佐竹
都内某所にある喫茶店を営む佐竹伸二は幾分か変わった人間である。彼は表向きは選びに選んだコロンビア産の豆を焙煎し、薫り引き立つ旨みのあるコーヒーを入れるただの店主であるが、この店では占いも同時に売りにしているという。彼は先日、中年の女の恋愛相談に乗って、恋の行方の吉凶を占っていた。
「…それで、彼はどんな方なんですか?」
「えーっと…。それが…。」
「…とっても恋してるんですね。」
「えっ!?そんなことないですよっ!!彼、忙しくて最近会ってないの。」
「…。…コーヒーどうぞ。」
「…はい。」
女の瞳は戸惑いを隠せなかった。嘘をつく女というものの本当の姿は必ず瞳に出るからである。正確に言うならば、睨むようにして微笑むのである。嘘の裏には必ず真実があるのだ。
「それで、彼のことが好きで好きでしょうがないとのことなんですね。いま占った干支の判定でも、その彼とは良好な関係が築けると出ておりますよ。ただ気になるのは…。」
「いや、好きじゃないですよっ!あんな男…。でもぉ、気が付けば連絡してしまうんですぅ。」
「…。」
彼は手元の水晶の中に、女の真実の姿を霊眼で見出していた。
水晶の中にはどこかのネオン街のような光景が見える。そこには多くの男女が何かパーティの様な賑わいを求めて集っていた。ただ、その賑わいはどこかおかしく、男も女もみな異形の姿で、生々しい姿をしているということであった。
彼はすぅっと息を吸い込んでから、その水晶に息を吹きかけて、自分の分身をその水晶の中に送り込む小さな儀式をすると、突然入神状態になった。目の前の女は彼が突然居眠りのような状態になってしまったので、びっくりしていたが、占いの継続中であるのだと認識して無暗に起こす様なことはしなかった。
――水晶の中の世界へゆく――
…ここはどこだ?…あっ、そうだった、そうだった。私は占い中、ここに来たのだ。おぉ、おっ、人が集まっている…。じゃぁ、行ってみるかな。…彼女もこの中に居るんだったけなぁ…。
私はネオンの中に集う人たちの所へ向かった。遠巻きから見ている限りでは派手でとても賑やかな雰囲気に思ったのだが、近くに来てみると意外なことに気がついた。
派手な身なりをした男女がその獰猛な口から涎を垂らしながら、何かを見つめている。私の脇に立っている男は上半身裸で屈強な体つきをしていて、ギラギラと油を塗ったかのように照かっていた。その男女が見つめる先には、何か肉の塊のようなものが鉄棒の様なものに巻きつけられていて、呻き声みたいなものが聞こえてくる。
私は目の前の女でよく見えなかったので、「すみません。前いいですか?」と申し出ると、その女は聞こえていなかったのか、きゃはは…と笑っていた。その女の横に来て、顔を見ると顔がドロドロに溶けていたのだが、よく見ると…、なんと占いに来られたあの女、彼女であったことに気付いた。
「あっ、ここに居たの?」
女は一向に私に気付こうとしない。そして目の前の鉄の棒に目をやると、二人か三人の人間?が、男か女なのかよくわからないのだが、もう人間の形をしていなくて、肉の塊の様になってグルグルと鉄の棒に巻きついているという光景だった。その鉄の棒もぐるぐると回っていて、よく見ると大きなペニスが肉の塊から出ていて動いている。私は茫然とそれを見ていると、その鉄の棒に巻きとられている男?が「助けてくれ~!」と周りの男女か私に対して呻きだした。そして、私は後ろを振り向いて彼女の手を握った。
「さぁ行くか~。」
彼女は私に連れられて、そのネオン街を後にする。ネオン街の外れは暗くて、古びれた旅館のようなものが立っていた。
――水晶の中の世界から戻ってくる――
「…。…はぁ。あー。ん…。」
「…大丈夫ですか?」
目の前で女が彼に尋ねていた。コーヒーはもう半分以上無くなっていて、数分の時間が経過していたのだと彼はここで気がついた。
「あぁ、…あの彼のことですけどね。んー、何て言ったらいいかな…、好きっていうのにも種類があると思うんですよ。」
「はい…。」
「…あのですね。…“利用すれば利用される”ということ、忘れないでくださいね。」
「うっ…。」
「…。…ごめんなさい。とにかく(寂しいのは分かったけども)もっと自分の気持ちを大事にしていきましょうよ。何か趣味に励むなり、ただ機械的に仕事するだけじゃなくて、自分の大切にしていきたい道みたいなものを持たれると宜しいのではないかと。」
目の前の女が泣いていた。しかし、彼は動揺することは一切なかった。
「彼のことなんですが、お互いの本心を隠す様な曖昧なお付き合いばかりしていないで、もっとお互いに労わりあう様な、いえ、出来ることならば支え合えるような、そんなお付き合いの部分も持たれてみたらいかかですか?」
「別れた方がいいと?」
「私はそう簡単には言えませんが、色々な段階でのお付き合いというものがあるのではないんですかね?」
女は手元のコーヒーに口をつけてゆっくりと飲み干した。女は次第に落ち着いてきて、彼に優しく微笑むと、手持ちの蛇皮調のバッグから、財布を抜き取った。
「お幾らでしたっけ?」
「…、430円です。」
「えっ?たったそれだけ?」
「コーヒー代だけで結構ですよ。」
彼も微笑んで、女にそのように述べた。窓の外は、先程まで降り注いでいた雨が止み、空には大きな虹がかかっていた。