㉘ 残酷な“感情”
「ゆ、ゆーりん……?」
「アハッ!!…そうそう…そう呼んでよ!!これから!!」
奇妙な空気感が漂う。
そう言うと勇凛…いや、勇凛は、おれの目をジッと見つめて言った。
「茅蒔……さっきキミの手を握った時、感じたよ…。キミは…」
「き、キミは……?」
「オレの…『勇者』になってくれる。って…!!」
「は、は…?」
意図がわからない。
動揺が隠せない…冷たい汗が流れる。
なに?世界休めに気付いたことじゃない…??
いや、そんなことよりも…
『勇者』…勇者ってなんだ??あの勇者のことを言ってるのか…?
『我が身可愛さ』は“反応”しない。
敵意はないようだけど…逆にそれが気持ち悪かった。
「キミはかなり勇者の素質に近い幽気を持っている…。とても唆られる…流霊と言ってたね?タイムリミットがある筈だ。でも、キミは…なんだかんだで生き延びているだろうね…そう感じさせる存在感がキミには有る…。」
「ゆーりん…どうした?なんかコーフンしてないか?」
「キミの“勇姿”が見たい……!!ソレだけだよ!!」
「えと…悪いけど!!おれさ〜ちょっと用事があるっていうか…そのタイムリミットも迫ってきてるのもあるんだけど」
なんか…ヤバいな。さらに呪文のように喋り続けてるぞ。
危険なカオリがしてきた…、目もさっきよりキラキラしてるし…
「茅蒔、キミが探してる人…どんな人だい?未来の勇者のパーティーになる人間だ。ちょっと顔見たくてさ
?」
「どんな人って…巫女さんだよ…?フツーの…」
「…………え?巫女?……」
“巫女” その言葉を聞いた瞬間、ゆーりんの顔付きが変わった。瞳からもキラキラが消えた。
「巫女……巫女だってェ…?茅蒔…」
「え、どうした?!」
「……巫女は“敵”だ…■■■す……。」
その瞬間───凄まじい重圧の幽気が勇凛を覆った…いや、放出した…!?
最後の言葉が聞き取れなかった。
酷い不協和音みたいな…ノイズのような声…。
この幽気の質…不快感…コレールに似ている…。
いや、それ以上だ…!!!
周りの人たちも一斉にその“ヤバさ”に気付いたようだ。
巫女…敵…まさか…
『我が身可愛さ』が剣を抜いた───
…殺意を抱いている…
「チマキィ……残念だよ…まさか、巫女とツルんでるだなんて…」
「お、おい勇凛!?どうしちゃったんだよ!?」
「“その名”でもう呼ぶなッッ!!!…。教えてあげる…オレはね、───コンプレックス…なんだよ。残念だ…チマキ…。」
『コンプレックス』───
その言葉を聞いた人達は皆、血の気が引いたような表情になった。
あれだけの人混みがパニックで逃げ惑う図になってしまった。
そんな、ドス黒い幽気の渦の中、数人…5人の人間が──立ち塞がるように勇凛の目の前に立ち止まった。
その辺の霊とは違う服装…というか武装?屈強で、すんごくコワい顔の人たちだ…。
自信満々だ…
「オイ、オマエ コンプレックスなんだって?冗談キツイぜ」
「小僧、コンプレックス狩りのプロの前でそんなホラ吹くと痛い目見るぜ?」
「おいおいでもよ〜この幽気からしてマジなんじゃねーかぁ?」
「でも見た目ガキですぞ?」
「いーこと思いついた!コイツ ブチ殺して教会持ってけば一瞬で稼げるぜ?」
予想通り、5人は勇凛にケンカを売り始めた。
駄目だ。初対面だけど理解できる。
…この人達じゃ勝てない。
それほどに、勇凛の底が見えない幽気がそれを物語っている。
そんなことを考えていた時だった───
5人の内の一番背が高く、体格も良いリーダー格のような霊が、“ふたつ”になった。
「オオオッッ……!?アッ……なんだ…視界が…低くなった……??」
「キミが低くなったんだよ?さて、あと4人…どうする?」
「勇凛……!?おま…おまえ……ウッ……おええええええ……!!!」
人間が目の前で切断された……。
ヤバい…ヤバイヤバイヤバイ…!!!!!!
