前世魚で今人魚、泡になるのは御免なので隣国の王子と潮風に吹かれます☆
産まれたばかりのわたしは、泳ぐのが下手だった。
胸鰭がうまく動かせなくて、
「こりゃあ、すぐに鮫に食われて死んでしまうな」と
海の魔女のところに連れていかれた。
「ありゃ、人魚の身体に魚の心が入ってるよ。こりゃ、前世は鯡だったね」
魔女に言われて、それではじめて、自分にあるのは胸鰭じゃなくて腕だと知った。
自分が人魚だとわかってから、泳ぐのはぐんと上手くなった。
わたしは自分の髪と同じピンク色の珊瑚礁をねぐらに決めた。
人魚になってよかったこと。
身体が大きくなったから、大きな魚に狙われにくくなったこと。
ちょっとくらい水の外に出たって、身体が乾かなくなったこと。
そしてなにより、声が出せること。
月の出る夜に沖の岩礁で、皆で歌う音楽会は最高だ。
その日は急に海が時化てきて、残念ながら宴はお開き。
そしたら、見たこともないようなおっきな船が、波にあおられて岩礁にぶつかった。
おっきな船も、たくさんの人間も、そのままずぶずぶ沈んでいった。
わたしたちは肉は食べないけれど、肉を食べる小さな魚が増えるから、
それもいいねって眺めてた。
でも、ずぶずぶ沈む人間のひとりが、
あんまり綺麗で、
釦も靴も月光を浴びて、
きらきらひかるもんだから、
わたしはなんとなく、その人間を抱いて岸まで連れて行った。
海から出ると人間って、こんなに重いとは思わなかった。
なんとか岸にあげると、人間は
「きみは誰?」
って言ったんだ。
それからはずっと、あの海で助けた人間のことを考えてた。
きらきら釦の人間の目玉はもっときらきらで、見たこともないくらい綺麗な顔をしていた。
それに、なにより、「きみはだれ?」って言ったんだ。
わかる?「きみはだれ?」だよ?!
人間って、言葉がしゃべれるんだ!
わたしはまたあのきらきらした人間に会えないかなって、何度も何度もあの岩礁に行った。
そうしたら海の魔女がやってきて、
「あの王子に恋をしたのかい?」って。
「恋ってなんだ?」
たずねると、海の魔女は、ふむ、と考えてから
「恋ってのはね、その男との小魚が欲しいってことさ」
と教えてくれた。
小魚のことはまだよくわからないけど、
わたしは王子と話してみたい。
陸地がどんなのか知りたい。
あの、ふたつに分かれたおかしな尾鰭で、どうやって暮らしているのか聞いてみたい。
海の魔女は、人間になれるっていう薬をくれた。
これを飲めば、尾鰭がふたつにわかれて、人間みたいになれるらしい。
でもその代わりに、一歩あるくごとに切られたように痛くて、血がいっぱい出るらしい。
声も出せなくなるらしい。
痛みというのは、人魚になって悪かったことの一つだ。
魚の時は、鱗をちょっとひっかけたくらい、なんでもなかったのに。
わたしは痛いのは嫌いだ。
それに、声が出なくなったら、どうやって王子と話せばいいんだろう?
わたしは決心がつかないまま、何度も岩礁に通い続けた。
その日、なんとも不思議な匂いに誘われて、わたしは岸にたどり着いた。
そこにはひとりの人間がいて、岩場から釣り糸を垂らしていた。
その人間は、髪も釦も真っ黒で、きらきらも、ぴかぴかもしてなかったけど……。
「ねえ」
人間はわたしをみて、牙のない口をあんぐり開けた。
わたしは人間が持っているものを指差して聞いた。
「それ、なにしてんの?」
人間は、串にさした魚を燃やしていた。
それが、ドキドキするくらいいい匂いをしていたんだ。
「にっ、……人魚」
「そうだよ。人間は、なんで魚を燃やすの」
きゅんきゅんする匂いに追い立てられて、わたしは答えをせっついた。
「あ……悪い。人魚にとっちゃ、海の仲間なんだよな」
「何言ってんの? 人魚と魚は仲間じゃないよ。それより、ねえ。せっかく新鮮な魚なのに、なんで食べないで燃やしちゃうの」
人間は、しばらく目玉をぱちくりしてから、ゆっくりと答えた。
「あー。人間は、あんまり生で魚を食べないんだ。焼いたり煮たりして食べる」
「えっ。なんで?」
わたしは魚をつかまえて、そのまま食べる以外の方法を知らなかった。
「その方が美味いからだ。……食うか?」
人間が串を差し出した。わたしの喉がごくりと鳴った。
わたしは串にささった、燃えた魚を受け取って、がぶりと嚙みついた。
目の前に、火花が、飛んだ。
魚の皮はぱりっとして、
あつあつの脂が迸った。
はらわたは、苦くて甘くてとろりと蕩けた。
わたしは、身悶えしながら瞬く間に食べきった。
2本目の串を受け取りながら、わたしは王子に会ったら聞こうと思っていた質問を矢継ぎ早に浴びせかけた。
きらきらしてないこの人間も、隣の国の王子らしい。
王子というものはいろんな国にたくさんいて、魚をくれた人間の名前はギヨーム。
人魚は一匹ずつに別の名前を付けたりなんかしない、って言ったら、ギヨームはわたしに名前をくれた。
わたしの名前はメルジーナ。
名前を持っている人魚は、この世でわたしだけ。
幾夜も幾夜も岸辺に行って、わたしはギヨームに焼いた魚をねだった。
ギヨームはいろんな話をしてくれた。
陸地ってどんなところなのか。
他の国には、どんな魚がいるのか。
それを、どんな風に食べるのか。
わたしもいろんな話をした。
海の中の暮らしのこと。
鯡だったときの記憶のこと。
人間になる薬のこと。
ギヨームは文字を教えてくれた。
もしいつか、本当に足が欲しくなっても、
わたしは言葉を失わない。
ギヨームはそろそろ自分の国に帰るらしい。
この国には、コーエキ? とかいうので来てただけで、
いつもいろんな国を巡るらしい。
もう、焼いた魚が食べられなくなる。
ギヨームは、火打石の使い方を教えてくれた。
わたしはきいた。
「ねえ、ギヨームの国は、どんな魚がおいしいの?」
わたしはギヨームについていくことにした。
ギヨームは、船におっきな玉網を取り付けて、わたしが乗れるようにしてくれた。
わたしはギヨームとたくさんの国を回った。
あったかい海、冷たい海。
丸い魚、細長い魚。カラフルな魚。
焼いたり、煮たり、ムニエルにしたり。
人魚のままじゃ陸地には上がれないけど、かわりにいろんな文字を覚えて、たくさんの物語を読んだ。
わたしの世界が広がった。
「ねえ、わたしが死んだら、ギヨームが食べてね」
わたしが言うと、ギヨームはギョッとした。
「下半分なら、いけると思うんだよね。おいしく焼いて食べて欲しい」
「……それを、俺はどんな顔で聞いたらいいんだ」
ギヨームは眉毛をハの字にした。
わたしも別に死にたいわけじゃないけど、海の世界で死は特別じゃない。
知らない鮫に食われるくらいなら、わたしはギヨームに食べて欲しい。
「わたし、前世は魚で、今は人魚でしよ。次は人間になれると思うんだよね」
生まれ変わったら人間になって、2本の足でギヨームの隣に立てる。
そういうのも、悪くないと思う。
でも、生きてるうちは、美味しいほうを選びたい。
わたしはギヨームと旅がしたい。
まだ見ぬ世界を求めて!




