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第1話 銀色の光

 ふわり、ふわりと柔らかな銀色の光が周りを取り巻く。

 重力に逆らうように、ゆっくりと暗闇を降りてゆく私を慰めるように、その光は暖かで、近づいたその光をそっと慰撫するように撫でると、喜んだように光は光度を上げる。

 形無きそれらに愛おしさまで感じ、小さく笑みを浮かべ手に触れた光にそっと口付けると、ほわりと薄紅の光を一瞬纏ったそれは、慌てたように傍を離れ、おずおずとまた近づいてくる。

 現実には有り得ない光景。それなのに、不安に思わずにいられるのは、この光たちのおかげだろう。

 ふわり、ふわりと光と戯れながら永遠とも思える降下の先に───足が、地に付く。


 ザアアアア……と、黒と銀に溢れていた世界が、不意に鮮やかな彩りに変化する。先ほどまで漆黒だったはずの地面は、柔らかな草と土に変わり、光射す空は青く澄み切っていた。

 見たこともない風景のはずなのに、何故か懐かしく感じる。そして変わらず、私の周りを取り巻く数多の銀色の光。

 心配するように、ふわふわと顔の回りで浮いている光をそっと撫でると、嬉しそうにふわふわと上下するのに、やはり自然と笑みが浮かぶ。

 ───私が最後に笑ったのは何時の日だろう。

 不意に無表情になった私に驚いたのか、あわあわと焦ったように点滅する光に、苦笑して心配ないよと、優しく撫でて笑みを浮かべる。


 こんな風に、ただ愛しいと思える存在を得たのは初めてだった。これらがどんな存在なのかも判らない。だが、純粋に自分を慕っているのだけは、肌で、心で感じられるから。

 ずっとこの光と戯れていたい気持ちを抑え、そっと首をめぐらせるが、そこにはただ雄大な自然が広がっているだけで、他の生き物の気配が欠片もなかった。

 昔から気配には敏かったが、今はそれがさらに研ぎ澄まされているのが判る。他者の気配だけではなく、自然に生きる生物たちの気配までも、読み取れるほどの感覚をさらに広げてゆくが……何もひっかからない。ただ、自分の傍にいる光だけが唯一の気配だった。


「ん~………取り合えず、どこへ行けば良いのかな?」

 呟きに応えるように、ピッと今まで好き放題に漂っていた光が整列し、こっちこっち、と呼ぶように向かうのに素直に付いてゆくと、そこにはどこまでも透き通った泉が見えてきた。

 底まで見えそうな泉を覗き込むと……透けた先には見えるはずの底ではなく、なぜかこちらを覗きこんでいる顔が見える。あちらからはこちらが見えていないのか、真剣な瞳で泉を覗き込んでいる男はやけに見目麗しき顔をしている。女性的ではないものの、精悍な顔の中、瞳だけに苦渋を滲ませている男の年は、見たところ30代も半ばだろう。何事かを呟いているその唇は、女性であれば触れてみたいと思うほどだろう。……私を除いて。

 今までの人生で、男というものに一切の期待を抱いていないせいか、男性的な魅力が滴るほどの彼にも興味を持てず、ただ何をこんなに苦しそうなんだろうな~と、のんきに思っていると、その疑問を呟いてしまったのか、回りの光がまたピピッと光ると、今まで葉のざわめきしか聞こえなかった耳に、突然声が聞こえ始める。


『……なぜ、なにも変化がない』

 低く、ぞくりとくるような声に自然と背が伸びる。唇の動きからして、こちらを覗きこんでいた男のものだとすぐに知れた。

『陣は光り、召喚は成されたはずですが……泉から、何も現れませんね……』

 困惑したように呟くその声は、男の背後に立っている麗人から漏れた。

『陽の神と、月の神が並ぶ日に召喚を行えば、求める物が現れるのではなかったか?』

 声を荒げてなどいないのに、ずしりと響く声には抑えきれない焦燥が滲んでいた。

 何一つ動じることなどなさそうな目の前の男が、こうも焦りを露にしているのが意外で、ことりと首を傾げてしまう。

 何とな~く、何とな~く、自分がこの泉に入ってしまえばいいのだろうとは判っているものの、目の前の二人はどうみてもお知り合いになりたくない存在で。

 意識的に目を向けないようにはしているものの、精悍な男が身に纏っている装束は一般的とはいえないような豪奢なもので、その後ろに立つ麗人もまた、シンプルでありながらも、生地の良さが泉越しにでも伺えるものだった。