コイツ……狂ってる…!!
吐いてるヒマない!!ここから逃げなくちゃ…
無意識にカラダが動き始めた…。
『我が身可愛さ』がおれを立ち上がらせようと頑張っていた───
おれの抜けた腰を引っ張り、後退りで剣を構えている。
口元や服をゲロまみれにして、プルプルと防御姿勢をとるおれを見て勇凛は少し驚いた顔をして喋りかけてきた。
「ウブだね〜チマキ。こういう経験なかったんだ?じゃあ、あと4回分あるからさ…練習練習!吐かないようにね!」
勇凛はその倒れた霊に蹴りでトドメを刺すと、仲間であろうひとりが叫びながらその場から逃げ出した。
「う、うわぁあああああああ!!!!!」
「あ〜あ〜……シラケるなぁ…」
「ユーリ!!!なんで…こんなヒドイことするんだ!!!!!!…ウッ………うぇ…ハァ…ハァ…」
「チマキはそこで見てな?面白いことするからさ。」
ユーリは不気味な屈託の無い笑顔を見せると、背を向け逃げる霊に意外すぎる言葉を投げた。
「がんばれッッ!!」
え?……は?なに、言っ…てんだ?
しかし、逃げ叫んでいた仲間の男はピタッと、声も足も止めた。
「───……確かに…オレなら…勝てるかも……」
「…ハッ!??おいおい!!!早く逃げろって!?なんで引き返してんの!!??」
さっきまで身体をガクガクさせ逃げ叫んでいた男は、ゆっくり──徐々に、勇凛の元に歩いてきた…
何が起こってんだ……???
もしかして…本当に倒せるのか?
コンプレックス狩りとやらのプロって言ってたし…いやでも……なにか…違和感だ…
その男は自分に言い聞かせるように、自分を励まし続けている。
「オマエはガキだ…しかし容姿に惑わされるオレじゃない…“強さ”とは無関係だからな…何匹もそんなコンプレックスを見てきた……!!だが、…おれはまだ能力を見せていない…勝機はある……!!もう恐れない…オマエを倒すッッ───!!!」
「ステレオ能力…!!もしかして…本当に…!!」
男は目を輝かせている──
まるでプロの血が騒いでるかのような…熱に帯びた幽気を纏った。
自信に満ちた、一歩一歩。
ついに勇凛の数メートル前に戻ってきた。
「コンプレックス……悪いな…もうこのテリトリーまでくれば詰みだ!!!」
一気にカタをつける気だ!!
男は幽気で立体化した“槍”を勇凛に目掛けてなげ───
──────ブジュ………グボッ…
「ハイ…!体験版はココまで!!楽しかった?」
「………なっ…」
男はそのまま自分の槍を一瞬で心臓に貫き返されていた……
一瞬でふたりが無に帰った…
な…なんだ…なんだ勇凛のこの力…!?
“能力”………か?単なるスピードか…??
混乱するおれに勇凛は見透かしたような目で話しかけてきた。
「チマキ…コレはね?ステレオ能力なんかじゃないぜ?オレの…『存在力』だよ。そこに居るだけで、そうなっちゃう力。…ま、そんなモンまだ知らないと思うけどね!」
「『存在力』……オマエの固定観念…の力か…。」
「フクククク…ふ〜ん…判るんだ?いいよ、教えたげる。オレの存在力の名は『主役』。…その名の通り相手を主人公にする…───という錯覚を起こさせる。」
そうか
それで、あの男は自信満々で引き返したのか。
勝てる見込みがない強大な相手に…
“自分なら勝てる”
恐怖を塗り潰す力……感情…
理解したぞ。
おまえの心を……おまえは───
「──“勇気”のコンプレックス……!!」
「はっはーん!あーたーり……♡」




