グラデーション
「交換日記始めようよ」
ショウコが新品のノートを抱えて私の席にやってくる。図体はでかいくせにやけに少女チックというか子どもっぽいというか。もう高校生だぞ?
ショウコは私、ナツヒの小学校に入ってからの友達で、一番長い付き合いだ。こういう思いつきの行動には慣れている。だが慣れていても面倒なものは面倒だ。夏休みの宿題の日記でさえ八月三十一日に半べそかきながら片付けた私に日記なんて続けられるはずもない。
「パスだパス」
「なーんでー? やろうよー。せっかくノートも買ってきたのにぃ」
ショウコの「なーんでー?」が始まると、また面倒くさいんだ……。そんな憂いを知るよしもなく、薄いピンク地にリボンの柄のいかにもかわいらしいノートを、ショウコは机の上につきたてた。
「あたしがこういうの苦手なの知ってるだろ。ショウコだって飽き性なのにすぐに終わるに決まってる」
「いーじゃん、一週間だけでもいいからやろーよ、ね?」
机の上でノートをぱったんぱったんさせるショウコ。うるさい……。
「あーもう、仕方ないな。付き合ってやるよ」
ショウコのことだ。どうせ断っていたらぶー垂れ続けるんだからさっさと承諾してしまえ。宿題じゃない日記なんて適当に書いてしまえばいい。
私が承諾すると、ショウコのへの字口が大きなUの字に変わる。
「やたーぃ! じゃあナツヒからね。はい、明日忘れないでね?」
「あたしからかよ!」
その日から私とショウコの交換日記が始まった。
風呂上り、雑誌を読んでぼーっとしているとショウコからメールがきた。
<交換日記書いた?? 忘れてないー????>
忘れていた。鞄からピンクのノートを取り出し机の上に広げる。ていうかメールあるんだから交換日記なんていらないんじゃ……。
何を書けばいいのか。逆にメールしないようなこと?そんなこと書いてもしょうもないしな。私はリボンをモチーフにした罫線をじっと見つめながらうなった。
チッチッチッチッ
時計の針の音がむなしく進む。だからこういうの苦手だって言ったのに。完全に寝るモードだった頭はまともに働かず、思考はふやけたティッシュペーパーのようになってゆく。
今日の晩ご飯は酢豚でした。おいしかったです。
ご飯の後、宿題をしました。
数学は苦手なので時間がかかりました。
そのあとお風呂に入りました。
……私には読み返す気力もなかった。でも行数についてはショウコは何も言っていなかったし、これでもう十分だろう。ノートを閉じて鞄にしまう。
<忘れてた 書いた>
私はメールの返信をして、布団にもぐった。
ヴーッヴーッ
明かりを消すと同時に、ショウコからメールがきた。
<なんて書いた????>
それメールしても意味ないだろ。私は無視して眠りに就いた。
次の日の朝、迎えに来たショウコは目を輝かせていた。はいはい、交換日記ね。私は鞄からノートを取り出してショウコに渡した。ノートを受け取ったショウコはその場で一回転して私に飛びついた。こんなに感激されるとは、三行しか書いてないけど。
「学校じゃ絶対開くなよ!」
下らない日記をそうそう誰かに見せたくはない。私はショウコに釘をさした。
「うん、私とナツヒだけの秘密の日記だからね」
その次の日の朝、いつものように迎えに来たショウコが薄いピンク地のノートを差し出す。私の三行しか書いてなかった日記に機嫌を損ねていると思ったが、予想外にショウコの顔はにんまりしていた。
「学校じゃ開いちゃだめだよ! 秘密の日記なんだから」
「はいはい、わかってるよ」
しかし言葉とは裏腹に、今すぐにでも読みたいという気持ちがあふれていた。ショウコのにんまり顔のせいだろうか。この楽しそうな顔を見ると、どんな楽しい日記が書かれているのか気になって仕方がない。
私はその日一日がとても長く感じられた。
長い一日が過ぎ、家に着くと、私は着替えもせず、まず一番に机の上に交換日記を広げた。
ナツヒのお家の酢豚はパイナップル入れる派?入れない派?
