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姉が兄で、追放された王女は王妃になった〜正妃と側室が対立していた国、何故か二人がとても仲良くなるまで〜 

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/06/04

 私は、王になる兄の王妃になる運命だった——。


 何も知らずに私が出会った男は姉で、二人は恋をした。


 その間に、恋人と引き離された母は復讐を果たす。


 対立していた王妃と側室が、何故か仲良くなっていた。


◆◇◆


 王の子を一番最初に産んだのは、第二王妃だった母で、それが姉だった。


 王の二番目の子は正妃が産んだ男の子。


 王の三番目の子が私だ。


 そして、王と血のつながった子供は私だけ。


◆◇◆


  オルフェリア王国のアストルフォ王の子供たち。

 長女のユリア、長男のオーガスト、次女のルシア。


 姉のユリアが三年前から通ってる学園に、異母兄のオーガストと私ルシアも通うことになった。


 今は馬車に揺られて、兄と二人で学園に向かっているところだ。


 学園は街から少し離れた森の中にあった。


「ルシア、絶対に学園では俺に声を掛けるな!」


「どうして? お兄様」


「同い年の妹なんて知られたくない」


 私とお兄様は同じ14歳だった。


「みんなお父様に側室がいるなんてご存知よ?」


 この国——オルフェリア王国に側室制度はないけど、お父様は王様なんだからみんな知ってる。

 私のお母様が側室で、兄のお母様が正妃だって。


 昔の隣国との戦争を終結させる為に、隣国の王女のマリアンヌとこの国のアストルフォ王子の結婚話が持ち上がった。


 アストルフォ王子は私の母のエレノアを愛していたから、エレノアを側室として迎える事を条件にマリアンヌとの婚姻を承諾した。


(みんな知ってる事だけど、これじゃ、兄のお母様とお父様が嫌々結婚したみたいね。そんな風に思われてるのは嫌かも)

 

 兄はムスっと窓の外を見ている。


「分かった、お兄様のことは兄妹と思わない事にするわ」


「そうだ、俺のことは名前で呼べばいい」

「オーガスト」

「なんか、ムカつくな」


 呼べって言ったのに。



 ——学園に着く。


「またね、オーガスト」

「……またな、ルシア」


 男女で寮が分かれる。

 授業は男女一緒だが、クラスが同じとは限らない。


 お兄様とも呼べないし、オーガストとの別れは寂しかった。



「お姉様!」


 でも、すぐに寂しさは消えた。

 3歳年上の姉のユリア会えたから。


「会えて嬉しいわ! ルシア」


 寮についてすぐに寮母さんに案内してもらって、お姉様の部屋の中に入れてもらう。


「お姉様と同じ部屋が良かったのに、寮の決まりで別の学年は一緒の部屋になれないんですって。だから、私もお姉様と同じで一人部屋になったの」


 抱きついたお姉様はまた痩せたみたいだった。

 私も身長が伸びたのにお姉様のほうがもっと伸びているし。


 お姉様はそっと身体を離す。


「ルシア、私も寂しいけど、寮では姉妹だと言う事を強調するのは控えなくてはいけないのよ。私の部屋を訪ねて来るのも、特別な時以外はダメよ」


 姉に言われてショックだった。


「お姉様もそんな事を言うの!? さっきはお兄様にも言われたの。私も兄妹と思わないことにするって言ちゃったけど、お母様が違ってもお兄様はお兄様よね?」


 私が泣きながら話すと、姉は微笑んだ。


「学園の中だけの事よ。ルシアとオーガストは、ずっと兄妹よ」


 姉に言われて安心した。


「私の部屋に来てはいけないと言ったけど、今日はルシアがはじめて寮に着いた日だから特別な時ね。プレゼントを用意していたの」


 そう言って姉が見せてくれたプレゼントは初めて見る包装紙に包まれていた。

 学園の近くの街の有名なお店の物らしい。

 学園の生徒は週末にはその街リュミエールに出掛けて行くらしいのだ。


「お姉様も街へ行った事があるの?」


 私は街へ行く様子が楽しそうで聞いてみた。


「ええ、何度かね。護衛が必要だから、そう頻繁には行けないけれど」


 護衛という言葉にがっかりした。


 学園の中には護衛はいないけれど、やはり王女が街に行くには護衛が必要なのか。


「今度、時間をつくって二人で行きましょうね」


 姉に言われて少しだけ元気になる。


「お兄様……オーガストも一緒にね。別々に行ったら護衛が大変だもの」


「ええ……」


 私は、少しだけ寂しそうに笑う姉を残して、プレゼントを抱えて部屋を後にした。



 私の部屋は姉の部屋とは正反対の位置にある一人部屋だった。

 今頃は、荷物が運ばれて、王女のための専属メイドが荷解きをしてくれているはずだ。

 姉はメイドを断ったらしいけど、私は一人ではまだ不安だった。

 王宮でもずっと乳母にお世話して貰っていたから、自分の事すらままならない。



「あなたが王女様なの」


 声が聞こえた。


 女の子が数人集まって私を見てる。

 値踏みするような嫌な視線だ。


「何ですか?」


 女の子達がたじろいで嫌な顔をする。


 ただ聞いただけなのに、王女としての威厳を混ぜてしまった。

 女の子たちのプライドを傷つけてしまった。


「何? その言い方は! 側室の子のクセに!」


 私はカッとなった。


 側室の子というのがどんな扱いをされるのか、この時まで分かっていなかった。

 王宮でも、たまにその言葉を聞いたけど、発した相手はすぐに罰せられていた。


 今は誰も助けてくれない。


 女の子達に囲まれて、姉から貰ったプレゼントを取られた。


「返して!」


「リュミエールの街のノスタルジアの商品なんて、新入生が生意気だわ」


 女の子達の顔がさっき以上に醜く歪む。

 姉がくれたプレゼントってそんなに有名なものだったの?


