第45話:『流しそうめん機』は、室内に設置するべき『水利施設』ですか?
夏休み。
日本列島は、連日の猛暑日に見舞われていた。
アスファルトからは陽炎が立ち上り、暑さによりセミが鳴くのをやめていた。
「……カケル。生命維持装置の出力を最大にしてください。このままではタンパク質が熱変性してしまいます」
「このエアコンの設定温度をこれ以上下げたら変な音が鳴り出すからダメだ」
俺の家で涼んでいたアリスが、ぐったりとちゃぶ台に突っ伏している。
こう暑くては、どこかへ出かける気力も起きない。
だが、せっかくの夏休みだ。何か夏らしいことをしたいという欲求もある。
「なぁアリス。涼しいことしようぜ」
「……怪談ですか? 幽霊の存在証明は先月完了しました」
「違う。もっと物理的に涼しいやつだ。……『流しそうめん』やるぞ」
そして、ちゃぶ台の上にはプラスチック製の青と透明のパーツが、所狭しと組み上げられた。
高低差のあるスライダー。螺旋を描くコース。そして頂上には給水タンク。
「『ウルトラスライダー流しそうめん機・極』だ」
「流しそうめん……の概念は知っています。ですが、これほどの規模のものを、六畳一間に展開する必要性が?」
「夏だからな」
「意味不明です」
俺はスイッチを入れた。
ヴィィィィン……というモーター音と共に、ポンプが水を吸い上げ、コースに清流が生まれた。
LEDライトが七色に点滅し、水面を照らす。
「……どうだ? 涼しげだろ」
「視覚と聴覚への清涼効果は認めます。ですが……」
アリスは眉をひそめ、コースの構造を凝視した。
「この屋内配管、水漏れのリスク計算は? 賃貸物件の畳に水害をもたらす可能性があります」
「下にブルーシート敷いたから大丈夫だ。ほら、食うぞ」
俺たちは向かい合って座った。
俺が上流(投入口)、アリスが下流だ。
「いくぞー。まずは小手調べだ」
俺は茹でたそうめんを一つまみ、水流に放った。
白い麺が、LEDに照らされながら滑走する。
「……来ました。迎撃します」
アリスが箸を構える。
だが。
スルッ。
「あ」
麺はアリスの箸をすり抜け、そのままコースの終着点へと吸い込まれた。
「……速いです」
「ドンくさいな。もっとガバっといけよ」
「抗議します! このコース設計、カーブでの加速Gが強すぎます! 麺の摩擦係数がゼロに近いです!」
「それを掴むのが楽しんだよ」
俺は次々と麺を流した。
アリスは必死に箸を動かすが、半分以上を取り逃がしている。
「クッ……! 供給過多です! 私の処理能力を超えています!」
「流しそうめんはスポーツなんだよ!」
結局、アリスはザルに溜まった麺を回収して食べることになった。
悔しそうに麺をすする姿は、敗北した武士のようだ。
「……味は変わりませんが、敗北感がスパイスになっています」
「次は俺が食うから、アリスが流してくれ」
交代する。
アリスは上流に陣取ると、不敵な笑みを浮かべた。
「……分かりました。では、カケルの処理能力をテストします」
彼女はそうめんではなく、タッパーに入っていた『ミニトマト』を手に取った。
「いきなり変化球かよ!」
「固形物は転がり抵抗が少ないため、加速します。……発射!」
コロコロコロッ!
赤い球体が、猛スピードでコースを駆け抜けてくる。
俺は箸を構え、カーブの出口で待ち構えた。
パシッ!
「とった!」
「……く。では、これはどうですか?」
次は『うずらの卵』と『みかんの缶詰』の波状攻撃。
不規則な動きをする食材たちが、次々と流れてくる。
「ら、乱数調整か!?」
「カケル、右舷よりミカン接近! 迎撃してください!」
「忙しいなオイ!」
狭い六畳間で、俺たちはキャーキャー言いながら食材を流し、捕獲し、食べた。
床には少し水が飛び散ったが、ブルーシートのおかげでセーフだ。
◇ ◇ ◇
一通り食べ終え、満腹になった頃。
俺はスイッチを切ろうとした。
「さて、片付けるか」
「……待ってください」
アリスが俺の手を止めた。
彼女は、箸を置いたまま、じっと流れる水を見つめている。
「どうした?」
「……このまま、稼働させておきませんか?」
「は?」
「見てください。この循環システムを」
アリスの瞳が、LEDに照らされた水面を追って回っている。
「水が高い所から低い所へ流れ、ポンプによって再び高みへ戻る……。この永遠の繰り返しを見ていると、不思議と心が凪いでいきます」
「……そうか?」
「一定のリズムを刻むモーター音。不規則に光るLED。……これは、現代アートであり、枯山水に通じる『禅』の世界です」
アリスはうっとりとした表情で、頬杖をついた。
「この装置を『卓上噴水』として再定義します。癒やし効果が抜群です」
「いや、そうめんのつゆの匂いがするだろ……」
部屋には、めんつゆの香ばしい匂いが充満している。
禅とか癒やしとか言うには、あまりにも生活感がありすぎた。
「あと、電気代と電池代が無駄だ」
「コストは私が負担します。……もう少しだけ、この水流を眺めさせてください」
アリスがあまりに真剣な目をするので、俺はスイッチを切るに切れなくなった。
外のセミの声と、安っぽいモーター音。
そして、流れるプールを見つめる美少女。
「……変なやつ」
「何か言いましたか?」
「いや。……まあ、夏だしな」
俺たちは並んで、無意味に回り続ける水を眺めた。
高級な避暑地には行けないけれど。
この狭い部屋で、小さな涼しさを共有するのも、悪くない夏休みの思い出かもしれない。
「カケル。この水流に、笹の葉で作った舟を流したら、風流だと思いませんか?」
「詰まるからやめろ」
結局、水がぬるくなってモーターが悲鳴を上げるまで、アリスは飽きずにそれを眺め続けていた。
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