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概念少女の庶民学(コモン・センス)~「概念は知っています」が口癖の箱入り令嬢と、牛丼の食べ方について議論する~  作者: 上山マヤ
二年生編

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37/50

第37話:『食べ放題』で元を取るには、原価率の高いメニューを狙うべきですか?

 中間テストも終わり、梅雨の湿気も吹き飛ばすような晴れ間がのぞいた放課後。

 俺たちは、クラスメイトの宮本さんに誘われて、駅前の商業ビルに来ていた。


「じゃーん! ここだよ! 『独眼竜スイーツ』!」


 宮本さんが指差したのは、茶室のような内装で話題になったビュッフェレストランだ。

 戦国風なデザインの店だが、メニューに和菓子などはない。


「今なら学割キャンペーン中で、90分食べ放題が1500円なんだって! お得でしょ?」

「1500円……」


 アリスが眼鏡(伊達ではないが、本気モードの時にかける)の位置を直した。

 その瞳が、鋭い光を帯びる。


「……計算します。通常のカフェにおけるケーキ単価は平均600円前後。ドリンクバーの市場価格が約400円。パスタなどの軽食を含めれば……」


 ブツブツと高速で呟いた後、彼女は顔を上げた。


損益分岐点ブレークイーブンは、『ケーキ2個+パスタ1皿+ドリンク2杯』です。……勝てます」

「勝ち負けじゃないだろ。楽しむもんだよ」

「いいえ。食べ放題(バイキング)とは、店側と客側の『胃袋』と『原価』を懸けた真剣勝負です。九条院の名にかけて、元は取らせていただきます」


 アリスは戦場に向かう兵士のような顔つきで、入店手続きを済ませた。

 宮本さんが「九条院さん、やる気満々だね……」と苦笑いしている。


 ◇ ◇ ◇


 席に荷物を置き、いざ料理コーナーへ。

 色とりどりのケーキ、チョコレートファウンテン、そしてパスタやカレーなどの軽食がズラリと並んでいる。

 甘い香りとスパイスの香りが混じり合い、食欲を刺激する。


「わあ、すごーい! どれから食べようかな~」


 宮本さんが目を輝かせて皿を手に取る横で、アリスは冷徹な眼差しで料理をスキャンしていた。

 彼女の目には、料理名ではなく『原価率』が見えているらしい。


「……フライドポテト、パスタ、ピザ、パン。これらは全て『小麦粉チープ・カーボ』です。原価率が極めて低く、かつ腹持ちが良い……店側の『トラップ』ですね。除外します」


 アリスは炭水化物コーナーを素通りした。


「狙うべきは……あそこです。季節のフルーツタルト、およびタイムサービスのローストビーフ。原価の高い素材マテリアルを一点集中で攻略します」


 彼女は迷いなく、メロンとローストビーフを皿に積み上げていく。

 彩りなど関係ない。あるのは効率のみだ。


 一方、俺は。


「よし、こんなもんか」


 俺が席に戻ると、すでに着席していたアリスが、俺の皿を見て絶句した。


「……カケル。貴方の目は節穴ですか?」

「なんだよ」

「なぜ、その皿は茶色一色なのですか? カレーライスにナポリタン、フライドポテトに唐揚げ……。それは家でも食べられる『安価なチープ・デコイ』です! 貴重な胃の容量ストレージをドブに捨てる気ですか!?」