「あんたには、もったいないわ!」


 そう言いながら一人の女の子が、ここ三階の窓からプレゼントの箱を地面に叩きつける。


 ガチャーンと音が聞こえた。


 ……壊れてしまったかも……。


 姉がくれたプレゼントなのに……。


 私は慌てて窓の下を見るけど、木が邪魔で見えない。


 窓の下を見てる私を置いて、女の子達は気が済んだのか、笑いながら去ろうとする。


「待ちなさい!」


 私は女の子達の後ろ姿に声を浴びせた。


「あなた達、自分が何をしたか分かっているの? 私はオルフェリア王国のアストルフォ王の第三子、第二王女のルシア・オルフェリアよ。ここで泣き寝入りして許すほど、王女は甘くないのよ」


 女の子達は振り返って私を見る。


「……学園は治外法権よ。王家の力なんて頼れないのよ、王女様」


 女の子の一人が憎たらしい声で反論してくる。


「誰が人を頼ると言いましたか。私自身の力であなた達を許さないのよ。王国民であるあなた方が、王家の血に宿る召喚獣の事を知らないはずありませんよね?」


 女の子達は血の気の引いた顔で絶句している。


 昔、まだ魔物がこの世を闊歩していた頃に、三大魔獣を倒して、自分の血の中に封印したのが、王家の最初の王ゲオルグだ。

 王家の直径の子孫の血には、代々その獣を召喚する力が備わっている。


 私が女の子達の前に手を掲げると、光が手から溢れる。

 光の中に召喚獣となった獣の住む世界が映し出されて、召喚獣の姿が現れる。


「ヒィっ!」

 女の子達の顔が紙のように白くなった。


 光の中の獣が振り返ってその鋭い牙を彼女たちに向けた。

 鋭い瞳で獲物を捉える。


「グオオオオオオオオッ!!」

 すぐそばに召喚獣の声が聞こえる。


「あぁ……」


 バタッ。


 女の子達は失神した。


「まさか、本当に召喚すると思ったのかしら?」


 私は手を閉じて光を消した。


 こんな場所で召喚したら寮どころか学園全体が壊れてしまう。

 あまりに強力すぎて先の戦争でも使われなかったくらいなのに……。


 召喚獣の姿を“うちのペット見て”ってノリで見せるくらいしか使い道がないと思っていたけど……結構、使えるのかしら?


 でも、失神されては投げられたプレゼントを取ってきて貰えないわ。


 私は仕方なく、外にプレゼントを探しに出た。


◆◇◆


 私は、お姉様からもらったプレゼントを探しに寮の外に出た。


 お姉様の部屋から出て、反対の自分の部屋に戻る途中に意地悪な女の子達に会って、三階の窓から投げ捨てられたのだ。


 多分、寮の真ん中辺りの窓だったと思うけど、今日、寮に着いたばかりだから間違っているのかも。

 なかなか、見つからない。


 だんだんと陽が傾いて、辺りが暗くなってきた。


 寮の窓から灯りが漏れるけど、外を探せるほどの灯りじゃない。


 じわっと目に涙がたまる。


 あの女の子達を連れてきて、探させようか?

 でも、失神してたけど、もう気が付いて自分の部屋に戻ってるだろう。

 名前も知らない子達だし、探すのはこっちも無理だ。


「な、泣いてるのか!? どうしてこんな所にいるんだ」


 探し物をしていた顔を上げると、年上の男の子がいた。


 長い髪を後ろで一つに結んでいて、制服とは違って装飾の少ない平民のような服を着ている。

 整った顔立ちはしているけど、あまり貴族には見えない。


 私は、見知らぬ男の子の口調に、責められているみたいな気がして怖くなる。


「ふうぇ……!」


 私は泣き出してしまう。


「ごめん、君を責めた訳じゃないよ……!」


 男の子は慌てた。


「手伝うから、何があったのか話して」


 男の子の優しい声に私も落ち着いてくる。

 さっき女の子達から受けた仕打ちを伝える。


「まさか、初日から……」


 女の子達のいじめに驚いていた。


「何で私が新入生で初日ってわかったの?」


「え? そ、それは君がとっても可愛いから、新入生にしか見えないよ」


 新入生は数日前から来てる子もいるし、初日とは限らないけど……とっても可愛いって……!

