりあきらかだった。己の民と臣下を信じ、ジークハルトは半身を手に掛ける事を決意し、この数日少しでも被害を小さく収めようと不眠不休で執務に励んでいたのだ。

(なのに、何故……)

 竜珠を得、半身の魂が歪められなかった事への安堵はある。半身を屠らなくてすむことへの感謝も抱いた。だが、それと同じくらいの強さで息が出来ぬほどに苦しい。

「我が許には現れず……半身の許へと出向いたようだ。───光の導きによって」

「竜珠の姫の傍近くに()るという、光珠(こうじゅ)です、か……。ですが、光珠は竜に名を与えねば、意思の疎通は図れないはずでは……」


 本来であれば、竜珠はまず竜王と出逢い、魂を触れ合わせ互いを認識する。そうして後、竜と出逢い名を与えるのが常であった。ましてや此度は(かい)を渡っての召喚だ。この世界の事など何一つ知りえぬ竜珠は、ジークハルトの許に召喚()ばれながらも目の前に現れようとはしなかったのだ。

 痛むほどに噛み締めた奥歯の軋む音しかジークハルトには聞こえない。目の前で思考の海に沈むセルジオの呟きなど耳を通ることさえしなかった。胸を焼き尽くすのは激情。半身から伝わる歓喜を感じれば感じるほどに込み上げる妬心。彼女の姿どころか、その名さえ竜を通じてようやく知りえたという現実が、ジークハルトを苛む。

(何故だ……何故我を拒む、翠………)



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