㉑ “忠誠心”について
コレールの作り出した呪いの陣の中に、再び引きずり込まれてしまったおれとヒューク。ボロボロのヒュークはなす術もなく、おれと共に「強制心中」の罠に掛かってしまった。その様子を風月と水月さんが歯がゆそうに見守っている。
静かに、チャンスを待つように。
「水月…私は隙を見てあの信徒を拘束する。能力が解除されたら──
水を差すように、コレールが冷たい声で「提案」してきた。
「おっと…僕への攻撃はやめたほうがいい。バズーカ様の信徒である僕は、彼女に『斬゛雷』を貸与されていますからね。少しでも僕の機嫌を損ねれば、茅蒔くんに発動します。この帯電斬撃はね、使用者の“怒り”を吸って殺傷力を増幅させる…守護霊クラスの貴方なら、賢明な判断ができますよね?」
コレールは淡々と二人を脅しはじめた。
おれはともかく、二人もヒュークも道連れになってしまうな。それだけは避けなきゃ。
でも、これで二人は動けなくなっちゃった。バズーカ…そんなにすごいやつなのかな?
「バ、バズーカ? お姉ちゃん…バズーカってまさか…」
「…“憤怒”のコンプレックス。 世界休めと同じ『六幻』の一柱だ…」
「ハッ…同じ…? 彼が『六幻』…? 過去の話ですね。人間に封印されるとは…まあ流石は“怠惰”ということか…。くだらない。 それとも、バズーカ様を…侮辱しているのか?」
え、なに?タランチュラ…?タブ…え?
また聞いたことのない言葉だ。ただでさえ頭が痛いのに。セカキューの親戚みたいなやつか…?やっぱりあいつすごいやつなんだなあ…あとで風月に詳しく聞かないと!
それより、今の問題は目の前のこいつだ!こいつを怒らせるとヤバい。どーやら怒りに比例してあのギラとかいう雷の威力も上がるらしい…幽気ってのそういう性質もあるのか…。
けれど後ろには、こいつに支配されておれを狙い続けるボロボロのヒュークがいる。
どうすればいい…このめちゃくちゃな状況を…
「ヴォ…アア……コレー……ル……さ……ま……」
「ヒューク!おまえ…なんであんなヤツの言いなりになってんだよ!」
ヒュークは幽気を振り絞るような声で初めて本音を語ってくれた。
「服従……遵守こそ……。ガハッ、……ハァ……ハァ……。我が……生きる糧……」
そこまでして従うのか… 死にそうなのに?
……いや、違う。
こいつは「生きたい」んだ…
「茅蒔くん? 君の方にも条件だ。君が少しでも反抗すれば、即座にあの巫女たちに『斬゛雷』を落とす。 …どうだい? 残りわずかの命でもスリルが出てきただろう! そのカスの様な流霊の命でもね!」
「…救いようのない霊だね」
「茅蒔くん……!!!」
その時だ、水月さんが何かを思い詰めたようにコレールに言い放った。
「コレール!!わたしに…『斬゛雷』を向けなさい!!」
「…!? 馬鹿ッ!!挑発するな水月!!」
水月さんが声を荒らげて叫んでる。おれのために、おれなんかのために。
…でも、もう少しだけおれにやらせてくれないかな。
ちょっと、わかった気がするんだ。
「おれなら、大丈夫……!!」
「バカ!なに言ってるの!!??」
ヒュークがおれに飛び掛かる。
操られている大きい瞳は殺意で満ちている。でも死んでたまるか。
「オオオオオ……!!!!!!」
──《ブジュッッ》
おれの肉を貫く鈍い衝撃が走った。死んでいるはずなのに…やっぱり痛い…!!
