第48話:『チョコミント』は、菓子に歯磨き粉を混入させたバグ食品ですか?
8月も後半。
お盆を過ぎても、日本の夏は手加減を知らない。
部活帰りの生徒や、買い物客でごった返すショッピングモール。
俺とアリスは、冷房の効いた館内を彷徨っていた。
「……カケル。外気温と室温の差が激しすぎます。自律神経が悲鳴を上げています」
「だな。中から冷やすしかない」
俺たちは、極彩色のネオンが輝くアイスクリームチェーン店『バス&ロビ』の前に到着した。
ショーケースの中には、色とりどりのアイスクリームが並んでいる。
まるで絵の具のパレットのようだ。
「……色彩感覚がバグっています」
アリスが眉をひそめた。
「あの青と赤の斑点模様……。毒ガエルの警戒色ではありませんか? 生物としての防衛本能が『食べるな』と告げています」
「あれってたしか、一番人気の口の中で弾けるやつだぞ」
「爆発物ですか。危険すぎます」
文句を言いながらも、アリスの視線は涼しげなアイスに釘付けだ。
俺たちは列に並んだ。
「注文方法は分かるか?」
「予習済みです。サイズ、個数、容器、フレーバー。変数が4つ存在します」
アリスは指折り数えながらシミュレーションを始めた。
「①レギュラーかスモールか。②シングルかダブルか。③コーンかカップか。④フレーバーの選択。……組み合わせは数千通り。優柔不断な人間なら、注文カウンターでフリーズして餓死しますね」
「大袈裟だよ。とりあえず『レギュラーのダブル、カップで』って言っとけば間違いない」
順番が回ってきた。
俺は迷わず、8月の期間限定フレーバーを指差した。
「スモールダブル、カップで。『スーパーチョコミント』と『バニラ』お願いします」
その瞬間、隣のアリスがギョッとして俺を見た。
「……チョコミント?」
「おう。夏といえばこれだろ」
「カケル。……貴方の味覚センサーは正常ですか?」
アリスは信じられないものを見る目で、緑色のアイスを凝視した。
「なぜ、甘い菓子に『歯磨き粉』の概念を混ぜるのですか? 清涼感と糖分は相反する要素です。カレーに氷を入れるような、論理的欠陥を感じます」
「出たよ、歯磨き粉理論」
俺は苦笑した。チョコミン党と反対派の、終わらない宗教戦争だ。
「いいかアリス。これは歯磨き粉じゃない。甘さの中にある清涼感、チョコのパリパリ感。……口の中に広がる『安らぎのリゾート』なんだよ」
「リゾート……? 歯磨き後のうがいではなく?」
「違うっての。なんか勝手なイメージだけど、海外セレブとかチョコミント好きそうじゃん。アリスはいける口だと思ってたわ」
俺が言うと、アリスは少し複雑そうな顔をした。
「……誤解なきよう言っておきますが、海外においてミントはハーブの一種であり、デザートとして一般的です。日本よりも摂取する機会は多いでしょう」
「やっぱそうなんだ?」
「ですが、私は苦手です。あのスースーする刺激は、痛覚に近い。食事に『鎮痛剤』を求めてはいけません」
どうやら、お嬢様の舌には合わないらしい。
アリスはショーケースを端から端まで歩き、吟味を始めた。
「私は、もっと論理的で、栄養価の高いフレーバーを選択します」
彼女の足が止まったのは、薄緑色の地味なアイスの前だった。
「……『キング・オブ・ナッツ・ピスタチオ』。これにします」
「ピスタチオか。こいつ、いつの間にか市民権を得たよな」
数年前までは珍しかったが、今やスイーツ界の定番だ。
アリスは満足げに頷いた。
「当然です。ピスタチオは『ナッツの女王』と呼ばれ、ビタミンB6やカリウムを豊富に含みます。その歴史は古く、旧約聖書にも登場する由緒正しき食材です」
「へえ……」
「かつてシバの女王は、ピスタチオを独占するために、庶民の栽培を禁止したという逸話もあります。つまり、これは貴族の味なのです」
突然始まったピスタチオうんちく。
店員さんが「あ、あの……ご注文は?」と困っていたので、俺は慌てて「レギュラーダブル、カップで。ピスタチオと……あの紫のやつで」と代わりに注文した。
◇ ◇ ◇
商品を受け取り、イートインスペースへ。
俺のカップには、爽やかな水色の『スーパーチョコミント』。
アリスのカップには、上品な緑色の『ピスタチオ』と、鮮やかな紫色の『マスカット・バスケット』。
「いただきます」
俺はスプーンでチョコミントをすくい、口へ運んだ。
ひんやりとした冷たさと共に、ミントの香りが鼻に抜ける。そしてチョコの甘みが追いかけてくる。
「……やっぱチョコミントだよ。生き返るわ」
「……理解に苦しみます」
アリスは俺のアイスを見て顔をしかめた。
「見ているだけで、口の中がスースーします。カケル、口から冷気を吐かないでくださいね」
「吐かねーよ。アリスのも美味そうじゃん」
「ええ。こちらは完璧です」
アリスはピスタチオアイスを一口食べた。
「……濃厚。ナッツ特有の油脂分と香ばしさが、ミルクと融合しています。これは食べる宝石です」
「一口くれよ」
「……対価として、そちらのバニラを要求します。緑の物体は結構です」
俺たちはスプーンで互いのアイスを交換した。
ピスタチオは確かに美味い。ナッツの風味が濃く、少し大人の味がする。
「なるほど、これが女王の味か。悪くないな」
「でしょう? ……ん、バニラも安定していますね。やはり王道こそが至高です」
アリスはバニラを堪能した後、再び俺のチョコミントを見た。
怖いもの見たさ、というような目つきだ。
「……カケル。検証のために、一口だけ摂取してみても?」
「お、チャレンジャーだな。歯磨き粉だぞ?」
「偏見を取り払い、純粋なデータとして味覚を分析します」
アリスはスプーンの先に、ほんの少しだけチョコミントを乗せた。
そして、覚悟を決めて口に入れた。
「…………」
一秒。二秒。
アリスの眉間に、深いシワが刻まれた。
「……やはり、歯磨き粉です」
「違うって!」
「ですが……」
アリスは口の中の冷たさを確かめるように、息を吸い込んだ。
「……外気温35度の猛暑日においては、この強制冷却効果は有効かもしれません。内臓から涼しくなる感覚……。機能性食品としては評価できます」
「味を褒めろよ味を」
「味は……ノーコメントです。チョコがなければ即死していました」
アリスは慌ててマスカットのアイスを口に放り込み、口の中を上書き保存していた。
どうやら、分かり合えない味もあるらしい。
◇ ◇ ◇
店を出ると、夕暮れの風が少しだけ涼しく感じられた。
「……ピスタチオ、美味かったな。今度コンビニでも探してみるか」
「はい。ですが、カケルのチョコミント信仰だけは、私には理解不能な領域でした」
「そうかよ。まあ日本じゃ少数派っぽいんだよな、チョコミン党」
俺たちは顔を見合わせて、苦笑した。
趣味も、味覚も、価値観も違う。
でも、こうして並んで歩きながら、「それはないわー」と笑い合えるなら、それはそれで楽しい。
全部同じじゃつまらない。
アイスクリームのフレーバーみたいに、違うからこそ、組み合わせた時に面白いのかもしれない。
俺たちは蝉時雨の中、それぞれの家に帰っていった。
口の中に残るミントの清涼感と、ピスタチオの香ばしさを連れて。
次回 第49話:『肝試し』で幽霊役を殴るのは、正当防衛になりませんか?




