第37話:『食べ放題』で元を取るには、原価率の高いメニューを狙うべきですか?
中間テストも終わり、梅雨の湿気も吹き飛ばすような晴れ間がのぞいた放課後。
俺たちは、クラスメイトの宮本さんに誘われて、駅前の商業ビルに来ていた。
「じゃーん! ここだよ! 『独眼竜スイーツ』!」
宮本さんが指差したのは、茶室のような内装で話題になったビュッフェレストランだ。
戦国風なデザインの店だが、メニューに和菓子などはない。
「今なら学割キャンペーン中で、90分食べ放題が1500円なんだって! お得でしょ?」
「1500円……」
アリスが眼鏡(伊達ではないが、本気モードの時にかける)の位置を直した。
その瞳が、鋭い光を帯びる。
「……計算します。通常のカフェにおけるケーキ単価は平均600円前後。ドリンクバーの市場価格が約400円。パスタなどの軽食を含めれば……」
ブツブツと高速で呟いた後、彼女は顔を上げた。
「損益分岐点は、『ケーキ2個+パスタ1皿+ドリンク2杯』です。……勝てます」
「勝ち負けじゃないだろ。楽しむもんだよ」
「いいえ。食べ放題とは、店側と客側の『胃袋』と『原価』を懸けた真剣勝負です。九条院の名にかけて、元は取らせていただきます」
アリスは戦場に向かう兵士のような顔つきで、入店手続きを済ませた。
宮本さんが「九条院さん、やる気満々だね……」と苦笑いしている。
◇ ◇ ◇
席に荷物を置き、いざ料理コーナーへ。
色とりどりのケーキ、チョコレートファウンテン、そしてパスタやカレーなどの軽食がズラリと並んでいる。
甘い香りとスパイスの香りが混じり合い、食欲を刺激する。
「わあ、すごーい! どれから食べようかな~」
宮本さんが目を輝かせて皿を手に取る横で、アリスは冷徹な眼差しで料理をスキャンしていた。
彼女の目には、料理名ではなく『原価率』が見えているらしい。
「……フライドポテト、パスタ、ピザ、パン。これらは全て『小麦粉』です。原価率が極めて低く、かつ腹持ちが良い……店側の『罠』ですね。除外します」
アリスは炭水化物コーナーを素通りした。
「狙うべきは……あそこです。季節のフルーツタルト、およびタイムサービスのローストビーフ。原価の高い素材を一点集中で攻略します」
彼女は迷いなく、メロンとローストビーフを皿に積み上げていく。
彩りなど関係ない。あるのは効率のみだ。
一方、俺は。
「よし、こんなもんか」
俺が席に戻ると、すでに着席していたアリスが、俺の皿を見て絶句した。
「……カケル。貴方の目は節穴ですか?」
「なんだよ」
「なぜ、その皿は茶色一色なのですか? カレーライスにナポリタン、フライドポテトに唐揚げ……。それは家でも食べられる『安価な囮』です! 貴重な胃の容量をドブに捨てる気ですか!?」
「いいんだよ! 俺はバイキングでカレー取らないと何か気が済まないんだよ!」
大鍋で煮込まれた業務用のカレー。これこそが食べ放題の醍醐味だ。
俺はスプーンでカレーをかき込み、幸せを噛み締めた。
「うまい! やっぱカレーなんだよな!」
「愚かです……。そのような安価な栄養素で満腹中枢を刺激するなど……」
アリスは嘆きつつ、自分の皿に向き合った。
ローストビーフの山と、メロンの山。
貴族の食事なのか、野性児の食事なのか分からない。
「……では、私も実食プロセスに移行します」
アリスはナイフとフォークを構え、猛烈な勢いで食べ始めた。
味わうというより、ノルマをこなす作業員のような目つきだ。
ローストビーフ、メロン、アイスケーキ、ローストビーフ……。
甘い、しょっぱい、甘い、しょっぱい。味覚の無限ループを構築している。
「九条院さん、すごい勢いだね……」
可愛らしくサラダとプチケーキを食べている宮本さんが、若干引いている。
「……んぐっ!」
突然、アリスがこめかみを押さえて動きを止めた。
「どうした?」
「……頭痛が。脳の冷却システムが暴走しています」
「アイスの頭痛だろ。冷たいもんを一気に食うからだ」