けれど、ヒュークの鋭い爪がおれの急所…心臓じゃなく、その少し上を物凄い力で貫いた。
『我が身可愛さ』が頑張って作ってくれた蔓状の髪のおかげで、即死だけは免れた。信じてたよ。
「なあ…ヒューク」
「……!!!?貴様……なぜ防御しない?なぜ……避けなかった……!?」
「その必要がないからだよ。なぜなら──
理解したぞヒューク。
「──『忠誠心』……だろ? 君の心の形」
ヒュークが正気の目に戻った。どうやら、支配される恐怖よりも驚きが上回ったみたいだ。
「…童子よ。 言い当てよったか……」
やっぱり。
忠誠心か。芯があるような言葉だけど、憑く相手によっては「光」にも「闇」にもなっちゃう。ある意味、依存に近い…呪いのような感情だ。
ヒュークの言葉や仕草から、ずっとそれが透けて見えていたんだ。
「……しかし、なぜだ?なぜ……!?その身をわざわざ犠牲にした……!?」
「この方が直接、セカキュー…えと、世界休めの幽気を流せるからだよ。君を元に戻せるかもって…強引だけど、やり方は合ってたみたいだね。はは……」
「……一歩間違えば、貴様、死んでいたぞ」
「おれバカだからなあ…これしか、わかんなかった!」
「……… ………」
自分で言うのもなんだけど、おれの異常な行動に言葉を失うヒュークに、おれは激痛に耐えながらなるべく頑張って話し続けた。
「君と戦って…風月の言葉を聞いて確信したよ。君、かなり弱くなってるでしょ…?今日初めて会ったけどさ、なんか分かるんだ。 理由は…コレールへの忠誠が薄れていってるから?それとも…バズーカってやつが…怖いから?」
ヒュークは少し空を見上げたあと、やっと静かに口を開いた。
「……フッ、童子よ…いや、チマキ。すべてお見通しか。もう、耐え難いのだ…。お前のような罪なき童子を…手に掛けるのが……。今のワタシは…コレールへの『憎悪』と…バズーカ様への『恐怖』が合わさっているようだ…」
おれは孤独のコンプレックスとの最後を思い出した。
“自身の『固定観念』に背くコンプレックスは消滅してしまう”
ヒュークも同じ末路を辿ろうとしているのが、もう分かる。
「戦士としての誇り…そんな綺麗なものではない…ワタシの完全な“私情”だ。ククク…どうやらチマキ…先に消えるのは…ワタシの方だったらしい……。本当に…情けない人生だった……」
「情けなくないよ」
「……優しいのだな、お前は」
ヒュークが初めて笑ってくれた気がする。今にも消えそうなのに、満足そうに。 最後の最後に、褒めないでよな…本当にお別れみたいじゃんか。
「別に優しくないし、おれにはね?“怠惰”という名の罪も搭載されているんだ! …だからね、後ろめたく思わないでよ」
「……フッ…“優しくない”…か…それは本当に優しさを…持ったやつが言う言葉よ…嘘つきめ…」
………。
ヒュークの過去のことは知らないけど、おれにとって…おまえはイイやつだ。間違いなくね。
だけど…もう、足に力が入らない…。おれは頑張って立っていたけどもう限界みたいだ…身体がふらふらする…血も出しすぎたみたい…倒れる…
───……!!
崩れ落ちそうになった体をヒュークは、敵意を捨てた大きな腕で優しく受け止めてくれた。自分だってボロボロのくせに…
……───よし、賭けだ。
「なあ…ヒューク? コレールへの『忠誠心』をさ… ──おれに…代えない?」
「……なっ…!!…何を言っているか…理解しているのか!?…バズーカ様が黙っていないぞ……!!それに…ワタシは貴様を裏切るやも…────
「君はおれを裏切らないよ」
「……ぐ… ほ…本気か……チマキ…!?」
自分でも、もう何を言ってるか分かんないや。小さな頭をフル回転させてこれだ。
でも、みんなを助けたい。ヒューク、おまえも…
「茅蒔、お前…」
「…茅蒔くん…!?」
「ごめん二人とも。おれのワガママ、ダメかな?…でも、信じてほしい」
あとは頼むよ、ヒューク。敵にこんなこと頼むなんておかしいよね。
でも、おまえのことは、なんだか信じられるんだよ。
「茅蒔くん…困るねぇ!!悪質な勧誘はァ!!!いまので…僕の不快感は絶頂だよ!!!!」
コレールの姿が、黒い光を放って轟き始める。
これがおれの…最後の悪あがきだ…!!
「───『斬゛雷』……ッッ!!!さようなら…醜く、汚らわしい、カビのような存在よ!!二度と栄えんなよぉおお!!!!」
「────ヒューク!!!!!」
「……!!! ……良かろう!! 貴様の『心』、理解した……ッッ!!!」
夜空を真っ二つに引き裂くような、凄まじい轟音が響き渡った。




