山下
ここは、とある地方都市に存在する「山下簡易無料相談所」である。今日も、明日も、毎日毎日、山下の元に相談に訪れる者が止まない。
午後九時、革のブルゾンを着た男性がやってきた。
「おぃ、おっさん。ちょっと聞いてくれねぇか?」
「なんだい」
「さっきさ、電車に乗っててよ、ちょっと腰に手を触れただけで『痴漢!』って言われちゃってさ。そういうつもりは無いんだけどね。あるじゃねぇか、そういうことって」
「……。ねぇよ」
「あー!?ここ相談所じゃねぇのかよ。なんだ貴様、その口の利き方は」
「うるせぇ、この糞ガキが。自分のちんちんでも揉んでろ。誰も文句は言わねぇからよ」
すると、男は納得したような顔をして帰っていた。次に待っていた、お馴染の女性がやってきた。
「山ちゃん、久しぶりー」
山下はその顔を見て、溜息を吐いてから一発ビンタした。
「何すんのよっ! 」
「さっさと家に帰れ、この雌猫! 」
女は泣きながら、家に帰っていった。山下はホッとして、次の人を呼んだ。中年の男性がカウンターに腰を掛ける。
「もう、クタクタ……。今日も厨房で倒れてしまって……」
山下は目の前の中年の男性の肩を抱いて、「大丈夫、大丈夫」と何度も背中を両手で叩いた。
「今日はお疲れでしょうから、お家に帰ったら温かいものでも飲んで、ゆっくり身体を休めてください」
すると、男性の顔が豹変した。
「ううう…、てめーに言われたくねぇ。俺だって頑張ってるんだ! 」
男性は怒って出ていった。山下はまたホッとした。
「はい、次の人」
白い百合の花束を持った女性がやってきた。
「……」
「あぁ、“そういう”の扱ってないんで」
すると、女性は何も言わずに帰って行った。と、思ったら入口の所で立ってこちらを見ている。
「はい、次の人」
山下は気にせず、次の男性を呼ぶ。茶色いサングラスの男性だった。
「おい、兄ちゃん。息子の親権、母親と父親どっちが取った方がええか分かるか? 」
「息子さんが取ったらええと思いますわ」
すると、男性が胸倉掴んで殴りかかってきた。山下は椅子から転げ落ちて、口元を手の甲で拭ってから、再び椅子に座る。
「やっぱり、息子さんが取ったらええと思いますわ」
男性はカウンターに蹴りを入れて帰って行った。山下がカウンターに開いた穴を見ていると、バイブルを持った清楚な女性がやって来た。
「……。あなたは神を信じますか?」
山下はそれを伺って、数秒間天井を見てからこう言った。
「うーん、それは難しいねぇ。会ったこと無いから分からないですね~」
すると、女性の目つきが豹変して、手のひらを山下の方に向けて呪文を唱え出した。
「はい、次の人!」
呪文が終わったようで、山下がフラフラしていると、次の女性がその清楚な女性と会釈を交わした後に腰を掛ける。
「山下さん。聞いて下さいよ、上司が支配的な人でやんなっちゃうのよね」
「そうだね。やんなっちゃうよね」
「それでね……、○○××で…、△△なの。だから、□□で……」
山下の目が○×△□に変わって、ぐるぐるぐるぐるしてゆく。
「うーん、こまっちゃうよね~。でも上司に「いつもありがとうございます」って言っとくといいよ、たぶん」
しかし、女性は不満気な顔をして帰って行った。
午前零時、そろそろ今日の店を閉めようと思って、入口のシャッターを下ろそうとやってくると、あの百合の花を持った女性がまだ立っていた。
「あ、これはこれは」
「……」
すると、女性は百合の花を店の前に置いて帰って行った。山下は溜息を吐いて泣いた。
「山下簡易無料相談所」は、毎日毎日、こんな感じなのである。