「くっ……想定外のタイムロスです。カケル、温かいスープを要求します! 至急!」
「人使いが荒いな……」
俺は仕方なく、コーンスープを持ってきてやった。
アリスはそれを啜り、「システム復旧……再起動します」と言って、再びメロンの山に挑み始めた。
何と戦っているんだ、こいつは。
◇ ◇ ◇
食事が一段落したところで、宮本さんが提案した。
「ねえねえ、あっちに『自作パフェコーナー』があるよ! みんなで作ろうよ!」
「お、いいな。ソフトクリームマシンがあるじゃん」
俺たちはグラスを持ってコーナーへ移動した。
ソフトクリームを絞り出し、チョコソースやコーンフレーク、フルーツでトッピングできる。
「できたー! 見て見て、可愛くない?」
宮本さんのパフェは、カラフルなチョコスプレーとイチゴが乗った、まさにツイスタ映えする一品だ。
「俺はまあ、こんなもんだな」
俺のは、底にコーンフレークを敷き詰めてカサ増しした、オーソドックスなチョコパフェ。
そして、アリスは。
「……完成です」
ドン。
テーブルに置かれた物体を見て、俺と宮本さんは言葉を失った。
「……九条院さん? それは……セメント?」
「失礼な。パフェです」
グラスの中には、ブラウニー(チョコケーキ)と白玉団子が、隙間なくぎちぎちに詰め込まれていた。
ソフトクリームは接着剤程度にしか使われていない。
空気の層が一切ない、茶色と白の圧縮物体。
「空間充填率100%を目指しました。コーンフレーク等で容積を稼ぐのは欺瞞です。グラスの許容限界まで、高密度の固形物を充填しました」
「重っ! 持つとずっしり来るぞこれ!」
「これが『質量』です。液体や空気にお金を払うつもりはありません」
アリスはスプーンを突き刺した。
固すぎてスプーンが立っている。
それを一口ずつ掘削するように食べ進める姿は、もはや土木工事だった。
◇ ◇ ◇
『お時間ですー』
店員の声で、90分の戦いは終了した。
俺たちは店を出て、駅前のベンチに座り込んだ。
「……く、苦しい」
「食いすぎた……」
全員、お腹がはち切れそうだ。
アリスはスマホの電卓を叩き、満足げに頷いた。
「……推定摂取額、3200円。支払額の2倍以上の価値を回収しました。……完全勝利です」
「お前、ずっと数字と戦ってたな」
「当然です。それが食べ放題のルールですから」
アリスは膨れたお腹をさすりながら、誇らしげだ。
俺は苦笑して、空を見上げた。
「でもさ、アリス。元を取るってのは『金額』だけじゃないだろ?」
「はい?」
「『どれだけ満足したか』だよ。俺は安いカレーとパスタだったけど、腹一杯食えて幸せだったぞ」
「私も! 二人とお喋りできて楽しかったし、パフェも可愛くできたし!」
宮本さんも笑顔で同意する。
アリスは少しきょとんとして、それから考え込んだ。
「……精神的充足感。その数値を計算に入れていませんでした」
「そ。楽しい時間が過ごせたなら、それが一番の『黒字』なんだよ」
アリスは俺と宮本さんを見て、ふわりと微笑んだ。
「……そうですね。胃袋は限界を迎えていますが、胸がいっぱいになる感覚……悪くありません」
「だろ?」
少しは分かってくれたらしい。
俺たちが帰ろうと腰を上げた時、アリスがポケットから何かを取り出した。
「ですが、回収できる利益は回収します」
彼女の手のひらには、レジ横に置いてあった『ご自由にお持ちください』のミントキャンディが、しっかり3個乗っていた。
「……ちゃっかりしてるな」
「当然です。これは純利益ですから」
アリスは包み紙を剥いて、俺と宮本さんに一つずつ手渡した。
口に入れると、甘いミントの香りが広がり、食べすぎた胃を少しだけスッキリさせてくれる。
ブレないお嬢様と、満腹の帰り道。
原価率なんてどうでもいいくらい、密度の濃い放課後だった。
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