第25話 印象
「ところで、先ほど気になったのですが……コウとは、何方の事でしょう」
執務中に無駄な時間を省くため、いつも共に食事をしているのだと告げるセルジオに促されるまま、皆で卓を囲む。
和やかな食事の中、セルジオのその問いに翠は一瞬首を捻る。
「コウは……この子の事ですが」
ふわり、と翠が手を差し出すとその掌の上で楽しそうに光珠が弾む。不思議そうにその手を見る面々に、漸く意味を悟る。バルドルの瞳には光珠が見えていた事で失念しかけていたが、そもそもこの存在は他者の目には映らないのだった。
「光珠……と皆さんが仰っている存在です」
納得したように頷くセルジオと異なり、ジークハルトが妙に悄然としていた。
「どうしました?ジーク……陛下」
やはり一応敬称も付けた方が良いだろうかと、翠が呼びかけるとさらに肩を落とす。先ほどから何か静かだと思ってはいたが……やけに沈んでいる。
「陛下?」
黙りこむジークハルトに戸惑いながら声を掛けるが、さらに落ち込む。どうしたら良いのだろうかと困ったように翠が視線を巡らせると、セルジオが質の悪い笑みを浮かべていた。
「スイ様、この方は拗ねてるんですよ」
「え?何でですか」
談笑しながら食事をしていただけで、何か拗ねてしまうような事などあっただろうか……
翠が首を傾げていると、ジークハルトがセルジオを睨みつける。
「余計な事を言うなセルジオ」
「ほう……そうですか、なら口を噤みましょう」
そう答えるセルジオが微妙に輝いた笑みを浮かべている事から、ジークハルトのその反応は頂けないものだったようだ。
けれど、状況の解らない翠へ唯一答えを知ってそうなセルジオが黙り込んでしまうと、お手上げだった。ガイの方を見ても、小さく首を振るだけだった。
こうなっては本人に問いかけるしか無い。
「陛下、どうしたんですか?」
再度翠が問いかけると、ジークハルトが苛立ったように今度は翠を睨みつける。
「貴女には関係が無い!」
そう怒鳴りつけたジークハルトの頭が小気味良い音を立てる。
「八つ当たりは見苦しいですよ」
その光景に翠の顔が引き攣る。いくら何でもこれは……と思うが、ガイが動じて無いのを見て、これもいつもの事なのを知る。
言葉遣いだけは丁寧だというのに、その扱いは主にするものでは無いような、と呆然としていると、セルジオがくるりと翠の方を向く。
「……こんな風に、この国は余り堅苦しくは無いのですよ。一応体面というものはあるので、人前では取り繕っても居りますが……王となる者はどのような身分からでも現れる。どちらかと言うと平民が多いくらいです。血筋を尊ぶという風潮は余りありません。貴族と言われる者でさえ、広い土地を有している一族がそう呼ばれるようになった程度のものですから」
まあ、その代その代の竜王に阿り、優遇されようとする者は居りますがね、と締めくくったセルジオに、ここでどうしてそんな説明をされるのかがわからず、翠がとりあえず頷いていると……
「ですから、気の置けない者ばかりの時くらい、気軽に呼んで差し上げて下さい」
「……ジーク?」
まさか、と翠がそれでも一応そう声を掛けてみると、機嫌の悪そうな顔はそのままだが、すぐに応えが返る。
「何だ」
気が抜けるほど、素直なジークハルトの反応に翠の顔が奇妙に歪む。
ここまできて漸く、少しばかりジークハルトの姿が見えてきた気がする。翠としては些細と思える言葉一つに反応するさまや、見た目とは違い、やけに幼い反応。きっとジークハルトに尻尾があれば、バルドルのようにばったばったと揺らしている事だろう。
「何だと言っている」
偉そうなその口調とは裏腹に、翠の表情を見逃すまいと真っ直ぐに向けられるその視線。
「…………っ!!」
堪えきれず、翠は口元を押さえてしまう。
(か、可愛い……)
自分より遥かに年上そうなのに、そうとしか思えない。何だろう、この生き物は。
「答えよ!」
苛立ったようなその声と同時に、再びセルジオがジークハルトの後頭部を叩く音が聞こえてしまえば、もう耐え切れない。
翠はもう堪える事が出来ず、口元を押さえたまま、久々に心の底から笑った。
……最初から、こんな扱いになる予定でした、ジークさん。
私の中でのサブタイトル「ジーク受難編」でしたから!!
セルジオが出張った時から片鱗は見えていたとは思いますが
……そのうち、へたれた耳と、しょぼんとしおれた尻尾が見えるといいな!