⑬ てのひら…?/遊ぶ?
《───ボゴッッッ……!!!》
《 ッッドォオオオンンンン………》
脳内をかき回すような凄まじい衝撃音が頭の中に響き渡る。
おれの小さな身体は空を駆けるように吹っ飛び、岩壁へと炸裂していた。
「茅蒔くんッッ!!!!?」
「あのバカ…死んでないだろうな…!!茅蒔!!」
風月と水月ねーちゃんの悲鳴のような怒号が遠くに聞こえる。
瓦礫の山に深くめり込んだおれは、ゆっくりと目を開けた。全身に走る鈍い痛み。だけど、致命傷は免れていた。危機一髪の瞬間、ステレオ能力『我が身可愛さ』が突進をガードし、さらにはおれの髪の毛を極厚のクッションへと変え、壁との激突を和らげてくれていた。どうやらこの髪の毛、守ることに関してはスペシャリストのようだ。
「…おぉ〜……!!なんとか生きてる!!」
能力の恩恵に感謝しながら、おれは瓦礫から這い出るように再び立ち上がった。視界の先には、なおもこちらを凝視する「影」があった。
「茅蒔くん!!!??大丈夫!!!??」
「う……ん!なんとかね!」
「能力に助けられたな…気を緩めるな!どうやらアイツはお前を狙ってるらしい!!」
風月の警告が飛ぶ。狙われているのは自分だけ。なんでか。その理由を探るべく、おれは恐怖を押し殺して正面からその怪物を直視した。
そこにいたのは、巨大な人間の「掌」のような姿をしたコンプレックスだった。だけど、親指に当たる部分は欠落しており、そこから不気味な煙が立ち上っている。そして掌の中央には涙を流す「顔」があった。
セカキューのような愛嬌のある火の玉とは程遠い、悪夢の中から這い出してきたような異形。
「キミ。ナカマ……?。イ??? イルノ??? ナゼコナイ????」
「えっと、敵…だよね?」
「キテキテキテキテキテキテキテシテ」
怪物の声が空気を震わせると同時に、再びあの巨体が弾丸となって迫る。
凄まじい質量攻撃。『我が身可愛さ』が辛うじておれを回避させ続けてくれるけど、おれの中の幽気は刻一刻と削られていく。しかし、翻弄される中でおれはある「違和感」を抱き始めていた。
何度も繰り返される突進。流される黒い涙。
この怪物が放っているのは、殺意ではないのではないか。
「茅蒔くん!今行くから!!」
「水月ねーちゃん大丈夫!!もうちょっとやらせて…!」
「──!? えっ!?……」
助けに入ろうとする水月ねーちゃんを制し、おれはあえて無防備に立ち止まった。そして、握りしめていた剣を足元に放り出した。これでいい。
「……!?茅蒔!?バカ!なぜ剣を捨てた!?殺されるぞ!!!」
風月の絶叫を背に、おれは泣きじゃくる掌の怪物を見つめた。
なぜ『我が身可愛さ』は、一度も反撃に転じなかったのか。なぜこの怪物は執拗に自分を追い回すのか。その答えは、多分こうだ。
「遊びたかったんだよね?」
その一言に、怪物の動きがピタリと止まった。
「…… ……オオ…… オ……ナマ……エ……ナ……ニ…… ……」
「おれは茅蒔! …遊ぶ?」
「…… !!! ウォウロォオオオロロ!!!」
怪物は、子どもが声を上げて泣きじゃくるように叫んだ。それは恐怖の咆哮ではなく、ようやく自分の言葉が届いたことへの、狂おしいほどの喜びの表現だった。
最初から、この怪物はただ「じゃれ合って」いただけのようだ。悪気も敵意も持たず、ただ孤独を埋める相手を求めて。
「なにする?鬼ごっこする? さっきみたいにさ!」
「ォォ……オニゴ…ッコ……シタイ……シタイシタイ!!!」
そこから、奇妙な時間が流れた。
夕焼けに染まる湖畔で十歳の子どもと巨大な掌の怪物が追いかけっこを繰り広げる。
巫女の姉妹は呆然としたまま、その光景を見守っている。その姿は子どもたちの遊びを見守る保護者のようでもあった。
「もう一時間は経ったね…お姉ちゃん」
「…ああ」
走り疲れ、地面にぐったりと横たわるコンプレックス。おれはその痛々しく欠けた親指の付け根に、そっと手を伸ばした。
「はっやいなあ!ホント… 立てる? ほら、手」
おれの小さな掌が、怪物の冷たい幽体に触れたその時だった。
《───ポワ……》
闇のようなコンプレックスの全身は、それまでのまがまがしさが嘘みたいに、透き通るような光で満ちあふれていた。




