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第26話 飾らぬ言葉

 笑う翠の姿に毒気を抜かれたのか、機嫌を損ねていたはずのジークハルトが大きく息を吐くと、深く椅子に腰掛ける。

 その姿に思うものがあったのか、セルジオが不意に立ち上がり、ガイを促し部屋の外へと向かう。

「陛下、少しはお二人で話さねばならぬ事もありましょう。扉の外にはガイを置いておきますので、ごゆっくりどうぞ」

 既に食事も終盤で、卓上には見事な茶器が二人分並べられる。

 小振りで、中国茶で使うものと似ているが、その材質や図案は西洋風という可愛らしいものだった。傍らに置かれた皿の上には干した果実を酒で軽く煮たものが添えられていた。


 給仕をしていた者達も、セルジオに促され扉の外へと去ってゆくのだが、今までと違い気詰まりな思いはあまりしなかった。一度見る目を変えてしまえば、不遜なその態度も可愛げがあるように見えるから不思議だ。

 さらに、セルジオがその言葉を発した瞬間、翠は見てしまったのだ。微妙に沈んでいた瞳が、一気に輝いたのを。

 今までならその物言いや、不機嫌そうな表情にばかり目がいってしまっただろうが、どうやらジークハルトは結構解りやすいようだ。


「…………」

 翠がジークハルトを観察している間、互いの間に言葉は無かったが翠は落ち着いて茶碗を傾け喉を潤す。

「こうして、ゆっくりお話するのは初めてですね」

 香り高い茶が喉を滑り落ちると、翠はゆっくりと口を開く。

「……そうだな」

 返事を返す前に、一瞬間が開く。

 こうして翠が穏やかに話しかけてくるとは思わなかったのだろう。その様子に少しばかりは己の失言を自覚しているのだと知れる。まあ、先程の一件からして、まだまだその自覚は浅いものではあろうが。

「貴女は……私と二人きりは嫌なのではないか……?」

 今日のジークハルトはやはり妙だ。やたらと静かだったり、突然気落ちしたり。

 何度か見たように、不遜な姿であれば平気なのだが、こんな姿を見せられてしまうと何とも言えない気持ちになる。

「嫌……では、ないです」

 翠の一言に勢い良く顔を上げたものの、ジークハルトの目はすぐに逸らされる。

「ジーク、何かあったんですか?」

 とうとう黙っていられなくなり、翠は直球で問い掛けてみる。


 碗が完全に冷え切るかと思った頃、黙り込んでいたジークハルトがゆっくりと唇を開く。

「私は……セルジオに言われるまで、貴女の気持ちなど考えもしなかった。竜珠たる貴女は私の為の存在で、傍にいるものだと当然のように思い込んでいた。───貴女がこの城から逃げ出した時には、怒りさえ感じた。何故かなど……考えようともしなかった」

 目元を大きな掌で覆い、俯き加減に告げるジークハルトの声は低く掠れていた。

「そんな私よりも、貴女の気持ちを酌む事の出来る者達の方が親しくて当然だ。そう、当然なのだ。なのに───私よりも貴女の傍にいる存在を許せない」

 傲慢にそう告げながらも、その声は自嘲するようであった。


「私も……会う事さえせず、逃げ出して……ごめんなさい」

 内心を吐露するジークハルトに、翠も距離を感じさせないよう、普通の口調で語る。

「怖かった。……親しい人を作る事が。貴方だからじゃない。バルドルに感じたように、人というものに対して心を開く事が。───だから、逃げた」

 顔を歪め、呟くように告げる翠の姿に、ジークハルトの顔も歪む。

「本当に駄目だな、私は。───そんな事、思いもしなかった。それなのに、貴女がそれを怖がっていようとも、その心を無理矢理にでも抉じ開けたい私が居る」

 そこで目元を覆っていた手を外すと、ジークハルトは真摯な声で翠に請う。

「私は、貴女が他の者と言葉を交わすだけで妬心を抱くような狭量(きょうりょう)な男だ。余裕など欠片も持たぬ。なれど───少しでいい、私を受け入れてはくれないか」


 飾らないその言葉に、翠が柔らかに笑む。この世界に来てから下手ながらに笑っていたおかげで、それは次第にぎこちなさが抜けていた。

「もう、逃げないと決めたんです。───セルジオさんに言われたからだけでは無く、貴方と向き会おうと思って、今私はここにいる」

 その言葉に希望を見たのか、ジークハルトの顔から強張りが抜ける。けれど───

「だから……ジーク、貴方にも私を見て欲しい。竜珠という存在ではなく、私自身を見て欲しい。それからでないと───私は、貴方の言葉を受け入れるどころか、受け止める事さえ出来はしない」




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