第22話 約束
「いらっしゃいませ」
「……ああ」
いつもの席に座るガイの姿に安堵しながら、注文を受ける。
毎日のように通ってきていたガイが、来なくなったら……という不安がすこしばかり残っていた翠が浮かべた笑みは、いつもよりぎこちなさが減り、柔らかさを帯びたものだった。
眩しそうにその笑みを見ていたガイが、いつものように頷き、その日のお勧めを頼む。
「今日は豆と魚介の煮込みです」
音を立てないように気を付けながら、熱々の皿をガイの卓に置く。トマトに近い、僅かな酸味を持った野菜で煮込まれた料理は、相変わらず食欲をそそる。
惜しいのが、翠の中ではこの野菜はトマトなので……色が黄色いのが頂けない。色彩に限ってみれば、これはパエリアだ。
複雑な表情をしている翠に気付いたのか、匙で魚介を掬っていたガイが問いかけるような目線を送ってくる。
「ここの食材って、味とかは似たものが多いんですが、色が妙にずれてるんですよ……」
もう既に翠がどういった存在なのか知っているガイだからこそ、言える言葉だ。ハンナもよく食材を手にして首を捻る翠の姿に不思議そうな顔をすることがあったが、さすがに理由を説明できなかったのだ。
「……そうか」
これが当然なガイにしてみれば解らない感覚らしい。
「ガイさん、それが……真っ赤だとどう思います?」
「…………なるほど」
先ほどの翠のような微妙な視線を料理に送るガイの姿に、翠は解ってもらえて嬉しいですと満足そうに頷く。
「スイ!次上がったよ!!」
「あ、ごめんなさいハンナさん!!」
ぺこりとお辞儀をして、翠は次の皿を配りに去ってゆく。その後姿を暫く見ていたガイは、こちらもまた安堵したように目を伏せる。
お互いに、変わらなかった関係に口元が弧を描いていたのを、本人達だけが知らない。
「そういえば、明後日が私お休みなんですが……」
客への配膳が落ち着き、翠はガイの元に戻ってきて問いかける。
セルジオと約束したから、城へと向かうつもりではあるが……さすがに正面から城へ入ることには気後れを感じる。
「入り口で、警備されている方に名乗ればいいんでしょうか?」
話を通しておくとは言われたが、さすがに入り口では呼び止められてしまうだろう。
翠が逡巡していると、説明不足だったことに気付いたガイが、申し訳なさそうに告げる。
「スイの特徴は既に伝わっているはずだ。名乗れば案内も付くようになっているはずだ」
その言葉に納得したように頷く翠に、ガイは暫く黙り込んだ後、提案する。
「その日は俺も城内の警備だ。時間を合わせてくれるなら俺が案内するが……」
「お願いします」
その言葉に即座に飛びついてしまう。
人と交流しようと決めたところで、やはりまだ苦手意識は残っている。ガイの手を煩わせる事には申し訳無く感じるが、やはりその申し出は有難かった。
「ならば、六つの鐘が鳴る頃でどうだろうか。その頃なら陛下も余裕があるはずだ。明日セルジオにも伝えておこう」
朝には鐘が三回、昼には鐘が六回、夕方には鐘が八回鳴る。正確な時計が存在しないこの世界では、太陽や月の動きか、この鐘の鳴る音を指針にしている者が多かった。六つの鐘ということは……ほぼ昼時。ジークの方も昼食を取る時間で余裕があるのだろう。
異論のない翠は、ガイと城門での待ち合わせを約束する。
───あの時は、姿を消して通り抜けた門を、こうして城の人と共に潜る日が来るなんて思いもしなかった。それも、こんなに落ち着いた気持ちで通るなんて。
翠は食事を終えたガイを送り出しながら、この世界に来た時とは変化した気持ちを穏やかに受け止めた。
以前のピンク色の塩も、黄色いトマトもありますが、一般的ではないのでこういった反応ということで(・ω・)
……あまりに色彩違いすぎても食べる気にならないのでこの程度の差異でお許しくださいぃいいい