第33話 爆弾発言
「何か、楽しい事でもおありでしたか?」
含み笑うような声が翠の背中に落ちる。
「ガイさん!」
翠の百面相を見ていたのだろう。楽しそうな光を瞳に浮かべるガイに、気恥ずかしい思いをしながら、翠はゆっくりと頭を下げる。
「急がしいのに、ごめんなさい。急用があって……陛下にお目通りをと思ったんですが……」
「私などに頭を下げる事は必要ありませんよ、スイ様」
翠を促し顔を上げさせると、ガイは思案するように眉根を寄せる。
「はい、伺って居ります。そうですね……しばらく客室でお待ち願えますか?」
「突然来てしまった私が悪いんです。陛下の都合が良い時間まで待ちます。……急がなくて、良いですよ?」
話しながら、自分が来たからと慎重を期する内容までも大急ぎで終わらせようとはしないよね……?と僅かに不安に思った翠がそう告げると、ガイには珍しくにやりと口角を上げる。
「大丈夫です、セルジオには伝えてありますが陛下はまだご存知ありません。丁度良い頃合にセルジオから伝えられるでしょう……」
その表情に、セルジオだけで無くガイもなかなかに良い性格をしている……などと思いながら、翠は安心したように瞳を和ませる。
「では、こちらへ……」
客室へと誘うガイと長い回廊を進んでいると、隣から問いかけるような視線を感じ、翠はガイを見詰め瞳を瞬かせる。
「いえ、スイ様の方からこちらへいらっしゃるのが珍しくて……何か、ありましたか?」
最後の部分は嘘を許さないとばかりに強められる。その瞳がいつもの心配そうに翠を見ていたものと同じで、気を張る事無く翠は告げる。
「細かい事は、陛下やセルジオさんと一緒の時にお伝えするつもりですが……」
否定しない翠の言葉に、ガイの瞳が強さを増す。何一つ見逃さないように細められるガイの姿に、普段のガイが透けて見える。きっと優秀なのだろう。幼い頃からジークハルトと共に有るという事はそれだけの信頼を得ている証拠だ。
「ちょっと、変な人に付け回されまして」
あっけらかんと告げられた翠の言葉に、ガイが一瞬硬直する。
「スイ……さま?」
一瞬呼び捨てしかけた辺りにガイの動揺が現れている。ぎこちなく翠の名を呼ぶガイに何でも無い事のように翠が頷く。
「どうしてそんなに普通なんですか!!」
「え?普通じゃないですよ。だから何事か起きる前にとこうして来たわけですし……」
おかしな事など言ってないとばかりに平然と返す翠に、ガイが額を押さえる。
「いえ、普通と言うなら……もう少し怯えるとか、慌てるとか……」
「十分に慌ててます」
けろりと答える翠の姿は傍からすれば通常通りか、先程門前で迎えを待っている間など機嫌良さそうにさえ見えたほどだ。
「慌ててたから、昨日の今日なのに、ここに来た訳ですし……」
「なるほど……昨日の帰り道、でしょうか」
すう、と目を細めガイは思案する。確かに翠は昨日城に来たばかりだ。そして今日ここに居るという事は……外を出歩くとしたら昨日の帰り道しか無いだろう。
竜珠という存在を消す事で失うものは多くあれど、得るものは無い。そう認識されていたからこそ、今までは光珠に任せ、翠に強制的に護衛を付ける必要性を感じなかったが……過去がどうあれ、未来もそうであるとは限らない。
自身の認識の甘さを感じ、ガイは翠に申し訳無く思いながらも……告げるべき事を口に乗せる。
どう結論が出るにしろ、こればかりは譲れないとばかりにガイは僅かな迷いも見せず告げる。
「スイ様。恐らく───今後は窮屈な思いをして頂く事になるでしょう」