第35話:サプライズ・パーティーの成功率は、事前の情報統制にかかっています
5月23日。土曜日。
俺は約束通り、世界史の補習を受けるためにアリスの家へと向かっていた。
「……ここかよ」
送られてきた地図アプリが示したのは、閑静な住宅街の一角。
だが、そこだけ区画がおかしい。
高い塀に囲まれた敷地。門から玄関までが遠い。
聞けば、アリスが銀杏高校へ通学するために建てた「別宅」らしい。本邸はもっと山奥にあるとか。これで別宅なら、本邸は城か何かか。
インターホンを押すと、すぐにカチャリと門が開いた。
「お待ちしておりました、佐藤カケル様」
現れたのは、いつもの黒服……ではなく、燕尾服を着た老紳士(執事)だった。
案内されて玄関をくぐり、通されたのは広々としたリビングダイニングだ。
「さあ、入ってください」
執事が重厚な扉を開ける。
俺が一歩足を踏み入れた、その瞬間。
パンッ! パパンッ!
派手な破裂音と共に、金銀のテープが舞った。
クラッカーだ。
「……ハッピーバースデー、カケル」
部屋の中央には、パーティ仕様の三角帽子を被ったアリスが立っていた。
テーブルには豪華な料理の数々。壁には『HAPPY BIRTHDAY』の飾り付け。
完璧なサプライズ演出……のつもりなのだろう。
「……おう。ありがとう、アリス」
俺は驚くことなく、肩に乗ったテープを払いながら礼を言った。
すると、アリスが目を見開き、悔しそうに地団駄を踏んだ。
「……反応が薄いです! 心拍数の上昇も見られません! 気付いていたのですか!?」
「いや、誕生日当日だし。指定されたのが今日だった時点で、何かあるんだろうなとは予想してたよ」
「くっ……! 情報統制の甘さが出ました……! 執事にも口止めし、黒服の配備も最小限にしたというのに!」
アリスは帽子を投げ捨てんばかりの勢いで悔しがった。
どうやら、俺を腰抜かすほど驚かせたかったらしい。
「まあ、嬉しいよ。こんな準備してくれて」
「……そうですか。ならば良しとします」
アリスはすぐに気を取り直し、席を勧めた。
◇ ◇ ◇
パーティ(という名の二人だけの食事会)が始まった。
テーブルに並ぶのは、アリスなりの「庶民のパーティ料理」の解釈らしい。
ピザ。フライドチキン。そしてコーラ。
メニュー構成だけ見ればジャンクフードだが、見た目のオーラが違う。
「……美味いけど、俺の知ってるパーティと違う」
俺はピザを一切れ食べ、その芳醇な香りに唸った。
「これ、どこのデリバリーだ?」
「デリバリーではありません。専属シェフに焼かせました」
「は? じゃあ、あのデリバリーっぽい箱は?」
いかにも専用バイクで配達されたような、ピザの空き箱が置かれていた。
「九条院の工芸士に作らせました」
「そっちの方がサプライズだよ!」
(サイドメニュー用の箱まで作ったのか)
「当初は『宅配ピザ』というシステムを利用する予定でした。しかし、オートロックと警備システムが配達バイクを『不審車両』として迎撃する可能性があります」
「セキュリティ高すぎだろ!」
「ゆえに、シェフに『ジャンクな味』を再現させました。チーズはカンパニア地方の最高級水牛モッツァレラ、生地には天然酵母を使用しています」
「……素材のグレードが高すぎて、ジャンクになりきれてねえよ」
コーラも、瓶に入った見たことない高級なやつだ。
なんか高い味がした。
俺たちはナイフとフォークで「最高級ジャンクフード」を堪能した。
食事が終わると、部屋の照明が少し落とされた。
執事がワゴンを押して入ってくる。
そこには、俺の年齢の数だけろうそくが立てられた、ホールケーキがあった。
「……ケーキ入刀の前に、儀式が必要です」
アリスが真剣な顔で言った。
「火を吹き消す際、願い事を唱えるという概念がありますね。科学的根拠は皆無ですが、心理的な区切りとしては有効です。さあ、カケル」
(こいつ1ミリも信じてないだろ)
「願い事、か」
俺は揺らめく炎を見つめた。
願うことなんて、一つしかない。
(……借金を返して、親父の店みたいな、みんなが笑える場所を作る)
心の中で唱え、一息で吹き消した。
ふぅーっ。
パチパチ、とアリスが拍手をする。
「おめでとうございます。……何を願ったのですか?」
「秘密だ。言うと叶わないって言うだろ」
「非論理的です。言語化し、周囲に宣言した方が、達成率は上がるというデータがありますよ」
「野暮なこと言うなよ……」
ケーキを食べ終え、一息ついたところで、アリスが改まって姿勢を正した。
「さて、カケル。プレゼントを用意しました」
その言葉に、俺は身構えた。
前回の「借金の肩代わり(数百万クラス)」の件がある。
こいつのことだ。またとんでもない高価な物や、土地の権利書なんか用意したんじゃないだろうな?
