表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
概念少女の庶民学(コモン・センス)~「概念は知っています」が口癖の箱入り令嬢と、牛丼の食べ方について議論する~  作者: 上山マヤ
二年生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/50

第35話:サプライズ・パーティーの成功率は、事前の情報統制にかかっています

 5月23日。土曜日。

 俺は約束通り、世界史の補習を受けるためにアリスの家へと向かっていた。


「……ここかよ」


 送られてきた地図アプリが示したのは、閑静な住宅街の一角。

 だが、そこだけ区画がおかしい。

 高い塀に囲まれた敷地。門から玄関までが遠い。

 聞けば、アリスが銀杏いちょう高校へ通学するために建てた「別宅」らしい。本邸はもっと山奥にあるとか。これで別宅なら、本邸は城か何かか。


 インターホンを押すと、すぐにカチャリと門が開いた。


「お待ちしておりました、佐藤カケル様」


 現れたのは、いつもの黒服……ではなく、燕尾服を着た老紳士(執事)だった。

 案内されて玄関をくぐり、通されたのは広々としたリビングダイニングだ。


「さあ、入ってください」


 執事が重厚な扉を開ける。

 俺が一歩足を踏み入れた、その瞬間。


 パンッ! パパンッ!


 派手な破裂音と共に、金銀のテープが舞った。

 クラッカーだ。


「……ハッピーバースデー、カケル」


 部屋の中央には、パーティ仕様の三角帽子を被ったアリスが立っていた。

 テーブルには豪華な料理の数々。壁には『HAPPY BIRTHDAY』の飾り付け。

 完璧なサプライズ演出……のつもりなのだろう。


「……おう。ありがとう、アリス」


 俺は驚くことなく、肩に乗ったテープを払いながら礼を言った。

 すると、アリスが目を見開き、悔しそうに地団駄を踏んだ。


「……反応が薄いです! 心拍数の上昇も見られません! 気付いていたのですか!?」

「いや、誕生日当日だし。指定されたのが今日だった時点で、何かあるんだろうなとは予想してたよ」

「くっ……! 情報統制リーク・コントロールの甘さが出ました……! 執事にも口止めし、黒服の配備も最小限にしたというのに!」


 アリスは帽子を投げ捨てんばかりの勢いで悔しがった。

 どうやら、俺を腰抜かすほど驚かせたかったらしい。


「まあ、嬉しいよ。こんな準備してくれて」

「……そうですか。ならば良しとします」


 アリスはすぐに気を取り直し、席を勧めた。


 ◇ ◇ ◇


 パーティ(という名の二人だけの食事会)が始まった。

 テーブルに並ぶのは、アリスなりの「庶民のパーティ料理」の解釈らしい。


 ピザ。フライドチキン。そしてコーラ。

 メニュー構成だけ見ればジャンクフードだが、見た目のオーラが違う。


「……美味いけど、俺の知ってるパーティと違う」


 俺はピザを一切れ食べ、その芳醇な香りに唸った。


「これ、どこのデリバリーだ?」

「デリバリーではありません。専属シェフに焼かせました」

「は? じゃあ、あのデリバリーっぽい箱は?」


 いかにも専用バイクで配達されたような、ピザの空き箱が置かれていた。


「九条院の工芸士に作らせました」

「そっちの方がサプライズだよ!」


(サイドメニュー用の箱まで作ったのか)


「当初は『宅配ピザ』というシステムを利用する予定でした。しかし、オートロックと警備システムが配達バイクを『不審車両』として迎撃インターセプトする可能性があります」

「セキュリティ高すぎだろ!」

「ゆえに、シェフに『ジャンクな味』を再現させました。チーズはカンパニア地方の最高級水牛モッツァレラ、生地には天然酵母を使用しています」

「……素材のグレードが高すぎて、ジャンクになりきれてねえよ」


 コーラも、瓶に入った見たことない高級なやつだ。

 なんか高い味がした。

 俺たちはナイフとフォークで「最高級ジャンクフード」を堪能した。


 食事が終わると、部屋の照明が少し落とされた。

 執事がワゴンを押して入ってくる。

 そこには、俺の年齢の数だけろうそくが立てられた、ホールケーキがあった。


「……ケーキ入刀の前に、儀式が必要です」


 アリスが真剣な顔で言った。


「火を吹き消す際、願い事を唱えるという概念がありますね。科学的根拠は皆無ですが、心理的な区切りとしては有効です。さあ、カケル」


(こいつ1ミリも信じてないだろ)


