山本
「俺さ、ずっと見てたんだけど。」
山本巧が重田に言った。
オリエンタルな情緒漂う店内には、木製の古い茶色のグランドピアノがあって、ドイツに留学していた宇都宮海晴というピアニストが、エリック・サティの『ジムノペティ:一番』を演奏していた。
厨房がカウンターに隣接していて、中で調理師達がシャンパンをゼラチンで固めたような特製のデザートを作っている。それで、おかしなことに厨房の壁には天狗のお面が釣る下げてあって、山本は不思議な違和感と共にただならぬ好奇心をこの店に抱いていて、目を輝かせていた。
「あのさ、この店、なんか変わってるよね。店員は洋風で、店内は東洋?な感じで、厨房には天狗のお面だよ?…それでさ、宇都宮さんはサティだよ?変な店だよね?」
「うるせぇなぁ。聞こえねぇじゃねぇかよ。」
重田は手元の七面鳥にフォークを刺して、口にそれを運んでいる。山本の話は聞き流して、宇都宮さんの演奏に耳を傾けていた。
「サティってさ、力があるっていうイメージより美的なイメージがあるんだけど、サティって…」
「…うるせなぁ。」
「…。うーん、サティって男性なのかな?」
重田は山本に目を合わせ無くなった。彼はフォークを置いて、彼女の演奏をじっと聴いていた。
宇都宮の演奏が終わると、店内に居た客は一様に拍手をしていた。重田は席を立ちあがりただ拍手していた。山本は俯きながら、何かぶつぶつ言っている。
「…サティって男性なのに、ラヴェルも男性なのに。…何で印象派の楽曲ってのは、女性に演奏させると良くないんだろう。」
重田が席に着いて山本を見ると、山本は手元のナプキンを小さく折りたたみながら、まだ何かぶつぶつと呟いていた。
「巧、何してん?」
山本は重田を見た。
「…うーん、重ちゃん。やっぱり、印象派の曲は女性に演奏させちゃ駄目だよ!!」
すると山本が席を立ち、何か叫び出して凄い勢いで服を脱ぎ始めた。店内の客が山本を凝視し、宇都宮が取り押さえた。
「アポロン万歳!アポロン万歳!」
山本が叫んでいた。ピアニストの宇都宮が目の前でそれを傍観し酷く怯えていた。厨房の中に居た、調理師が何かを持って駆けつけてきた。
「この天狗野郎め!!」
すると山本の顔に勢いよく天狗のお面を被せ、彼は下半身素っ裸のまま大人しくなると、礼儀良く店内の人々に頭を垂れた。それを見ていた目の前の重田は、やっぱりこの店は変な店だなと思って、煙草に火をつけて溜息を吐いた。
…という夢を重田は今朝見たのを思い出した。