 お兄様……オーガストはそんなこと絶対に言わないのに。


 男の子は一緒にプレゼントを探してくれた。

 投げ捨てられた場所が階段の近くだったと言うと、すぐに見つけてくれた。


「ありがとう。男の子でも上級生は女子寮の中にも詳しくなるものなのね」


「いや……そんな事はないんだけ……」


「え?」


「だ、男子寮と同じ間取りだと思ったから、合ってたみたいだ」


「そっか。あなたの名前はなんておしゃるの? 何年生ですか?」


「ユ、ユリウス……学年は……四年生だよ」


「じゃあ、あと二年で卒業しちゃうのね。ユリウスとせっかく仲良くなれたのに」


「ま、待って、そんなにまだ仲良くなってないよ」


「え!? こんなにお話しして、可愛いって言われたのに?」


「ダメ、絶対にダメ! ちょっと話したくらいで男と仲良くなったなんて思ったらダメだよ。全員君の事は可愛いって言うけど、学園ではもっと警戒心を持って!」


「……?」


「分かった。僕が男との仲良くなり方を教えるから、それまで友達を作ったらダメだよ、ルシア」


「うん、ユリウスと友達になれてからにするわ」


 ユリウスは頭を抱えてうつむくと、地面に向かって何かつぶやいた。


「ここまで箱入り娘だったのか、ルシアは。もっと可愛いって言っとくんだった」


 私はプレゼントの包装を解いてみる。

 捨てられた時に物凄い音がしたから心配だったのだ。


 中身は木のオルゴールで少しだけ凹みや欠けている場所があった。


「お姉様から頂いたものなのに……」


 また涙が溢れてくる。


 ユリウスがオルゴールを手に取るとネジを巻いて手を離す。


 美しい音色が響く。


「壊れてないよ。外がどんなに傷ついても中身が変わらなければ大丈夫だよ」


 ユリウスがにこっと笑ってオルゴールを渡してくれる。


「お姉様は怒らないかしら?」


「お姉様は君を怒った事があるの?」


「ないけれど……」


「大丈夫だよ。これは大事なものだから、大切に持っていてくれるのが一番だと思うよ」


「うん、ありがとう、ユリウス」


 私はオルゴールを大事に抱きしめた。



 それからユリウスとは、夕方に寮の裏——オルゴールを見つけた場所で会う約束をした。


 次の日に行くとユリウスは待っていてくれた。


「やあ、来たね、ルシア」


「ねえ、ユリウス? 私、あなたに名前を教えたかしら?」


「え?」


 ユリウスは一瞬、固まった。


「……あ、そうだ、君は王女様だろう? 女の子達にいじめられたって聞いたら誰かは分かるよ」


「そうか……そうなのね」


 私は暗い気持ちになった。


 側室の子って言われて悲しかった。

 王女だって知られて、みんなとの間にこんなに距離が出来るなんて知らなかったの……。


「大丈夫だよ、学園の生徒はそんな事を気にするような子達ばかりじゃないから、心配しないで」


 ユリウスが優しく慰めてくる。

 私は少し元気が出た。


「昨日の女の子達には、食堂で食事を持って来させたり、細々したことをやらせる事で許してあげたんだけど、ちゃんと友達も出来たらいいな」


「え!? ……たくましいね、ルシア……」


 こんな感じでユリウスとは毎日色々な話をした。


「ユリウスとすごく仲良しになれたわ」


「まだダメだよ、これで仲良くなったと思わないように」


 ユリウスは全然、友達になってくれなかった。


「じゃあ、また明日」


 そう言ってユリウスは男子寮とも違う場所に行ってしまう。




 学園の授業が始まると、私はオーガストと同じクラスだった。


「オーガスト!」


「話しかけるなよ」


 オーガストが私のことも見ずに不機嫌そうに言う。


「もう兄妹じゃないんだから、話さないとオーガストとは友達になれないでしょう? オーガストは、ユリウスよりも全然、私の事知らないんだから」


「ん? ユリウスって誰だよ」


 オーガストが私の方を見た。


「まだ仲良くなれてない男の子よ。いっぱい話してもっと仲良くなるの」


「は!?」


 オーガストが怒ったような目をしてる。


「何だ、それは……!」


 私は、すっかり降伏して私の取り巻きになった女の子達に荷物を持たせて、寮に帰った。


◆◇◆


「ユリウスは、いつも私と話した後に何処に行ってるの?」


 私は夕方に女子寮の裏で会うユリウスに聞いた。


「だって、男子寮とは逆側に行ってるでしょう?」


「そ、それは……」


 ユリウスは目を泳がせてしばらく考えた後に観念したように答えた。


「リュミエールの街で働いてるんだ……。僕の家は裕福じゃないから、こうしないと学費が払えなくて……」


「そうだったの?」


 リュミエールの街は学園の近くにある街で、お姉様が私のプレゼントにオルゴールを買ってきてくれた場所だ。


 ユリウスが大変なことは分かった。

 それなのに私に男の子と仲良くなれる方法を教えてくれてたんだ。


「おい、俺の妹に何やってるんだ」


 声がした。


「オーガスト?」


 妹だって知られたくないって言ってたのに。


 私はオーガストに肩を掴まれてユリウスのそばから離されていた。


 ユリウスが驚いている。


「オーガスト……様。ルシア様を一人にしてはダメですよ。警戒心がなさすぎます」


 ユリウスは寂しそうに微笑む。


「ルシア様、これからはオーガスト様に教えて貰ってください」


「え? ユリウス?」


 そう言って、ユリウスはいつものようにリュミエールの街の方に消えて行った。

 あっという間だった。


「なんだ、あいつは」


「オーガスト! 何しに来たの!? ユリウスが行っちゃたじゃない」


 もう会えないみたいな言い方だった……!


「お前が心配だからだろう……」


「なんで? 心配する事なんて何もないでしょう?」


「……」


 オーガストは呆れたようだった。


「ユリウスに会えなくなったらどうするの!?」


「別にいいだろう? だいたい学園の生徒なら、会えなくなるなんて事はないだろう」


 オーガストの言う通り、学園にいれば必ず会えるはずだけど……。


 私は、もう会えない気がした。




 ——俺の血のつながらない妹は、ユリウスって奴が言うように、警戒心がないようだ。


 クラスの男子や上級生の男子に笑顔を振りまいていた。


 女子の取り巻きも日に日に増えていったが、男子のファンはそれ以上の速さで増えていき、本気で結婚を申し込もうとする者も多かった。


 ルシアの事だから、申し込まれたらすぐにOKしてしまいそうで、俺は目を離せなかった。


 学園では、妹だと知られたくないと言ったのに、ユリウスに会って以来、ずっとルシアと手をつないでいた。


「オーガスト、お姉様だわ」


 ルシアは俺を名前で呼ぶようになっていた。

 名前で呼べなんて言うべきじゃなかった。

 俺の方が勘違いしてしまいそうだ。


「ルシアの面倒を見てくれてありがとう、オーガスト」


「仕方ないんですよ、誰にでも愛想を振り撒いているから危なくてしょうがない」


「危なくないわよ? みんな優しいもの」


 ルシアは何にも分かってないな。


「そうね……ルシアが妬まれていじめられたりしないように、私と姉妹だと強調しないように言ったけど、杞憂だったわね。でも、私とは学年も違うし守ってあげられないから、お兄様と仲良くね、ルシア」


 姉のユリアが言うが、俺はルシアを守ってるわけじゃない。


 姉のユリアも分かっていない。

 俺と君たちは血が繋がっていない事を——。


「お姉様はユリウスを知ってる? 四年生なの」


 ルシアがまだアイツのことを気にしている。

 俺にルシアを任せて消えた奴。


「……ユリウスって名前の子ならいるかもしれないけど、同級生の事を全員は知らないの」


「そう……」


 ルシアは悲しそうに目をふせた。

 俺はつないだ手をもっと強く握る。


 誰にも知られてはいけない俺の気持ち——。




 ——それは俺が生まれる前の事。


 オルフェリア王国のアストルフォ王は23歳で王位についた。


 隣国との戦争中に、父王が亡くなったからだ。

 隣国か? または、和平を望まない王を家臣が暗殺したのか?

 噂は絶えない。


 しかし、戦争は新たな王アストルフォと隣国の姫との完全な政略結婚で終結した。


 アストルフォ王は王子時代に受けた政略結婚の話に条件をつけていた。

 子供の頃からずっと片想いして振られ続けている、貴族令嬢のエレノアを側室に迎えることだった。


 そんな条件に面白くないのは、隣国の姫で正妃になったマリアンヌだ。


 身重のエレノアの食事には堕胎薬が盛られ、外では階段から突き落とされた。


 それでもエレノアは女の子を出産した。


 アストルフォ王の第一子が女の子で、正妃のマリアンヌはホッとした。

 だが、そこから二年間、マリアンヌが懐妊することはなかった。


 王が頻繁に通うのは側室の元で、マリアンヌのプライドはズタズタだった。


 だから、あんな事に手を染めてしまう——。


 そうして、俺、男の子のオーガストが産まれた。



 俺が7歳の時に、母の側近だった男が俺を庇って死んだ。

 俺の事を“オーガスト様”と呼んでいた男は、死ぬ間際に俺に手を伸ばす。


「お前を守れて良かった。マリアンヌを大切に……」


 王宮に噂はあった。

 俺が王の子ではないかもしれないと。

 それが、この時、本当の事として俺の頭の中でつながった。


 俺を暗殺しようとした男と、俺を庇った本当の父である男が倒れた場所に、母のマリアンヌがやって来て俺を抱きしめてくれた。

 俺が無事で良かったという母の、口の端が一瞬だけ上がった。


 ゾクっと電流が走った様に、全てがつながる。


 父は、母に、口封じの為に殺されたのだ——。


 俺は、不義密通の子だった。

 