(一体何を……)
俺の警戒をよそに、アリスが背中から取り出したのは――小さな包みだった。
包装紙を開けると、そこに入っていたのは……。
「……これって」
輪っかに網が張られ、羽根やビーズで飾られた装飾品。
「『ドリームキャッチャー』です」
「なんかで見たことある」
「先日のゴールデンウィーク、欧州への渡航中に経由したアメリカにて入手しました。ネイティブ・アメリカンに伝わる装飾品です」
アリスは実物を指差しながら解説する。
「蜘蛛の巣状の網が、悪夢を捕らえて防ぎ、良い夢だけを通すと言われています。また……『夢を叶える』とも言い伝えがあります」
「へえ……」
意外だった。
アリスがそんな、オカルトチックなお守りを選んでくるとは。
「珍しいな。アリスがそういうスピリチュアルなことを言うのは」
「誤解しないでください。私はその効能を信じているわけではありません」
アリスはフン、と鼻を鳴らした。
「夢を叶えるのは自分自身の力です。お守り一つで願望が成就するなら、努力も計画も不要になってしまいます。科学的根拠は皆無です」
「おま……」
(せっかくのプレゼントを全否定すんなや)
俺がツッコミを入れようとすると、アリスは少しだけ表情を和らげ、俺を見た。
「ですが……何かにすがりたいとき、その精神的支柱として機能するなら……。一助になればと思って用意しました」
「……」
彼女は、金で解決するのではなく、「夢を追うこと」自体を応援してくれるつもりなのだ。
さっきのケーキの願い事を見透かされたようで、少し恥ずかしい。
(俺の夢なんて、そんな大層なモノじゃないけどな。でも……)
「……ありがとな、アリス。すごく嬉しい。大事にするよ」
「はい。ベッドサイドに吊るすことを推奨します」
俺はプレゼントを鞄にしまい、ふと気になって尋ねた。
「そうだ。アリスの誕生日はいつなんだ?」
「私ですか? 9月4日です」
「9月4日……串の日か」
「その語呂合わせは美しくありませんね。『クラシック音楽の日』と覚えてください」
「へいへい。じゃあ9月は、俺が祝ってやるよ」
俺が言うと、アリスは少し驚いたように目を丸くし、それから嬉しそうに微笑んだ。
「……期待しています。カケル流の『庶民式サプライズ』を」
「ハードル上げんなよ。……あ、そういえば」
「何です?」
「今日の本来の目的、忘れてないか?」
俺は鞄から教科書を取り出した。
「世界史の補習。……まだやってないぞ」
「……あ」
アリスの顔が引きつった。
パーティの準備に全力を注ぎすぎて、肝心の勉強のことを忘れていたらしい。
「……て、撤回します。本日は祝日です。休戦協定を結びましょう」
「まあ、誕生日に勉強というのもアレだよな」
「アレと言えば、久さしぶりにアレをやりましょうか」
「アレ?」
アリスに付いていくと、ファイターファイターズVの筐体が置いてあった。
「本当に買ってたのか」
「強くなりましたよ? 私」
窓の外には、丸い月が出ている。
俺の17歳の誕生日は、格ゲーでボコボコにされたり、甘いケーキの味と共に過ぎていった。
家に帰ったら、あのドリームキャッチャーを枕元に飾ろう。
そうすれば、少しはマシな夢が見られるかもしれない。
次回 第36話:梅雨の湿気で、前髪が『非ユークリッド幾何学』を描いています