ちなみにうちは入れる派!お肉やわらか~
あとうちは今夜はハンバーグだったよ~
お肉やわらか~(横にハンバーグの絵)
今日も数学の宿題出たよね…私もニガテ××
あとでします。お風呂入ってから……
ナツヒのことだからめんどくさがって
初日からとまっちゃうと思ってた
これからも交換日記つづけようね
ショウコの丸文字が私の日記から二行開けてつづられていた。なんだこんな風に書けばいいのか。少し気が楽になった。
ショウコのにんまり顔の正体も分かった。信用ないな私……。
これからも交換日記つづけようね
私はその一行を人差し指でなぞった。面倒臭かったけどもう少しだけ、続けてみようかと思った。
あれから、交換日記は一ヶ月続いている。先日、ショウコが一ヶ月記念といって一ページ丸まるお祝いイラストで埋め尽くした。
ショウコも私も一週間で飽きると思っていた。けれど日記は日に日に長くなり、今では一日一ページが基本になっていた。よく書くことがあるなと、我ながら感心している。ショウコの日記を読むと、自分も楽しくなってきて筆が進んでしまうのだ。
休みの日はお互いの家に直接渡しにいく。だいたいそのまま部屋でだべるのだが、お互いにその場で日記を読むことはなかった。相手が帰った後、一人でわくわくしながらノートを開いた。
すっかり交換日記が生活の一部になっていた。
それからもう一ヶ月が過ぎて、ノートも残りページがなくなっていた。
「ねえナツヒ、明日お休みでしょ? 新しいノート探しにいかない?」
「え、いいよ同じノートで」
私は英語の小テストの勉強をしながら適当に返事をした。案外あの子供っぽい柄も気に入っていたりもするけれど。
「だめ、一緒に買いにいくの!」
耳元でわめかれて勉強にならなかったので、私はまた適当に返事した。
「はいはい、わかったから。わかったからショウコも少しくらい勉強なさい」
ショウコは真面目な顔で私にデートの約束を取り付けると、自分の席に戻って参考書とにらめっこを始めた。
翌日、昼食を済ませた私はショウコの家へと向かった。昨日の帰り道にでも文具屋で買えば済んだ話なのに、たかがノート一冊買うのにでかけるなんて、脚が重い……。
ショウコの家のチャイムを鳴らすと、しばらくしてかわいらしい服を着たショウコが出てきた。
かわいらしい……普段から少女チックなものが好きで、服装も子供っぽいと思っていたけれど……。ピンクの花柄ワンピースに胸元にはひらっひらのリボン。なんか全体的にピンクでひらひらしている。一言で言うと似合っていない。
「待て。その服はやめよう」
「え……だめかな?」
ショウコは酷くショックを受けたようだが、私にはこの隣を歩く自信はない。私は回れ右させてショウコの部屋までケツを押していった。ショウコは身長が高くて顔立ちも整っているから、もっと大人っぽい服が似合うはずなのに。
「別にノート買いに行くだけなんだから、もっと楽なカッコでいいだろ」
ショウコのクローゼットを漁りながら私はぼやいた。ショウコはというと、ベッドに座ってしょぼくれている。そんなに気に入ってるのかその服……。少し悪いことをしてしまったかな。
「気合入れたつもりだったんだけどナー……」
自嘲気味にぼやくショウコ。なんで気合入れる。でもショウコなりに考えあってのことだったんだろうな。私はショウコの隣に座った。
「なあショウ……」
「えへへ、いじけてても仕方ないよね。そーだ、新しい服も買いにいこう! 私に似合う服、ナツヒが見立ててよ! この服がダメっていうならそれ以上のものを見せてよね!」
スイッチを切り替えるショウコ。少し安心した。
「いいけど、フリフリはなしだからな」
「えー、かわいいのにー?」