 10歳の時にアストルフォ王は王家の血に伝わる召喚獣の話をしてくれた。


 けれど、俺の血に召喚獣は反応しなかった。


 アストルフォ王は全て知っているようだった。


 それでも、戦争を終結させるために政略結婚した正妃には何も言えない。


 だから、彼は側室だけを愛している。


◆◇◆


 ユリウスに会いたい……。


 簡単に会えると思っていたのに、一年も会えず、今は五年生になっているはず。


 オルゴールの音を聞くたびに胸が締め付けられる。

 姉から貰ったものなのに、探してくれたユリウスの顔が浮かんでくる。


 学園で会えないのならリュミエールの街で会えるかもしれないと思ったけど 、お姉様やオーガストと護衛に守られて行っても探すことはできない。


「どうしたの?」


 女子寮の姉の部屋にいた。


 私がいじめられないと安心した後も、姉の部屋にはあまり入れてもらえなかったけれど、あんまりに落ち込んでる私を姉が招き入れた。


 今は特別な時らしい。


「オーガストも心配していたわよ」


 紅茶を淹れながら優しく聞いてくれる。


「オーガストのことなんてどうでもいいの。私がユリウスを探してって言っても全然聞いてくれないんだもの」


「え? ユリウスって……前に言っていた……」


 お姉様は驚いている。


「五年生にいませんか? どうしても会いたいんです。私、あの人が好きなの!」


 お姉様が紅茶を全部注いで、テーブルに溢れた。


「ご、ごめんなさい! あまりにおどろいてしまって……」


 溢れた紅茶を片付けると、姉は真剣な目を私に向ける。


「ルシア、あなたは王女なのよ。ユリウスを好きだというなら、私は会わせてあげることはできないわ」


「そんな……!」


「王族としての自覚を持ってね。召喚獣を受け継ぐ子供をあなたは産まなくてはいけないんだから」


 真剣に私の目を見て話すお姉様。


「はい……」


 私にはそう言うしかなかった。



 ——私は早朝のリュミエールの街にいた。


 オーガストにもお姉様にも、学園でユリウスを探すことを止められて、あとはここで自分で探すしかなかった。


 護衛を連れて何度も来ているし、街の地理はなんとなく頭に入ってる。

 あまりに早い時間だけど、誰にも見つからないためにはこの時間しかなかったのだ。


 ぐーっとお腹が鳴るので、まずは朝食を食べに行こうと思う。





 ——朝食を食べに休日の女子寮の食堂に向かうと、廊下が騒がしかった。


 ルシアが置き手紙を残してリュミエールの街に行ったと彼女付きのメイドが言うのだ。


 僕は急いで部屋に戻るとドレスを脱いで、

いつもの平民の服に着替えた。

 休日には必ず仕事が入っているからリュミエールの街には行くのだが、出かけるのはもう少し遅い時間だ。


 学園の厩舎に向かうといつもより早いが馬を用意してもらう。

 馬番には毎月多額の金を渡しているから何も聞かずにやってくれる。


 リュミエールの街まで馬を走らせて、街の厩舎に預けて、走って街の中を探す。


 ルシアは多分、僕、ユリウスを探している。

 学費を稼いでいるって話したはずで、探すなら働いてる場所だろう。

 ルシアなら、どこで働いていると考えるだろう?


 いや、ルシアに仕事の知識なんてない。

 ただ闇雲に街を歩き回っているはず。

 危ない目に遭っていなければいいが。


 どこからどう見ても世間知らずなお嬢様にしか見えない。

 一人でいたらすぐに目をつけられるだろう。


 僕はひたすら走り回った。

 でも、全然、ルシアのように女の子は歩いていない。

 もう、誰かに連れ去られてしまったんじゃ……!


 嫌な予感に、僕の心臓が早くなる。


 まさか……!


「あ! ユリウス!」


 走っていたら呼び止められた。


 街のカフェのテラス席で優雅に朝食を食べているルシアがいた。


 僕は息を切らして呆然と立ち尽くす。


 何とかルシアの前まで行く。


「なんで走ってたの? ユリウスも朝ごはん食べる?」


 い、息が切れて、何も言えない。

 ルシアの屈託のない笑顔は眩しかった。


 僕はルシアの頬っぺたを無言で引っ張った。


「い、痛い!」


 ルシアが抗議するけど、これくらいで済んで良かったんだ。

 本当に、心配したのに。


 ルシアの澄んだ瞳と頬っぺたを抑える仕草が可愛い。


 僕は思わずルシアにキスしていた。


「ユリウス……!」


 ルシアが驚いているけど、それ以上に僕が驚いていた。


 姉のユリアとして毎日会っていても、ずっとルシアに会いたかった。

 ちゃんと男の僕としてルシアに見て欲しい。

 ずっとそう思っていた。


「ユリウスも私が好きだったの!?」


 屈託ない笑顔で僕の腕に張り付いてくるルシア。

 しまった! 後悔しても、今更引き剥がせない。

 ルシアが頼んだ僕の朝食が来て、一緒に食べる。

 僕は無言で嬉しそうなルシアの声を聞いていた。


「ユリウスに会いたくて一人でリュミエールの街まで来たの! もっとずっと探さなきゃいけないと思ったのに、すぐに会えたの!」


 眩しい光と、声だけが僕の心に響いた。


 君が産まれてからずっとそうしていた気がする。


 君は僕たち家族の希望の光だったから——。



 ——僕の母のエレノアが、アストルフォ王に望まれて側室になった時には、すでにお腹に僕がいた。


 アストルフォ王が、隣国の姫との政略結婚を受け入れる条件がエレノアを側室にする事だった。


 けれど、母エレノアにはずっと大切な恋人がいた。

 周りの大人達から側室になるよう強要されて、追い込まれたエレノアは恋人との子供がいれば諦めてくれると信じた。


 しかし、アストルフォ王は子供ごとエレノアを側室にする。


 側室になったエレノアは、恋人との子供を、正妃のマリアンヌよりも先にアストルフォ王の子を身籠ったとされて、子供の命を狙われた。


 何としても恋人との子供を守りたいエレノアの精神は擦り減っていった。


「エレノア、大丈夫か?」


 アストルフォ王はエレノアを優しく見舞ったけれど、エレノアは冷たかった。


「私よりもマリアンヌ様のところに行ってください! マリアンヌ様に子が生まれなければ、私とこの子は狙われ続けます!」


 犯人がマリアンヌだと分かっても和平の使者として嫁いできたマリアンヌを罰することなどできない。


 正妃の寝室に行かないアストルフォ王が全ての原因だった。


 産まれて来るのが男の子だったら、罰する事の出来ない正妃の狂気はどこに向かうのか?

