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召喚されてみたものの  作者: 紫堂 涼
過去の影
13/44

幕間 恩寵 Sideジーク

 鼓動を高鳴らせ、知らず知らずのうちに震える手で開いた扉の先には───求めるものなど無かった。


 広大な竜癒の間に座するのは、巨大な体躯を持つ半身。それのみであった。

「……我が竜珠は、何処(どこ)だ」

 硬い声で告げるジークハルトに、バルドルは沈黙のみを返す。

 カツリ、とジークハルトの心と同じ様に硬い音を立てて、バルドルの間近で足を止める。

「他ならぬお前に……翠に焦がれる想いが判らぬはずがなかろう!」

 己が半身を睨み付けるジークハルトを、バルドルはただ見下ろすばかり。冷たい石造りの室に沈黙が横たわる。



 けれども、ジークハルトが退く事など有り得ない。

 名付けのみではなく、竜の婚姻を交わしたものに与えられるものがある。

 ───恩寵(おんちょう)

 それは、そう呼ばれた。


 一対が伴侶を求めし時、その契約は求める相手によってその儀は変化する。

 ヒトを求めし時、その儀は他の人間と大きな差異は無い。

 竜珠を伴侶に求めし時は───その真名を竜王と竜、互いに交わすだけで良い。けれどそれは、竜身と言葉を交わせる竜珠のみが行える方法。真名を以って、互いの魂を結びつけるのだ。


 それは、竜の契約。ヒトの契約とは異なり、竜の(さが)を解き放つ。

 ……尋常ではない独占欲。それは、理性では(ぎょ)し得ないものだった。それ故に生まれる嫉妬。


 その欲を抑えるために与えられし恩寵。

 婚姻の儀を交わしてしまえば、互いの居場所をぼんやりとではあるが感じ取ることができる。

 ただそれだけのものが、竜王と竜の一対にとって多大な影響を与える。

 伴侶の気配をいつでも感じられるというだけで、常に傍に繋ぎ止めずとも精神は均衡を保つ。



「契約半ばとはいえ……今も、気配を感じ取れるのだろう?」

 ぽつりとジークハルトが呟きを落とす。その力ない声に、バルドルがゆらりとその体躯を揺らす。

≪───あの者には……時が、必要だ≫

 (ようや)く重い口を開いたバルドルは、非情にもジークハルトに更なる時を望む。


 翠が抱えているものが何なのか。それはあの短い逢瀬だけではバルドルにも感じ取れない。けれど、ジークハルトから距離を置こうとする翠へと問いを放った時の表情は───


≪だが、少なくともあの者は───翠は、其方(そなた)(いと)うては居らぬ≫

「ならば何故、我が許より去る」

≪そこまでは、我にも解らぬよ≫

 それは、竜珠を見いだし、自ら問うと良かろう。


 そう続けるバルドルに、ジークハルトが顔を上げる。翠を探し出せと告げているようなものだからだ。

 竜の妬心は、他者にのみ向けられるものではない。互いの半身へ向ける思いが何より強い。

 バルドルもまた、例外ではないのだが───未だに竜珠と(まみ)える事の適わぬ半身の想いは過ぎるほどに理解(わか)るのだ。


≪助力はせぬ。されど───妨害もせぬ≫

「……それで、十分だ」


 バルドルが動くとなると、人の身であるジークハルトでは適わない。その翼で翠を連れ、大空を駆けてしまえば追いつけるものなどいないのだから───

 けれど、邪魔をされぬのであれば……何としてでも探し出してみせる。

 ジークハルトは、時を惜しむように身を(ひるがえ)す。


(逃れられると思うな───翠)

 この焦燥も、扉を開いた瞬間の喪失感も。何もかも───その身で(あがな)ってもらう。

 ジークハルトは不敵な笑みを浮かべながら、その場を後にした。


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