ショウコは立ち上がって子供っぽいフリルのワンピースをばっと脱ぎ去る。すらっとした肢体が目の前に現れる。やはりショウコにはフリフリは似合わない。
駅向こうの百貨店までやってきた。ノートは後回しにして先に服を選ぶことにした。
ショウコが選んでくる服はやはりどこか子供っぽい。そもそもサイズも合うか怪しいギリギリのライン。でも好きなんだから仕方ないか。なるべくショウコの意見も取り入れて、びしっとした大人っぽい服を探す。
あれでもないこれでもないと何度も試着室を出入りして、ようやくショウコも納得のいくコーデが完成した。水色を基調にして全体的に涼しげに仕上げた。白いショーパンがまぶしい。もじもじしているショウコのおケツをひっぱたいた。
「ほら、胸張って。似合ってるんだから」
「う、うん……」
はにかんで笑い返すショウコ。かわいいな。
恥ずかしがるショウコを後ろにつけて、本来の目的であるノートを買いに文具屋へ向かった。
ノートのコーナーに辿り着くと、私は今使っているものと同じノートを見つけて手に取る。
「あったあった。これでいいな」
「えー、他にもかわいいのたくさんあるよ? そんなにあっさり決めちゃっていいの?」
ショウコは平積みされたノートを何冊か取って私に提示した。
「いいよ、同じので……」
ショウコが持っているノートは見ずに、手元のノートのリボンの柄を指でなぞった。
「……照れ隠ししてる? もしかしてそのノート気に入ってる?」
うっさいなー! 私はそっぽを向いてレジに向かった。
「あー、やっぱり照れ隠しだー。ナツヒちゃんかわいいですなー」
「うっさいなー!」
会計中、ショウコは私の肩にべったりまとわりついて離れなかった。
ショウコはこのとき最後の決心をしたようだった。
「帰るか」
用事も済んだので私は帰宅モードに入った。
「えー、もっとぶらぶらしようよー」
私の言葉に信じられない様子で手を引っ張る。私は腕を振り子のようにぶらぶらさせながら振り切った。
「いやだよ、あたし人ごみ苦手だし」
「ふーん、せっかく新しい服買ったのに……」
わざとらしくぶりっこして上目遣いで私を見るショウコ。確かに私が買わせたようなものだけれど……。私はじっと考えた。そんな私を見て、ショウコは目を輝かせる。
「じゃあじゃあ、人の少ない、落ち着いたところならいいでしょー?」
いくまでが面倒なんだけど……、言い返すのも面倒なので、私はショウコのなすがままに引っ張られていった。
そこは確かに落ち着いた雰囲気で、人も少ない静かな喫茶店だった。普段のショウコの雰囲気からはかけ離れているが、今の服装なら、それなりに、馴染んでいると思う。
「よくこんな店知ってたな」
甘いほくほくのアップルパイを口に運びながら訊ねる。
「うん、ママがね、パパにプロポーズされたお店なんだって、連れてきてくれたことがあって」
照れ臭そうにショウコは言った。確かにこの雰囲気で告白されたらコロっといってしまうかもしれない。熱いコーヒーをすすりながら、横目で灯りの抑えられた人気の少ない店内を盗み見る。全員大人、それもカップルだ。なんだか私達は場違いな気がしてきてそわそわする。
ショウコはというと、運ばれてきたフルーツが色鮮やかなシフォンケーキをぱくぱくと口へ運んでいるせいで物静かだった。そんなに慌てて食べなくても誰もとりゃしないよ……。そんな風にじっと見ていると、ショウコは私の視線に気づいて手を止める。
「か、顔になんかついてる?」
「いいや。おいしい?」
「うん、すっごくおいしげっほげほ」
慌ててアイスティーを飲むからむせた。こんなお店でそういうの恥ずかしいからやめて……。コーヒーを飲む振りをして顔を伏せる。
少しして、落ち着いたショウコが真っ直ぐにこっちを見た。