 エレノアは恐怖で震えた。



 それでも、なんとかエレノアは出産する。


 産まれて来たのは男の子だった——。

 

 性別を聞いたエレノアは目の前が真っ暗になった。


 けれど、事前に男の子が産まれてきた場合を想定した対策通りに、男の子は女の子という事にされた。


 マリアンヌに子供が出来ないまま、暗殺に怯えた日々を過ごした。


 男の子は本当の名前をユリウスといったが、自分を女の子のユリアだと思って育つ。


 妹が産まれるまでは——。


◆◇◆


 僕は仕事がある。


 第一王女ユリアとして生きて来た僕も、大人になれば女装し続ける事なんて出来ない。

 王宮を離れて生きていかなければいけない。


 だから、学園に通い出してから冒険者ギルドで働いている。

 冒険者ギルドならこの国の外でも同じような仕事で食べていける。


 最初は簡単な街の雑用だったけど、今では街の外に現れた規格外のモンスターの討伐も出来るようになっていた。

 多分、僕が強くなれたのは実の父親の騎士の影響もあるのだろう。


 朝食を食べた後に、ルシアも一緒にギルドに行く。

 寮ではルシアがリュミエールの街に行ったと大騒ぎになっているから、いずれオーガストあたりが探しに来るだろう。


 オーガストは、騒ぎにきっとカッと頭に血が登っているだろう。


 ルシアは、ギルドの依頼が貼られた掲示板を興味深そうに見ている。


「ユリウスはどの仕事をしているのか? Cランク?」


 随分舐められてるな……。


「Sランクだよ……」


 最高クラスのランクを言うと、ルシアは涙眼になった。


「危ないわ……ユリウス。私も手伝う」


 ルシアの言い方に呆れてしまうが、実際にルシアの召喚獣が一番強い。

 Sランクのモンスターを倒した後に地形から変わっているって問題が残るにしても。



 ルシアと一緒だから、下位ランクの不人気で残っていた仕事を引き受けて待っているとオーガストが護衛を大勢引き連れてやって来た。


 オーガストが来た事がすぐにわかった。


 僕はここまで大袈裟になるなら連絡しておくべきだったと思いながらオーガストにルシアを渡す。


「オーガスト! ユリウスが私の恋人になってくれたの!」


 大声で言って嬉しそうにオーガストに抱きつくルシア。

 何もわかっていない。


「……恋人って……」

 

 オーガストが驚愕している。


 実の妹に向けオーガストの気持ちは知っていたが、もうオーガストには譲るつもりはなかった。


 オーガストと違って、僕とルシアは完全に血が繋がっていないのだから。



 それから、休日に護衛を連れたルシアとオーガストが僕に会いに来るという、歪な関係が出来上がった——。


 休日には三人で一緒にリュミエールの街のカフェで朝食を食べて、午前中に僕のギルドの依頼を確認した後に、午後まで三人で街を散策する。


「ユリウス、オーガストがいない方がいいわ。ユリウスといっぱいキスしたいのに」


 ルシアとはオーガストの目を盗んでしかキスできなかった。


 目を盗むと言っても、横にいるオーガストの一瞬の隙をついてで、すぐに気づかれてしまう。


「やめろ! ユリウス!」


 そう言って、ルシアはオーガストの腕の中に捉えられる。

 僕はムッとしながら、オーガストにならルシアを任せられると思っていた。


 性別を偽って王女をしている僕は、きっとこの王国に長くはいられない。


 僕はルシアの前で男でいられる幸せな時間を噛み締めた。


 ——6歳の時に、僕にくっついて来る3歳のルシアの身体が僕と違うことに気づいた。

 同じ女の子のはずなのに。

 ルシアの乳母に聞くと、僕が実は男の子なのだと聞かされた。


 絶対に知られてはいけない秘密だった——。

 

 リュミエールの街では、昼食の後に、僕はギルドの仕事に向かい、ルシアとオーガストは学園の寮に帰って行く。


 秘密のない時間。

 なのに、やっぱり僕がルシアの姉のユリアだという秘密は残っていた。




 ——ユリウスと恋人になってリュミエールの街で会うようになったある日。


 ユリウスがギルドの仕事をしているところを見ようと、リュミエールの街の外のモンスターの討伐依頼がある場所に行った。


 ユリウスは強かったけど、別の強いモンスターが現れて、私を庇ったオーガストが怪我してしまう。


「ルシア! オーガスト! 大丈夫か!?」


 ユリウスがすぐにそのモンスターも倒してくれたけど、オーガストは苦しそうで、私は護衛と男子寮のオーガストの部屋まですぐに戻った。


 オーガストのケガは見た目ほど酷くはなくて、寮の部屋ではいつも通りだった。


 私はホッとして女子寮に帰った。

 この時に女子が男子寮に入るのはかなりの特例だったらしい。

 私もオーガストも王族だから出来たことだと思う。

 それで、私は男子寮の間取りが女子寮とは全く違うので、驚いて帰った。


 ユリウスがオルゴールを見つけてくれた時に、男子寮と女子寮は間取りが同じだと思ったから、すぐに見つけられたと言っていたのに。


「オーガストが怪我をしたと聞いたけど、大丈夫なの?」


 女子寮では姉に情報が伝わっていた。


「元気にしていたわ。明日からの授業にも出られると思う」


 伝えると姉はホッとしていた。




 ——そして、またある日。


 昼食を食べてユリウスと別れて、オーガストと一緒にリュミエールの街のお店のノスタルジアに行った。

 お姉様が私へのプレゼントを買ってくれた場所だ。


 何となく察していた通り、ノスタルジアは高級な品物ばかりを扱う店だった。


 私が姉から貰ったものと同じオルゴールは、思った以上に精巧な高級品で、店の人はオルゴールの購入者のことを全員覚えていた。


 学生の女の子が買った事はないけど、ギルドの冒険者風の男の子には売ったそうだった。


 お姉様はどうやってオルゴールを手に入れたの?




