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第12話 望まぬ再会

 店内に漂う、美味しそうな香り。

 今日の一日を(ねぎら)うように、美味(うま)そうに料理に舌鼓を打つ者、楽しげに乾杯し、杯を満たす酒を飲み干す者。雑多な音に溢れた店内を、翠は今日もまた駆け巡る。

「スイ!次上がったよ!」

「はい!」

 熱々の皿を手にして、零さないように人の間を擦り抜けて行く。少しは慣れてきた手つきで皿を置く。

「お待たせしました」

「……ああ」

 酒場に来るのに、いつも料理だけを食べて帰るこの男は、言葉少ないながらにその瞳が言葉以上に言葉を伝えていた。今も熱い皿を持ち少し赤くなった翠の指先を心配そうに見詰めていた。

 言葉どころか表情も少ないのだが、己がそうであるせいか、逆に落ち着く。

「大丈夫ですよ、慣れましたから」

 ぎこちなく、翠は営業スマイルではない硬い笑みを浮かべる。



 最初の頃、熱い皿を上手く持てなかった翠は、常連のこの男の前でひっくり返してしまった事があった。

 内心慌てて片付けていたら、割れた皿が指先を傷つけてしまった。

 わたわたと周りで光珠が騒いでいる中、男はゆっくりと立ち上がると翠の手をとり、指先をじっと見詰めてきたのだ。

「……破片は入ってないようだ」

 その言葉に、傷口に欠片が残ってないか調べてくれた事に気付いた翠は、有難うと精一杯の笑みを浮かべた。

「……無理に、笑う必要はない」

 本当の笑みなのに、作り笑いのように思われてしまったのだろうかと、落ち込む翠の目が、こちらを覗きこむ漆黒の瞳と合う。


(───ああ、判ってくれてるんだ)

 自分が笑顔を作るのが上手くない事を。宥めるような柔らかな視線に、そう感じた。


 それ以来、翠が慣れない仕事を覚えようと無茶をしていると、(たしな)めるような視線を。前日の疲れが残っているような日には、心配するような視線を向けてくるようになった。

 仕事中は営業スマイルを貼り付けて表情を作っている翠と、いつでも無表情な無骨な男。ぱっと見は対照的な二人だが、どちらも感情を表に出す事が不得手だった。

 その一点だけで、他の常連客よりも翠には近しく感じられた。今となっては目を見ると男が何を言いたいのか少しは判るようになってきていた。


 今も、翠が下手な笑みを浮かべているのを見て、男も僅かに笑ってくれている。ただ切れ長の瞳をさらに細める程度の動きだが、間違っては無いだろう。

 強張りきったようなものでも、何故だか男は翠のこの笑顔を好んでいたから───



 最後にもう一度笑むと、翠は黒髪の男から離れ、次の料理を手にして別の客へと運んで行く。

 いつものように、お待たせしましたと口にした翠の手が突然掴まれる。

「……っ」

 加減も無く掴まれた手首に痛みが走る。痛みを堪えるように唇を噛み締め、咎めるように視線を上げるとそこには、意外な姿があった。


「こんな所にいやがったのか!!」

 翠の手を掴んでいたのは───この酒場に逃げ込む切っ掛けとなった男だった。




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