「?」
「……ナツヒ、好き。私と付き合って欲しい」
コーヒーが気管に入ってむせた。恥ずかしい。私がむせている間も、ショウコは真っ直ぐ見つめていた。
「けほっけほ。急に何言い出すんですか」
「ナツヒに私の彼女になって欲しい。だめかな」
ショウコは真剣な顔をしていた。私は告白されるなんて初めてで、そもそも相手は同性で友達で……。私は考えがまとまらず、コーヒーを一口含んだ。
「いや?」
「……いや、いやっていうか。うん、ショウコは本気なんだよね、なんとなくわかった。私も今真面目に考えてるから、ちょっと待って」
付き合うってそもそも何するの? 休日にデートすればいいの? それじゃ今とそんなに変わらない。でかける頻度が増えただけだ。
「えーっとね、付き合って、ショウコはどうしたいの?」
私のひねり出した質問にショウコは顔を赤くして答えた。
「えっ……、休日に一緒に遊んだり、好きだよって電話したり。あと浮気させない! 私のことを好きでいて欲しい! ……あとは、ほら、キスとかエロいこととか」
女同士でエロいことって何すんだよ。でもショウコが今の関係とは違う関係を望んでいることはわかった。友達と恋人は私が思っていたよりそれぞれ別のものだった。私とショウコが恋人同士の風景、好きだよなんて囁きあってキスをする。私には想像できなかった。
私が難しい顔をしてると、耐えかねたショウコが妥協案を出す。
「別に今すぐに答え欲しいわけじゃないから、急なことだし、じっくり考えてもらっていいから」
今すぐじゃなくていいなら……じっくり考えていつかイエスかノーを出せばいいなら。
ノーを出したら?
イエスと答えたら、今とは違う関係になるのは明らかだが、ノーと答えたら、そのとき私達はどうなるんだろう。
「これあたしが断ったら、ショウコはどうするの」
「……その場合もシミュレーションいっぱいしたよ。ナツヒにふられても友達でいられるかなって。でもそしたら、友達でいてくれるナツヒに甘えちゃう。友達以上のもの求めちゃう……」
ショウコは器用な子じゃないし、私も甘やかしぃだから、そんな未来は想像に易い。たぶん答えを保留しててもいずれそうなるだろう。
「だからそのときは、私もきっぱり友達やめる」
「うん? そうなるの?」
惰性で付き合う未来を想像していたら、思わぬ言葉が返ってきた。別にそこまでしなくてもいいんじゃないか。
「あっ、脅しじゃないから! ナツヒは自分の気持ちに正直に答えて欲しい」
そうは言われても、ショウコと築いてきたものは失いたくない。たとえ自分が築いていたものとショウコが築いていたものが違っても、私はなくしたくない。恋人同士になることでそれが保たれるなら、私は付き合うことを選ぶ。
「じゃあとりあえず付き合う。付き合ってみてダメだったらそのときは振ってやる。っていうのでどうでしょう」
真剣な告白をしてきたショウコに、こんな中途半端な答えを返すなんて私は酷い奴だな。
「今すぐじゃなくてもいいんだよ、返事」
「ショウコと赤の他人になるのはいやだからな」
「ごめんね、ナツヒ」
「別に脅迫されたわけじゃないよ。断る理由もないし」
付き合っている想像できないけれど、それと実際に付き合えるか付き合えないかが別問題なのは確かだ。それに惰性で付き合い始める想像はできた。
「ほら、その、恋人同士になるんじゃなくて、恋人同士になっていく……ってことで」
「なにそれー。上手くまとめたつもり?」
神妙な顔をしていたショウコが笑顔を取り戻した。
私達は付き合うことにした。
喫茶店を後にして、私達は手を繋いで帰った。手を繋ぐくらいなら何も抵抗はない。いや、やっぱり少し恥ずかしい。ショウコの顔を見上げると、それはもう心底嬉しそうな笑顔が弾けていた。