 ——ずっと不思議に思っていた事があった。

 私が言っても、ユリウスは姉に会おうとしないし、姉も、私とオーガストと一緒にリュミエールの街に行ってくれなくなった。

 まるで二人がお互い示し合わせたように、会おうとしなかった。


 ——流石の私も気づいた。


 オーガストはもっと早くに気付いていたらしい。



 ユリウスに聞こうか、姉のユリアに聞こうか、迷っているうちに、王宮から知らせが届く。


 王と正妃、側室が毒に倒れたと言う。


 捕まったのは私の母で、復讐が叶ったのだった——。


◆◇◆


「お母様、お父様……!」


 私は学園から王宮へ帰る馬車の中で泣いていた。


「大丈夫よ、きっと助かるわ」


 そう言って抱きしめてくれる姉の身体も震えている。


「ユリウス……」


 私がつぶやくと姉はビクッと震えた。


 私はそのまま姉に……ユリウスに抱かれて泣き続けた。


 一緒に馬車に乗っていたオーガストも辛そうな顔をしていた。




 王宮に着くと建物も庭も、以前に学園から休暇で戻ってきた時と変わらなかった。


 ただ、使用人達の顔が暗く沈んでいた。

 でも、王は回復して、王妃も側室も命には別状がないと知らされる。


 ホッとして足元が崩れそうになった私を姉が支えてくれる。

 可憐な外見とは違って、姉はとても力強くて、やっぱりユリウスなんだと思った。


「ここではユリアだよ、ルシア」


 姉——ユリウスが私の耳元で囁く。


 ドキッとした。

 抱きしめられた身体が締め付けられるみたい。

 姉がユリウスだと確信してたけど、本人に認められたらもう姉だと思えない。


 私はユリウスを切なく見つめる。

 ユリウスは困ったように微笑んだ。


 ただ、今はそんな状況じゃなかった。

 オーガストも複雑な顔で呆れている。


「王子様、王女様。アストルフォ王がお呼びです」


 私達は王の部屋に入った。


 そこで私は、自分の母親について知らなかった事実を知らされた。




 ——それは過去の王宮での出来事。


 エレノアの子が生まれてから二年後に、マリアンヌが懐妊して、暗殺の恐怖は一時的に去った。


 しかし、マリアンヌの子が、王女ならまた暗殺の脅威に晒される。


 エレノアは神に祈り、マリアンヌの妊娠中に良いとされるものはなんでも贈った。

 アストルフォ王よりエレノアの方が熱心にマリアンヌを見舞っていた。


 エレノアの心の中はいつも嵐が吹いている。

 憎い女の為の笑顔を作って心にもない言葉を吐く。

 ただ、可愛い2歳の子の姿を見ていると、何でも出来る気がした。


 本人は可愛い我が子の姿に微笑んだと思ったのだろう。


 でも、その時のエレノアの顔が常軌を逸していた。

 眉間に皺がより、鋭い目が、過去の彼女と子供を苦しめた人への憎悪で歪んでいた。


 側にいたメイドが声をかけた。


「エレノア様、もう正妃様は安定期です。後は待っていても生まれてきますよ。どうかおやすみ下さい」


 エレノアはメイドのお腹をさすった。

 こっちの命も大事だった。


 アストルフォ王を拒否したエレノアの代わりを務めたメイドはアストルフォ王の子を宿していた。


 召喚獣を操る王の血は繋がなくていけないから。


 でも、男の子ではありませんように。


 ——そして、正妃に男の子が産まれて、エレノアはやっと正気に戻る。


 その頃にちょうどメイドが女の子を産んで、ルシアと名付けられた。

 ルシアはエレノアの子として育てられる事になる。


 こうして、オルフェリア王国のアストルフォ王の子供たち。

 長女のユリア、長男のオーガスト、次女のルシア。

 三人がそろった。


 過去の事など知らずに私たち三人は仲良く一緒に育った。

 少なくとも、私、ルシアだけは、上の兄弟の感情的な争いとは無縁だった。


 そして、メイドで乳母になった本当の母の悲しみも知る事はなかった。


 使命感に溢れて私を産んだメイドだった母には恋人がいたのだった。

 二人は話し合って納得してアストルフォ王の子を産むことを決めたはずだった。


 けれど、王女の乳母になって自分の子じゃない我が子の世話をする彼女に、恋人の心が離れて行った。


 乳母の恋人は、彼女と同じくエレノアの近くで仕える使用人だった…

 王宮の事情に詳しいからこそ、乳母がアストルフォ王の子を産むことに納得し、近くで見ているからこそ心が離れて行く。


 結局、恋人は別の女性と結婚した。

 乳母は仕方ないと祝福して、その後も同じエレノアに近い使用人として一緒に過ごした。


 ただ、実際には乳母の心も壊れて行った。


 実の娘のルシアが側にいてくれることで保てていた心のバランスが、娘が学園に行って離れたことで崩れたのだった。




 父に呼び戻された私は親達の真実を知らされた。


 まさか、私の母がいつも面倒をみてくれた乳母だったなんて。

 姉がユリウスだった謎は解けたけど。


 姉のユリアと兄のオーガストと、全員が血のつながりがないなんて……!


