磐田
笹川克典と磐田勇矢は兵庫県加古川市にある炭火焼き肉のお店で飲食を共にしていた。笹川と磐田は幼稚園時代からの友人であった。中学卒業後、笹川は大阪の男子校に入学し、磐田は地元の共学の高校に進み、二人は今就職を控えている大学生だった。
「勇ちゃん、カルビが食べたいねん。注文してくれへん?」
「…。ほら、メニューあるで。」
笹川はユッケと野菜の盛り合わせを頼んだ。
「なぁ、どうなんや最近これは?」
「これって何や?」
笹川は磐田が小指を立てているのを見て気付いた。
「彼女や、彼女。」
「あー。」
「克典は昔っから優しいからなぁ。女の子に優しくばかりしとったらあかんで。」
笹川は目の前の炭火でホルモンの中に火がよく通る様に焼いていた。
「彼女か居らんな。男子校やったからの。でもな、俺は大人のピノコみたいな女性が好きなんや。」
磐田が喉まで泡ぶくの様なものを堪えた様子で高笑いした。
二人は一時間ほどこの店に滞在した後、駅前にあるソウルミュージックの流れるバーに入ることになった。
マスターが磐田に挨拶して出迎えた。磐田はこの店によく出入りする常連の様だった。
赤い弾力のあるレザーチェアーに二人は腰を掛けた後、磐田はお気に入りのジャパニーズウィスキーを、笹川はお酒に詳しくなかったのでマスターのお勧めするお酒を申し出た。
お酒が周ってきてしばらくした後、磐田が笹川にこんなことを言い始めた。
「綺麗なだけの人間に魅力を感じんねん。克典はさ、もっと社会の裏ってものを知った方がいいと思うんや。」
笹川は目を俯かせてから、また磐田を見た。
「…そうやな。それも大事やな。どうしたらええんかな。」
「優しさだけじゃ生きていけない。分かるか?」
笹川はシェイカーを振っている店員にチェイサーを持ってくる様に頼んだ。隣で磐田がマイセンを吹かし、灰皿には二人の思い出が積っていた。
しばらくして二人はバーを出て駅で別れた。笹川は垂水の下宿先に戻る電車の中で、磐田の言葉を反芻しながら、自分の不甲斐無さに一条の光を求めていた。
それからしばらく日の経過を見てからのことだった。磐田は国道一号線を走っていた所、飲酒運転にて自損事故を起こし重傷を負ったとの連絡が共通の友人を通して笹川の耳に入った。笹川はすぐに職場の出先から、メールでお見舞いの言葉を送ることにした。連絡がつくと磐田は自分の右手を失った様子の写真を添付したメールをすぐに返信してきた。
笹川にはもう返す言葉が見当たらなかった。