第24話 謝罪
「失礼します」
ガイを背に扉を潜り抜けると、ようやく室内に居たジークハルトの表情が判る。何故かその顔は強張っていて、怪訝そうにしながらも、翠は丁寧に挨拶をする。
「先日は碌に挨拶も出来ず、申し訳ございません。お忙しい中お時間を頂き有難うございます」
「いえ、こちらこそ。足を運ばせてしまい申し訳ありません。丁度これから昼餉の時間ですので、スイ様もご一緒に如何ですか?」
和やかにセルジオが返しながらも、部屋に一人控えていた者にその旨伝えると、年若い青年が出て行き、その場は見知った者ばかりとなる。
「さて……まずは、謝罪を致します、スイ様」
突然に居住まいを正したセルジオに、翠が息を呑む。
先日のような丁寧なだけのものではない、真摯なそれにどう返して良いのか戸惑う。そもそも、何に対しての謝罪なのか。ジークハルトの失言に関してはセルジオは先日既に謝罪をしているというのに───
「この世界に招きましたこと。突然の出来事にさぞかし大変な思いをされたであろう事、僅かとは言え心中お察し致します。……何もかも見知らぬ世界で、地に足を付け生活できるまで、色々と苦労もおありでしたでしょう」
「私───は、コウがずっと傍に居てくれました、し。こちらで、大切な人を得る事もできました……だから……そんなに謝らないで下さい」
「いいえ。世界が違うと言う事は、常識や風土、何もかも異なるでしょう。同じ世界でありながらも別の国というだけで、それは異なります。界を渡るという事は、何もかもを一から始めなければならなかったでしょう。───何度あの時をやり直しても私共の選択は変わらず、貴女様を呼び出すでしょう。あの時、もし成功したならば……元のようにとは口が裂けても言えません。ですが、少しでも何かの手助けを行う心積もりで居りました」
こうして言葉にされてしまうと、戻れないと知った瞬間の喪失感がじわりと込み上げてくる。大切な存在を得て、この世界で生きて行く覚悟をつけてはいても……郷愁の念はある。
馴染んだ世界とは違うここは、吹く風の色さえ違うようで。……そんな感覚を思い出してしまうと、俯き足を止めてしまいそうになる。
近しい存在は無くとも、慣れ親しんだ世界だ。両親や祖父母の墓もある。前を向こうと思い目を逸らしていた事を次々と思い出す。
「───頑張りましたね、スイ様」
この人は笑顔で全てを表すのだろうか。先日のものともまた違う……慈愛に満ちたその笑顔に、翠はとうとう俯いてしまう。
ただ、その場その場を必死でやり過ごしてきただけだ。自分からセルジオの好意を棒に振ったのだ。他人の力ばかり借りて、今ここに居るのだ。そう思いながらも───セルジオのその言葉に、泣き出してしまいそうになる。
潤む瞳を、奥歯を噛み締める事で留める。
「いいえ、……いいえ」
首を振り、それだけを繰り返す。
それでも、セルジオの表情は変わらない。気持ちを全て理解してもらうのは不可能でも、そうやって慮ってくれた事が。そしてそれ以上に、努力したのだと見てもらえた事が、嬉しい。
翠が落ち着くまで誰も口を開かず、時が過ぎてゆく。
「失礼します。昼餉の準備が出来ました」
扉の外から先ほどの青年の声が掛かった事で、意識を切り替える。
「では……遠慮なく、頂きます」
この誘いも、セルジオの気持ちの一つなのだろう。そう思えば素直に受け取る事ができた。
「ええ、是非」
にこやかに返すと、セルジオは皆を促す。この間、一言も口を開かなかったジークハルトの後に続き、皆その場所を後にした。
───先頭を歩いていたジークハルトの表情が、暗く沈んでいた事を知る事無く。