「んー? どしたの」
「いや、何でも……いつから考えてたんだ、こういうこと」
ショウコの顔が赤くなる。すると、私にぴったりくっついて、指も貝殻つなぎに組み直す。
「好きかなって思い始めたのは、高校に入ってからだったな。最初は自分でも信じられなくて、思春期特有のものと思って気にしないようにしてたんだけど、だんだん抑えられなくなって……」
「そういえば度々胸揉まれたな。エロい気持ち満載だったのか」
茶化したつもりだったが、耳まで真っ赤にして黙り込んでしまった。満載だったのか。
「なら、振られる可能性考慮してそのまま堪能しておけばよかったんじゃないか」
「それはダメ! 私がナツヒにさわれても、ナツヒが私にエロい気持ち満載で触れてくれないもん」
そうか。ゆくゆくは私もショウコにエロい感情を抱かなければいけないのか。難しいな。
「……本当は、交換日記が一冊続けられなかったら、この気持ちは諦めようって考えてたんだ。でもこうやって続けられてよかった。好きだよナツヒ」
好きって、こそばゆい。私は貝殻つなぎを組みなおしながらショウコの肩に頭突きを入れた。ショウコもけたけた笑いながら身体をぶつけてくる。こんなじゃれ合い、今までと変わりないはずなのに、どこか気分がふわふわしていた。
週が開けて、交換日記が返ってくると共に新品のノートが手渡された。私は玄関の戸を閉めながら訊ねた。
「結局続けるの? もう交換日記の役目は果たしたんじゃないの」
「そんなことないよ。交換日記だって元々恋人同士がするものらしいしー」
もちろん自分の中でも交換日記は習慣に変わっていたから、今更やめるつもりもなかった。ページの埋まった前のノートと、まっさらなノートを見比べる。友達日記と恋人日記。ううん、私は友達のつもりでつづっていたけれど、ショウコの方はそうじゃなかったんだな。
「なんだかこの日記を読み返すのが楽しみになってきたぞ。ショウコがどんな気持ちで書いてたのかじっくり想像してやる」
「……どうせなら、一緒に読みたい」
いつもの調子でつっかかるかと思いきや、やけにしおらしい反応。慣れないリアクションにこっちがむずむずする。
「じゃあ帰ったらうちでダベるか」
「うん!」
「おじゃましまーす」
学校が終わり、家に着くとそのまま自分の部屋にショウコを招きいれ、テーブルの周りにクッションを並べた。座りながら早速鞄から薄いピンク色のノートを取り出した。
「着替えないの?」
「やめろ。意識するだろ」
ショウコにエロい目で見られていると思うと、目の前で着替えるのは恥ずかしい。そもそも私はそんな魅力的なボディしてないんだが。
「……べ、別にいつもエロいこと考えてるわけじゃないよ! 勘違いしないでよねー!」
意識させてしまったのは私だったようだ。顔を赤くして肩をバシバシ叩いてくる。どっちにしろ目の前で着替えづらくなった。そのまま私はテーブルの上にノートの最初のページを開いた。
始めて四日分の日記がつづられていた。私の小学生のような日記がとても懐かしい。
「ナツヒが日記始めてくれてよかった。あのとき<書いた>ってメールしてくれたでしょ。私、うれし過ぎてなかなか眠れなかったんだから」
そういえばそんなメールも出したっけ。
「あたしはショウコの『これからも交換日記つづけようね』のせいでまんまと続けてしまった感があるな」
このとき私はこの一文でショウコの本当の気持ちを察したのだろうか。まさか、そんなことはない。でもショウコの願いというか、希望が私の胸に届いたんだと思う。なんて考えてこそばゆくなった。恋人になったことを意識しすぎて、ショウコの乙女チックがうつってしまったか。
「ナツヒは、私のこと好き?」
