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召喚されてみたものの  作者: 紫堂 涼
心の距離
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第21話 幼き心



「何か、嵐のようだったわね……」

 セルジオに急き立てられるように去っていったジークハルトの背中は疲れきっていて、少し可哀想になったものだ。翠もまた疲れたようにその場に座り込む。柔らかな下草の感触が心地良い。

≪……我が半身が申し訳ない……≫

 翠の首筋に鼻先を押し付けながら告げるバルドルに、翠が苦笑する。

「ジークはいつも、あんな風なの?」

≪其方故……という処か。あの者は我と同じく、長き時を其方という存在を得る事無く過ごして来た……。在るべきものが無いというのは、(かつ)えを産む。漸く得た存在を欲して止まないのだろうよ……。特に、一度諦めてしまった存在を得たからこそ、尚更≫

 瞳を閉じ、過去を思い返すバルドルの姿に翠の胸が痛む。



 ───その感覚には覚えがある。

 失う事を知るからこそ、翠は臆病になった。ジークハルトもまた、諦めていたものを得たからこそ、その存在に執着しているのだろう。

(……今の私が、バルドルやコウ、ハンナやガイを失うことを恐れてしまっているように、ジークハルトは私を失う事を恐れているのだろう)

「でも、私にはまだ……あの感情は受け止めきれない。それ以前に、あの勢いはちょっと……」

 気持ちが解っても、受け入れられるかどうかは別物だ。

 翠が困ったようにバルドルを撫でていると、心地良さそうに喉を鳴らしながら呟く。

≪少し、浮かれて居るのよ。更に言えば、初めての感情に戸惑って居るのよ。……今も我が半身は混乱の最中(さなか)

「初めての……?って、ジークもういい年よね?」

 余程の老け顔というなら話は別だけど……と翠が首を捻ると、バルドルが鼻で笑う。

≪幼き者と同じだ、あれも、我も。其方という存在が無い世界で己を保つ事ばかりに執心し、何かに執着する事を覚えたばかり。己の心を抑える術も知らぬ≫

 すり、と翠の首筋に擦り寄るバルドルの言葉に、翠の力が一気に抜ける。


(子供同然って……ああ、そっか。それであの反応か)

 今のジークハルトの反応は、幼い子供が大切な物を取られまいと必死に周りに噛み付くのと同じようなものか。そう考えると、ガイに関しての物言いや、性急すぎるほどの行動も、解りやすいものだった。

「まあ、私も人の事は言えないか……」

 それを言うなら、翠もまた人付き合いを学ぼうとし始めたばかりだ。互いに見た目ばかりは成長しているせいで、それに捕らわれてしまっていたようだ。

「セルジオさんに言われたからだけじゃなく、ちゃんと向き合ってみる。その結果……どんな関係になるかは判らないけどね」


 あまり構えたりせず、少しずつ互いを知ってみる事が今は何より必要だろう。

 肩の力を抜いて、まずは翠が皆にそうして貰ったように、ジークハルトの不安を少しでも拭おう。そうして、互いが幼い心を成長させて───そこで漸く、色々考える余裕が出来るのだと思う。



(それに───ジークハルトは、まだちゃんと「私」を見ていない)



 きっと、ジークハルトがあれほどまでに焦がれている存在は、竜珠。青木翠という個人ではない。

 一度落ち着いてみれば、そんな簡単な事が理解できるようになる。バルドルだって、出逢いと同時に儀を交わしたのだ。今はこうして多くの言葉を交わし、個人として見てくれているだろうが……その時のバルドルにとっても、己は竜珠という存在でしか無かったろう。それが、少し寂しい。

≪どうした───翠≫

 沈んだ翠の感情が流れてしまったのか、困惑したようにバルドルが問いかけてくる。

「……何でもない。色々考えちゃったけど───切っ掛けより、これからどうするかが大切なんだよね」

 落ち込みそうになった気分を、引き上げる。

 無条件に惹かれる感覚は翠にもわかるのだ。それに、竜珠への執着が重なり……今の状況があるのだろう。過去をやり直す事は出来なくても───未来を築いて行く事は出来る。

 バルドルが大切に思ってくれている事は間違いようが無い。恐らく……ジークハルトも。

 ならば、この後竜珠としてだけでは無く、翠自身を見てもらう事が何より大切なのだ。一番傍に居るコウとの関係も、始まりは似たようなものだ。竜珠という存在に惹かれ、集まってきた存在。最初から好意は感じていたが、同じ時を過ごしている間に、翠自身も、コウも次第に変わっていった。

 翠を揶揄(からか)ってきたり、名前を呼ばれて嬉しそうにしたり。ただ翠の気持ちを汲んで行動してくれていた頃よりも、今の方が近く感じる。同じ様に、他の皆とも知り合う事で生まれる何かが、きっとある。



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