「オーガストもだったの……?」

「君もか……」


 3人が三様に驚いた。


「私のせいだ。ルシアの母の事など何も考えていなかった……。私自身が、王の使命だと政略結婚を押し付けられて、理不尽に耐えていたのに。耐えている事で我儘が許されると思っていた……」


 アストルフォ王はとても憔悴しきった様子だった。


「歪みは正さなければいけないな」


 でも、力強くそう言った。



 まず、今回の毒殺未遂事件は、それぞれ別の理由で起こった事が同日だったために「毒では?」と憶測が広がったという事にされた。


 そして、王妃とは隣国の関係で離縁する事が出来ない。

 オーガストがアストルフォ王の子ではないと言うことも知られてはいけなかった。


 一方で、王は側室のエレノアとの離縁を発表する。


 姉が、側室になる前の恋人の子だったと言うことがわかり、私もその恋人との子だとされた。

 不義密通を働いた側室のエレノアとその子どもの王女達は王宮を追放される。


 エレノアは自分を待っていてくれた、辺境を守る恋人の騎士の元に戻って結婚した。

 姉は本当の父親の子供とされたが、性別を偽った理由が正妃にあると言うことは公表できるわけもなく、公に公表された性別を戻すことは出来なかった。

 私も騎士の子ということになり、騎士に一度会うが、母——エレノアととてもお似合いだった。


 乳母だった私の母は一時は牢に入れられたが、王によりすぐに出されて、離宮で保護された。

 オーガストが学園を卒業する頃に、アストルフォ王は王位をオーガストに譲って、私の母と一緒に離宮で過ごすと言う。


 私が母に会いに行くと、毒殺未遂事件の事を深く謝っていたけど、謝るのは私だった。

「ずっとお母様だって気づかずにごめんなさい!」

 お母様は、ただ涙を流して抱きしめてくれた。


 アストルフォ王と乳母だったお母様が並んでいるところも見たけど、お母様がただただ恐縮していた。

 いつか、仲の良い私のお父様とお母様になってくれるだろうか?


 そして、追放されたけど、王家の血を継いで召喚獣を操れるのは私だけだ。


 だから、私は王妃にならなければいけなかった。


 歪みを正しても歪みが残る。


 オーガストのたっての希望と言う事で、かつての妹の私がオーガスト王の正妃になる事が決まっていた。


◆◇◆


 私たちは学園に戻ったけど、私と姉は王女ではなくなっていた。


 姉は不義の子として遠巻きに見られたが、もうすぐ卒業で、本当はSランクの冒険者のユリウスだから、気にしていなかった。


 私も姉と立場は同じだけど、次期国王のオーガストの婚約者として一目置かれていた。


 私の召喚獣を見てしまった生徒がいたが、入学初日の女の子たちだけだったから、王の子だと信じていたから、ただの幻影魔法を王家の血による召喚魔法だと勘違いしていたという事で納得させた。

 召喚獣が居なくても、取り巻きたちは私に逆らう気がないらしい。



 学園の廊下でオーガストにキスされた。


 王女だった時と同じようにオーガストとは手をつないでるけど、キスなんてした事がないのに……。


「なんで……?」

「婚約者なんだから、いいだろう」


 私が聞くとオーガストは冷たく答える。


「オーガスト……」


 目の前にお姉様——ユリウスがいた。


 お姉様はオーガストを睨むように見ていたかと思ったら、すぐに表情が柔らかくなった。


「オーガスト、いくら婚約者になったからと言って学園の中では慎んで」

「あなたに言われる筋合いはない」


 二人は今にも喧嘩しそうだった。


 二人とも、自分は血が繋がってないけど、相手は私と血が繋がっていると思っていたらしい。


「オーガストは私と結婚しなきゃいけないけど、私を好きなわけじゃないでしょう? 今も、私がユリウスを好きでいちゃダメなの?」


 私の問いに、オーガストの目が泳いだ。


「……ルシア……」


 オーガストが悔しそうに唇を噛んだ。


「……俺が王位を継ぐまで……この学園を俺とルシアが卒業するまでだ……」


 私は嬉しくてオーガストに抱きついた。


 オーガストもユリウスも複雑な表情をしていた事に、私は気づかなかった。



 それから、ユリウスが学園を卒業する日までは、休日にリュミエールの街で3人で会う関係が続いた。


 でも、ユリウスはオーガストの目を盗んで私にキスする事はなくなった。


「あなたはオーガストの婚約者だから」


 お姉様みたいな口調で言う。


 私はオーガストの婚約者だけど、ユリウスが大好きなのに……。



「……ユリウスは私のことを好きじゃないの?」


 学園の女子寮のお姉様の部屋で、私はお姉様の姿をしたユリウスに聞いていた。


「……ここに来たらダメだよ、ルシア」


 ユリウスは私を追い返そうとした。


「私は3年後にはオーガストと結婚しなくちゃいけないのよ。あなたの事が大好きなのに!」


 ユリウスは困ったような顔をした。


「オーガストは君が好きなんだよ、ルシア」


「そんなの関係ない! ユリウスは私の事はどうでもいいの?」


 本当ならユリウスと結婚したかったけど、ユリウスは公的に女の子で、同じエレノアの子だった。

 そして、正妃の子を王位につけなければいけないのに、王の血も残す必要があるから、私は絶対にオーガストと結婚しなければならない。


「親の歪みを正すために犠牲になるのに、今だけでも好きな人と一緒にいたいだけなの。ユリウスはそんな願いも叶えてくれないの?」


 ユリウスは悩んでいるように沈黙した。



 どれくらい経っただろうか。


「僕は、自分が苦しかったんだ……。必ず、別れなきゃいけないのに、ルシアとの思い出が積み上がって行くから」


 私は、その思い出が欲しいのに。


「ルシアが、そうしたいなら、僕はルシアと今だけ一緒にいるよ。後で、どんなに辛くなっても……」


 ユリウスが抱きしめてくれた。

 初めての人はユリウスだったの。


 ——私が学園を卒業するまでの三年間。

 ユリウスとの、幸せな時間が続くと思っていた。


 けれど、ユリウスは、学園の卒業と共に消えてしまった——。


 私には、オルゴールだけが残った



 三年生になった私は、教室でオルゴールを聞いていた。

 オーガストが来た。


「ユリウスに貰った、細工のしてあるオルゴールか。綺麗な音色だな」

 

 オーガストは私に優しい。


「……細工って……?」


「ノスタルジアで見ただろう。隠し扉があって、大事な物をしまっておける」


 オーガストはオルゴールを私から取ると隠し扉を開けた。


 ヒラリと一枚の紙切れが落ちてきた。


「……手紙……? ユリウスが入れたのか?」


 お姉様に貰った日、ユリウスが捨てられていたのを見つけてくれてから、私以外に誰にも触らせていないオルゴール。


 手紙を入れたとしたら、私に贈られる前だ。


 私が学園に入学する前にユリウスが書いた手紙だ。


 ——ルシアへ。


 きっと君はこの手紙を見つける事はないと思います。

 もし見つけても僕がいなくなってからだと思う。

 僕は冒険者になってこの国を出て行くけど、これは君が教えてくれた事でした。

 僕は男なのに女として生きなければいけない運命を呪っていました。

 でも、君が生まれて、すっかり僕を信じて、姉を大好きになってくれた。

 君がいたから、悲観するだけじゃない目標ができました。

 もし、別の国で男として活躍している僕の噂を聞いたら、僕が君にどれだけ感謝しているか思い出してください——。


「……ユリウス」


 感謝より、そばにいて欲しかった……。

 手紙には続きがあった。


 ——でも、


 僕は、ずっと君と一緒にいたかった。


 君を愛しています。


 ユリウスより——


「……っ!」


 私は涙が止まらなくなった。


 ユリウスは、私が知るよりずっと前から、この想いを抱えていたんだ。


 ずっと、私を愛してくれていた——!