急にどうした。ショウコの顔を見ると潤んだ瞳でこちらを見つめている。そんな顔されてもな。
「まあ普通以上には好きだよ」
「ふうん」
私の答えがお気に召さなかったのか、ショウコは視線をノートに戻した。友達といっても普通の友達より好きなのは本当だ。恋人という実感がまだない以上、私のショウコに対する感情は「まあ普通以上」以外にない。でも意地悪だったかな。
「『好き』は『好き』に変わりないんだから、ただ『好き』って答えればよかった?」
「ううん、今はそれでいい」
ショウコは体育座りして膝に頭半分を沈めた。いじけてるのか、照れているのか。ショウコの気持ちが量れないまま、私はページをめくっていった。
「案外ふつーでなんてことない話ばかり書いてたな……。ああ、この日は酷かったな。あまりに激辛で後半の文字がぐちゃぐちゃだったの」
私はショウコが激辛やきそばのレポートを書いた日記を指して笑っていたが、ショウコの反応が薄かった。ショウコは膝をぎゅっと抱えて赤くなった顔をうずめていた。もしや発情しているのですか。うかつにどうしたのかと聞くわけにもいかない。私がたじろいでいると、ショウコは顔をうずめたまま口を開いた。
「ヘヘヘー、私の『つづけようね』でナツヒの気持ちが動かせたって思うと、ちょっと興奮しちゃって……」
ショウコの大きな身体が縮こまる。
「私が好きって言い続けたら、ナツヒもいつか好きって言ってくれるかな」
押し殺した声でショウコは囁いた。薄皮の剥かれた甘い桃のような、剥き出しの恋心がそこにはあった。誰かを好きになるだけで人はこんなに可愛くなるものなのか。私はショウコを抱きしめたくなったが、それは『恋人』としてではなく『恋する友を応援する友人』としての欲求な気がして、彼女である今は抱きしめるべきではないと思いとどまった。応援って、相手は私なのに。
「ショウコはどうしてあたしが好きなの」
他人事みたいに聞いてみた。ショウコは俯けた顔を少し上げて、潤んだ瞳で遠くを見つめる。
「うーん、どうしてかな。気づいたらナツヒのことばっか考えてて、ナツヒに触れるのも触れられるのもそれまでと全然違う感触で、好きって気持ちを吐き出さないとパンクしそうになる……」
「お前は乙女か」
「うん、けっこー乙女」
ショウコはこっちを向いてへらへら笑った。私は我慢できずに、体育座りのショウコに抱きついた。ショウコの身体はわずかに熱かった。
「私が必ず幸せにするから、もう少し待って」
「やだ、それプロポーズみたいじゃん……」
ショウコは涙声で笑いながら、片手で私の肩を抱えた。
「ナツヒ、好き。好きだよ。こうしてナツヒに好きっていえるなんて幸せ。でも好きっていう度、好きがどんどん膨れ上がるんだ……。だからなるべく早く、せめて次の交換日記が埋まるまでに、私のこと好きになってね」
「意外と気長に待たれるんですね」
「いぢわる」
今度は両腕で、私はショウコに抱き寄せられた。ショウコの抱擁は恋人としてのそれだ。今はもうちょっとだけ意地悪でいようと私は思った。
どれくらい抱き合っていただろうか。ショウコが私の背中をとんとんと叩いた。
「ちょ、ちょっと、ギブギブ」
私がショウコから離れると、ショウコは顔を背けながら鞄を肩にかけた。
「帰るのか?」
ショウコは立ち上がって制服のしわを直しながらそそくさと部屋を出ていく。
「いつもエロいこと考えてるわけじゃないけど、それはエロいこと考えることもあるってことなんだからね……」
ショウコはドアの向こうでつぶやいた。意地悪が過ぎたかな。
「えっと、ごめん」
「ナツヒもそういうこと考えるようになったら許してあげる、またね」
私はクッションに座ったまま、ショウコが階段を下りる音を聞いていた。