「願い事、か」


 俺は揺らめく炎を見つめた。

 願うことなんて、一つしかない。


(……借金を返して、親父の店みたいな、みんなが笑える場所を作る)


 心の中で唱え、一息で吹き消した。

 ふぅーっ。

 パチパチ、とアリスが拍手をする。


「おめでとうございます。……何を願ったのですか?」

「秘密だ。言うと叶わないって言うだろ」

「非論理的です。言語化し、周囲に宣言コミットした方が、達成率は上がるというデータがありますよ」

「野暮なこと言うなよ……」


 ケーキを食べ終え、一息ついたところで、アリスが改まって姿勢を正した。


「さて、カケル。プレゼントを用意しました」


 その言葉に、俺は身構えた。

 前回の「借金の肩代わり(数百万クラス)」の件がある。

 こいつのことだ。またとんでもない高価な物や、土地の権利書なんか用意したんじゃないだろうな?


(一体何を……)


 俺の警戒をよそに、アリスが背中から取り出したのは――小さな包みだった。

 包装紙を開けると、そこに入っていたのは……。


「……これって」


 輪っかに網が張られ、羽根やビーズで飾られた装飾品。


「『ドリームキャッチャー』です」

「なんかで見たことある」

「先日のゴールデンウィーク、欧州への渡航中に経由したアメリカにて入手しました。ネイティブ・アメリカンに伝わる装飾品です」


 アリスは実物を指差しながら解説する。


「蜘蛛の巣状の網が、悪夢を捕らえて防ぎ、良い夢だけを通すと言われています。また……『夢を叶える』とも言い伝えがあります」

「へえ……」


 意外だった。

 アリスがそんな、オカルトチックなお守りを選んでくるとは。


「珍しいな。アリスがそういうスピリチュアルなことを言うのは」

「誤解しないでください。私はその効能を信じているわけではありません」


 アリスはフン、と鼻を鳴らした。


「夢を叶えるのは自分自身のリソースです。お守り一つで願望が成就するなら、努力も計画も不要になってしまいます。科学的根拠は皆無です」

「おま……」


(せっかくのプレゼントを全否定すんなや)


 俺がツッコミを入れようとすると、アリスは少しだけ表情を和らげ、俺を見た。


「ですが……何かにすがりたいとき、その精神的支柱アンカーとして機能するなら……。一助になればと思って用意しました」

「……」


 彼女は、金で解決するのではなく、「夢を追うこと」自体を応援してくれるつもりなのだ。

 さっきのケーキの願い事を見透かされたようで、少し恥ずかしい。


(俺の夢なんて、そんな大層なモノじゃないけどな。でも……)


「……ありがとな、アリス。すごく嬉しい。大事にするよ」

「はい。ベッドサイドに吊るすことを推奨します」


 俺はプレゼントを鞄にしまい、ふと気になって尋ねた。


「そうだ。アリスの誕生日はいつなんだ?」

「私ですか? 9月4日です」

「9月4日……くしの日か」

「その語呂合わせは美しくありませんね。『クラシック音楽の日』と覚えてください」

「へいへい。じゃあ9月は、俺が祝ってやるよ」


 俺が言うと、アリスは少し驚いたように目を丸くし、それから嬉しそうに微笑んだ。


「……期待しています。カケル流の『庶民式サプライズ』を」

「ハードル上げんなよ。……あ、そういえば」

「何です?」

「今日の本来の目的、忘れてないか?」


 俺は鞄から教科書を取り出した。


「世界史の補習。……まだやってないぞ」

「……あ」


 アリスの顔が引きつった。

 パーティの準備に全力を注ぎすぎて、肝心の勉強のことを忘れていたらしい。


「……て、撤回します。本日は祝日です。休戦協定を結びましょう」

「まあ、誕生日に勉強というのもアレだよな」

「アレと言えば、久さしぶりにアレをやりましょうか」

「アレ?」


 アリスに付いていくと、ファイターファイターズVの筐体が置いてあった。


「本当に買ってたのか」

「強くなりましたよ? 私」


 窓の外には、丸い月が出ている。

 俺の17歳の誕生日は、格ゲーでボコボコにされたり、甘いケーキの味と共に過ぎていった。


 家に帰ったら、あのドリームキャッチャーを枕元に飾ろう。

 そうすれば、少しはマシな夢が見られるかもしれない。

次回 第36話:梅雨の湿気で、前髪が『非ユークリッド幾何学』を描いています

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