 

 泣き続ける私の横に、オーガストがずっといてくれた。


◆◇◆


 ユリウスがいなくなって2年が過ぎた。


 五年生になった俺とルシアも、もうすぐ卒業だ。


 ルシアはユリウスがいなくなってからずっと口数が少なくなって、たまに一人でユリウスからの手紙を読んでいる。

 にこりと微笑んでいたかと思ったら、気づいたら泣いている。


 俺はただそばにいるだけしか出来ない。


 休日にルシアをリュミエールの街に誘うと、ただ楽しそうに笑うけど、気づくとユリウスの影を探しているようだった。


 俺はルシアと手をつないで一緒にいる。

 ただ、置いて行かれないように。


 いつか、俺を見てくれる、そんな日を夢見て——。



「オーガスト、キスして」

 卒業式の直前にルシアが言った。


 俺は手をつないだままルシアにキスする。

 ルシアが俺を見てにこりと笑った。


 やっと俺の気持ちがルシアに通じた。


 俺は卒業してからの結婚式が待ちきれなくて、リュミエールの街の高級なホテルでルシアを愛し尽くした。


 ルシアはユリウスと済ませていたはずだけど、俺との事もとても喜んでくれた。


「私、たくさん、オーガストの子供を産むからね」


 俺に抱きついてルシアが言う。


「そしたら、ユリウスのところに行ってもいいよね」


 ルシアの言葉に至福の時間が凍った。




 ——子供の頃を思い出す。

 まだ、自分が王の子だと信じていた頃。


 アストルフォ王の子は三人いるのに、俺はいつも一人だった。

 

 王宮の庭には三人の子供たちの声がいつもこだましている。


 それを機嫌よく見つめるのは隣国の姫だった正妃マリアンヌ。

 陰から正妃の機嫌のいい姿に胸を撫で下ろすのが側室の第二王妃の母エレノアだった。

 ルシアの乳母も王妃と子供たちの様子をハラハラと見ている。


「オーガスト、やめて!」


 俺は、ルシアの顔に虫を近づけて涙目になっているのを笑って見てる。

 子供だったんだ。


「オーガスト、私の妹を虐めるのはやめてね」


 3歳上のユリアに言われたら、やめるしかない。

 少しドキドキした。


「お姉様!」


 そう言ってルシアがユリアに抱きつくのを羨ましく見ていた。

 優越感に微笑むルシアを、この時はまだ憎らしく思った。


 三人で遊んだ後に、いつも俺は一人で正妃の住居に帰って行く。


 ルシアとユリアが、手をつないで一緒に第二王妃の住居に帰るのと比べて、一人きりで夕日の中を歩くのは寂しかった。


 振り返って手を振ると、俺の影が二人の姉妹の方に伸びていた。

 思いっきり背伸びをして手を振っても、影は届かなかった。


「また明日ね! お兄様」


 ルシアの声が響いて、ユリアの微笑みが見えた。


 俺は二人と一緒にいたかった。




 ——結婚式が終わって、俺は王位を継いで、ルシアが妃になった。


 俺の母のマリアンヌは満足して、王都の別宅に引っ込み第二の人生を楽しんでいた。


 アストルフォ王とルシアの本当の母の乳母も、前に見た時より仲が良さそうで、離宮に引っ込んでいく後姿が幸せそうだ。


 側室だったエレノアは結婚式には出席は出来ないが、こっそりと祝いの品が届いて、再婚した騎士と幸せなのが分かった。



「オーガスト……」


 ルシアとは毎晩一緒だ。

 ただ、早く子供が欲しいルシアの希望は叶えられていない。


「きっと側室がいないとダメなんだ」


 俺の言葉にルシアが驚いていた。


「オーガストに側室がいても、子供は王家の子じゃないから、召喚獣の血は継げないわよ?」


「だから、側室を迎えないといけないのは君だろう」


「え?」


 ルシアが驚いていた。



 ——夫になったオーガストが私に側室が必要だと言う。


 それは、私の子なら父親が誰でも王家の血を引く事になるけど……。

 私の側室の子供は王の血を引いてないって思われるのに、実際は引いていることになって……オーガスト自身の出生の秘密がバレるワケで、そんな事は出来ない。


 でも、オーガストは側室を迎えてしまう。


 それは、オーガスト王自身の王妃として——。


 オーガスト王の美しい側室はすぐに王宮にやってきた。


 正妃の私はすぐに顔を見に行く。

 王の血を引く私がいるのに、側室なんて気に入らない。


 けど、一目見て側室を気に入ってしまう。


「ルシア……!」


 それは、追放されたはずの王女……私の姉だった。


「ユリウス……!」


 私とユリウスは抱き合った。


 オーガストが姉を側室にして、私たちを会わせてくれた!


 正妃の私は側室の部屋に入り浸る。


 かつて王妃と側室が激しく対立した国で、王妃と側室が離れられないくらいに仲良くなった理由が分かりましたか?



「オーガスト、私のことが好きだったの?」


 私はオーガストに聞いていた。


「当たり前だろう。そうじゃなきゃ血も繋がってないのに王になんてならない」


 私はオーガストは義務感で私と結婚するんだと思っていた。


「私もオーガストのことは、ずっと大好きよ。ただ……」


「いいんだ」


 オーガストが私の言葉を遮った。


「俺はきっと、お前たち二人を愛してるから、ルシアも俺を愛してるならそれでいいんだ」


「……うん、愛してるわ、オーガスト!」


 私とオーガストが抱き合っているところをユリウスに見られた。


 ユリウスが私たち二人を抱きしめてくれた。


「僕を王宮に連れ戻してくれてありがとう、オーガスト」

「戻って来てくれて嬉しいよ、ユリウス」


 オルフェリア王国のアストルフォ王の三人の子供たちは、今日も仲が良かった。


 その後に生まれた5人の子供は、みんな召喚獣を血に宿して分け隔てなく愛されて育つ。


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