『……っ、召喚できねば、あの狂った竜はどうなる!!』

 とうとう声を荒げた男が、苛立ったように泉に手を伸ばすと、波紋でゆらゆらと男の姿が歪む。

 あ、ちょっと面白い。誰もが口を揃えて美形というだろう二人が変な顔になってて、ついくすくすと笑ってしまう。こうしていながらも、実際目の前に二人がいたら、自分は能面のような表情になってしまうんだろうなぁと自嘲しながら、少しでも情報を拾うために耳を澄ませる。

『最早あの竜から理性は失せた。召喚が失敗したのなら……手にかけるしかないのだろう!』

 決してそれを望んでいないのだろう、男が初めてその表情を歪ませる。無意識にその頬に手を伸ばしそうになるが、はっとしたように己の胸元に手を戻す。

 だめだだめだだめだ…下手な同情は身を滅ぼす元だ。冷静に、冷静に…と己に言い聞かせているうちに、ようやく諦めたのか、泉の底から人の気配が失せ、何も無い空間だけが広がっていた。

「ん……?」

 早く、早く、と言うように自分の周りでくるくる回っている光の一つに手を伸ばし、手のひらにのせる。

「あそこに行って欲しいの?」

 そうそう、と上下にひょこひょこ動く。

(ああ……可愛い、もって帰りたい……)

 そこまで考え、ようやく思う。ここはどこだ。

 冷静なようで、実際はそうじゃなかったんだなぁ……と自己分析しながらも、色々知ってそうな光に問いかける。

「ここは、私の世界じゃないよね?」

 ぴょこり、と上下。

「ちゃんと戻れるの?」

 その言葉に、ほわほわ浮いていた光の全てが、ぴたりと動きを止める。悲しそうに光を弱め、申し訳なさそうに寄り集まり、こちらをじっと伺っている。

「無理……なのね?」

 擦れた声で、真偽を問う。

 ひょこり、と今度は元気なく光が跳ねる。

「私を呼んだのは、あなた達…?」

 再びひょこり。

「……そう……」

 ぽつりと呟き沈黙すると、必死に誤ろうとしているのか、慰めようとしているのか、おずおずと近寄ってきてはそっと撫でてくる。

「そっか……」

 暫く瞳を閉じて、心を落ち着ける。力尽きるまで泣き叫ぶ元気もなくなっていたが、何よりも、戻れないことに喪失感は感じるものの、どこか安堵していたから。

「あなた達は、ずっと私の傍に居てくれるの…?」

 歪んだ声で問いかけると、勿論だとばかりに必死にぴょこぴょこ跳ねる。

「なら、良いわ」

 戻ったところで、私が大切に思う存在はとうに無い。父も母も失い、他人からは美しいと言われるこの姿故に友人も出来ず、ただ一人、自分を表面ではなく見てくれたと思った人は、別の女性の手を取った。淡々とただ、仕事をして、一人きりの部屋に帰り眠る。その繰り返しの生活。暖かさを感じることも無く、楽しいと笑うこともなく、ただ生を消費するだけならば、何かの役に立てる場所で生きて行けば良い。ただ、一人は寂しい。見慣れた風景も、執着は無くとも馴染んだ場所もない世界で、ただ一人立ち続けるのは寂しすぎる。

 だけど、ただひたすらに自分を愛しむようなこの光たちが傍にあるのなら、今こうしているように笑える気がする。ならば、良い。

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