ショウコのこと、早く幸せにしてやりたいな。これって恋心? 違うと思う、たぶん。それとも理由付けて自分に嘘をついいるのだろうか。ショウコの恋に恋をしているだけかもしれない。自分の気持ちが分からなくなってゆく。
落ち着こう。答えを急いだっていいことない。私は開きっぱなしの交換日記を閉じて、制服のままベッドに横になった。
仰向けになって天井を見つめる。ショウコはもう家に着いただろうか。ショウコは今頃どうしているだろう。エロいことでも考えてるのかな。いつも考えてるわけじゃないか。でもさっきがさっきだからな。どっちにしろ私のこと考えてるなら嬉しいな。
なんだこの気持ちは。気づくと胸がトクントクンと鳴っていた。ショウコの発情顔にあてられたか。刹那的な感情な気がしなくもなくてもやもやする。早くはっきりさせたい。焦燥感がもやもやした感情をさらに混ぜっ返す。
<私のこと好き?>
いつの間にかショウコにメールを打っていた。送った後、顔がかーっと熱くなった。鏡見れないな。
ヴーッヴーッ
返信がきたと思ったら電話だった。私は一度深呼吸をしてから通話ボタンを押した。
『ナツヒ!はぁっ、好き、好き好き!好き好き好き好き、っくぅ……好きあよナツヒぃ!!ンぁあっ!』
「な、ショウコ? 大丈……」
スピーカーから聞こえるショウコの苦しげな声に私は一瞬戸惑った。けれどショウコが今どういう状況なのかすぐに悟ることができた。きっとこれが『好き』なんだ。どうしようもなく爆発する感情。私の『好き』はまだ『好き』じゃない。それでも電話を通して好きの雨を浴びせ続けるショウコのことは愛おしいと思った。
「かわいいよ、ショウコ……」
ショウコは息の詰まりそうな声で好きと言い続けた。
「おはようございます、スケベニンゲンです」
「おはよう。かわいかったよ」
私達は割りといつも通りの朝を迎えた。違っているのはノートくらい。
「私のこと好きになった?」
私から受け取った新しいノートを鞄にしまいながら、ショウコは期待の眼差しで私に訊ねた。
「いや、私の気持ちはまだまだだなって思い知らされた」
「あれ……てっきり進展したんだと思ってたのに……」
「進展したよ」
私はがっかりしているショウコの手を握って歩き出した。
なんかまた書き始めが私からなんですが。
まぁまっさらなノートにペン走らせるのは嫌いじゃない。
このガラも気に入ってないといったらウソになります。
ショウコが最初に選んだんだもんな。
でも私が別のを選んでたら告らなかったのかな。どうなの。
あのワンピ着るなら部屋でな。
似合ってる似合ってないはおいといて
かわいいもの好きなショウコは好きだよ。
もっとびしっとしたのがショウコには似合うと思うけどね。
しつこい?
昨日の電話。
あんなに好きって言われたのは生まれて初めてだった。
正直最初はおどろいたけどうれしかった。
でもいつもああいうことしてるわけじゃないよな?
してるの? 少し気になる。
それで私はショウコの彼女になったわけですが
私はまだ彼女としてショウコを「好き」と言えてません。
あの電話するまで私もショウコに恋し始めてるんじゃ……
なんて思ってたけど気のせいでした。ザンネン。
でもあれで私の気持ちがはっきりした。
私の「好き」は全然できあがってない。
だからこれからショウコを好きになる。
焦らず時間をかけてだんだんショウコと同じ気持ちに。
恋人同士になっていく。
時間かけてといってもまぁこのノート埋まるまでにはね。
不肖な彼女ですがこれからもよろしくお願いします。
2013年頃にコンコンコレクターのプロフィール欄にて連載していたものです
Chixi、pixivにも掲載されています
イメージボイスはキルミー




