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幕間 報告 Sideガイ


 翠がバルドルとの再会を果たすより、幾許(いくばく)か時を(さかのぼ)り───そこは、リィンデイルの首都、ヒース。 



「…………」

 吸い寄せられるように、ガイは視線を上げた。

 そこには、常の町の喧騒以外には何も映らない。時間が遅いこともあり、(まば)らに人が歩いているだけで、これといっておかしなものはないはずなのに、違和感を感じる。


(───この気配には覚えがある)

 膜を一枚隔てたような気配。以前、突然立ち止まった陛下の先に感じた気配と同じモノだった。悪意は感じないものの……不審な気配に、短剣を投げつけてみたが、これといった変化は無かった。

 やはり違和感を感じていたのか、陛下に城内の探索を命じられたが、不審な出来事は起きはしなかった。───いや、あったか。



 竜癒の間へ向かいつつ、謎の気配の探索を打ち切った陛下が、そのすぐ後に探索を命じたのは竜珠の姫。ならば、この気配は───


 何もない空間を、見据えるガイの瞳が一つの確信を築き上げようとしていた。気配を追おうと足を踏み出しかけたガイに、背後から声が掛かる。

「ガイ様!先程の男が落ち着いたようです」

「───解った、すぐに向かう」

 確証のないものより、先ずは目の前の事柄から片付けよう。ガイは先ほど酒場より連行した男の方へと向かう。



「……何故、あの様な真似を」

 淡々と感情を交えず問いかけるガイに、苦々しい顔をした男は無言を通す。

 ガイが酒場から連れ出し幾許(いくばく)もせず目を覚ました男だが、眩暈や吐き気にとてもじゃないが質問を出来る状態ではなかったのだ。

 漸く眩暈から解放された男に幾度問いかけても、憮然と腕組みをしたまま口を開こうとしない。

「もう一度、眠りたいか?」

 何度も衝撃を受けてしまえば、後遺症が残るらしいがな……と何でもない風に告げるガイに、屈強なはずの男が青褪める。己が脅したというのに、今までのだんまりが嘘のように、青褪め捲くし立てるように弁解する男の姿に呆れてしまう。


 だが、静かに男の言い分を聞いていたガイが、翠へと狼藉を働いた原因の(くだり)で、僅かに眉を寄せる。

「妙な格好……?」

「ああ、変な格好した女が裏通りをうろうろしてるって言うからよぉ、揶揄ってやるつもりだったんだ。……そ、それだけのつもりだっんだ!」

 勝手に弁解までしているが、その姿が余計に男に下心があった事を露呈している。やはり、少しここで頭を冷やしていってもらおうと決めたガイは、未だに言い訳を繰り返している男をその場に残し、隣室へと向かった。



「……陛下からの件、進捗はどうだ」

 報告を纏めている部下に声を掛けると、分厚い書類が手渡される。

 そこには、意外なほど多くの名前が載せられていた。他の民族の流れを汲むのか、容貌の異なる者、身元不明の者、不思議な習慣を持つ者、大きな差異から、小さなものまで、それは多岐に及んでいた。

「なかなかですね……一番怪しいのは、陛下から命を下された当日、あちこちで見かけられた見慣れぬ服装の少女なんですが……ここいらで、ぷっつりと足取りが途絶えてるんですよ」

 指し示された界隈には、覚えがある。

「この辺りで、リストに上がったものは居ないのか?」

「ああ、居ますよ……あったあった、ここら辺です」

 数枚抜き取り、差し出された書類を受け取る。素早く視線を走らせていると……よく知った名前がそこにはあった。

「この者は……?対象外とチェックされているが」

「この女性ですか?ええ……少しここいらでは見かけない風貌だったので、リストに上がったんですが……。この酒場の女将さんに事情を伺ったところ、以前から働いていたとの事でしたので……」

 何か問題が?と問いかけて来るのを冷ややかに一瞥する。

「騙りや、庇っている場合もあるだろう。聞き込むなら他の人間にもあたり、裏付けを取れ。でなければ何のための捜査だ」

「すみませんっ!!洗い直します!!」

 最もな言い分に、背筋を伸ばした部下に首を振る。

「不要だ。……もう見当は付いた」

「ガイ様……?」

「陛下にお会いする」

 椅子に掛けていた外套を纏い、ガイは城へと足を向ける。


(彼女があの店で働き始めた日付───それは、書類にあるようなものではなく、陛下の命を受けた、翌日からだ)

 ハンナの酒場で毎日のように夕食を取っていたガイだからこそ知り得た事。

 余りにも彼女が───スイが、懸命で。その姿が心配で見詰めていた為、陛下からの勅命と繋げることが出来なかった。

 けれどこれで全てが繋がった。

 余りに常識知らずな少女、縋るものが他に無いかのように、必死に働いていたその姿。店で暴れた男の証言、そして───先ほど引っ掛かりを覚えた、回廊で感じたのと同じ気配は……酒場の方角から現れた。


 全てが違和感無く繋がる。……繋がって、しまった。


 最近漸くぎこちない笑顔を自分に向けてくれるようになったスイの姿を思い出す。

 他の者に向ける、綺麗に取り繕ったものではない、不器用な笑み。その笑みを向けてもらえる事に喜びを感じ始めたのはいつだったろう……。

 次に出会うとき、もうその笑みは見せてもらえなくなってしまうのだろうか───


(報告に、向かわねば)

 あれほどまでに、竜珠を求めている陛下。そして、自分はその臣下だ。命に背く事は出来ない。それ以上に───竜珠を得る事が出来ず、苦しむ姿を長年傍で見ていたのだ。

 自分の感傷で、その存在を隠す事など出来はしない。けれどガイは、城へと向かう己の足取りが、酷く重く感じられたのだった……。




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