「いいんだよ! 俺はバイキングでカレー取らないと何か気が済まないんだよ!」


 大鍋で煮込まれた業務用のカレー。これこそが食べ放題の醍醐味だ。

 俺はスプーンでカレーをかき込み、幸せを噛み締めた。


「うまい! やっぱカレーなんだよな!」

「愚かです……。そのような安価な栄養素で満腹中枢を刺激するなど……」


 アリスは嘆きつつ、自分の皿に向き合った。

 ローストビーフの山と、メロンの山。

 貴族の食事なのか、野性児の食事なのか分からない。


「……では、私も実食プロセスに移行します」


 アリスはナイフとフォークを構え、猛烈な勢いで食べ始めた。

 味わうというより、ノルマをこなす作業員のような目つきだ。

 ローストビーフ、メロン、アイスケーキ、ローストビーフ……。

 甘い、しょっぱい、甘い、しょっぱい。味覚の無限ループを構築している。


「九条院さん、すごい勢いだね……」


 可愛らしくサラダとプチケーキを食べている宮本さんが、若干引いている。


「……んぐっ!」


 突然、アリスがこめかみを押さえて動きを止めた。


「どうした?」

「……頭痛が。脳の冷却システムが暴走しています」

「アイスの頭痛だろ。冷たいもんを一気に食うからだ」

「くっ……想定外のタイムロスです。カケル、温かいスープを要求します! 至急!」

「人使いが荒いな……」


 俺は仕方なく、コーンスープを持ってきてやった。

 アリスはそれを啜り、「システム復旧……再起動します」と言って、再びメロンの山に挑み始めた。

 何と戦っているんだ、こいつは。


 ◇ ◇ ◇


 食事が一段落したところで、宮本さんが提案した。


「ねえねえ、あっちに『自作パフェコーナー』があるよ! みんなで作ろうよ!」

「お、いいな。ソフトクリームマシンがあるじゃん」


 俺たちはグラスを持ってコーナーへ移動した。

 ソフトクリームを絞り出し、チョコソースやコーンフレーク、フルーツでトッピングできる。


「できたー! 見て見て、可愛くない?」


 宮本さんのパフェは、カラフルなチョコスプレーとイチゴが乗った、まさにツイスタ映えする一品だ。


「俺はまあ、こんなもんだな」


 俺のは、底にコーンフレークを敷き詰めてカサ増しした、オーソドックスなチョコパフェ。

 そして、アリスは。


「……完成です」


 ドン。

 テーブルに置かれた物体を見て、俺と宮本さんは言葉を失った。


「……九条院さん? それは……セメント?」

「失礼な。パフェです」


 グラスの中には、ブラウニー(チョコケーキ)と白玉団子が、隙間なくぎちぎちに詰め込まれていた。

 ソフトクリームは接着剤程度にしか使われていない。

 空気の層が一切ない、茶色と白の圧縮物体。


「空間充填率100%を目指しました。コーンフレーク等で容積を稼ぐのは欺瞞です。グラスの許容限界まで、高密度の固形物を充填しました」

「重っ! 持つとずっしり来るぞこれ!」

「これが『質量』です。液体や空気にお金を払うつもりはありません」


 アリスはスプーンを突き刺した。

 固すぎてスプーンが立っている。

 それを一口ずつ掘削するように食べ進める姿は、もはや土木工事だった。


 ◇ ◇ ◇


 『お時間ですー』


 店員の声で、90分の戦いは終了した。

 俺たちは店を出て、駅前のベンチに座り込んだ。


「……く、苦しい」

「食いすぎた……」


 全員、お腹がはち切れそうだ。

 アリスはスマホの電卓を叩き、満足げに頷いた。


「……推定摂取額、3200円。支払額の2倍以上の価値を回収しました。……完全勝利です」

「お前、ずっと数字と戦ってたな」

「当然です。それが食べ放題のルールですから」


 アリスは膨れたお腹をさすりながら、誇らしげだ。

 俺は苦笑して、空を見上げた。


「でもさ、アリス。元を取るってのは『金額』だけじゃないだろ?」

「はい?」

「『どれだけ満足したか』だよ。俺は安いカレーとパスタだったけど、腹一杯食えて幸せだったぞ」

「私も! 二人とお喋りできて楽しかったし、パフェも可愛くできたし!」


 宮本さんも笑顔で同意する。

 アリスは少しきょとんとして、それから考え込んだ。


「……精神的充足感メンタル・プロフィット。その数値を計算に入れていませんでした」

「そ。楽しい時間が過ごせたなら、それが一番の『黒字』なんだよ」


 アリスは俺と宮本さんを見て、ふわりと微笑んだ。


「……そうですね。胃袋は限界を迎えていますが、胸がいっぱいになる感覚……悪くありません」

「だろ?」


 少しは分かってくれたらしい。

 俺たちが帰ろうと腰を上げた時、アリスがポケットから何かを取り出した。


「ですが、回収できる利益は回収します」


 彼女の手のひらには、レジ横に置いてあった『ご自由にお持ちください』のミントキャンディが、しっかり3個乗っていた。


「……ちゃっかりしてるな」

「当然です。これは純利益ネット・プロフィットですから」


 アリスは包み紙を剥いて、俺と宮本さんに一つずつ手渡した。

 口に入れると、甘いミントの香りが広がり、食べすぎた胃を少しだけスッキリさせてくれる。


 ブレないお嬢様と、満腹の帰り道。

 原価率なんてどうでもいいくらい、密度の濃い放課後だった。

第38話:黒いアイツは、物理法則を無視した『侵略者インベーダー』ですか?

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