第25話:コンビニの『増量キャンペーン』は、質量の保存法則を無視していませんか?
放課後。駅近くのコンビニ『セント・レイブンズ』でレジ打ちのバイトをしていた。
「いらっしゃいませー。温めはよろしいですかー」
手慣れた手つきで弁当をスキャンし、バーコード決済を処理する。
俺はコンビニ店員だが、基本的にコンビニでは買い物をしない。
なぜなら高いからだ。
同じペットボトルの水が、スーパーなら78円、ドラッグストアなら68円で買えるのに、ここでは110円もする。
貧乏人にとって、コンビニは「緊急避難所」であって「補給基地」ではない。
だが、例外がある。
コンビニにしかない「魔力」を持った商品たちだ。
レジ横で黄金色に輝くホットスナック。
専門店顔負けのクオリティを誇るスイーツ。
そして――定期的に開催される『狂気のお祭り』だ。
ウィーン。自動ドアが開く。
「いらっしゃい……げっ」
入ってきた客を見て、俺は思わず変な声を出した。
制服姿の九条院アリスだ。
彼女は店内に入った瞬間、キョロキョロと周囲を見渡し、レジにいる俺を見つけてトコトコと歩み寄ってきた。
「……奇遇ですね、店員さん」
「奇遇じゃねえよ。なんで来たんだよ」
俺は小声で返す。今は勤務中だ。
「カケルの労働環境を視察に来ました。……ふむ。制服姿も、機能的で悪くありませんね」
「冷やかしなら帰れ。後ろがつかえる」
「客に対して失礼な態度です。……買い物に来たのですよ。今、巷で話題の『アレ』を検証しに」
アリスは陳列棚の方へ向かった。
彼女の目的は、店内中に貼られた紅白のポスター。
『お値段そのまま! 40%増量キャンペーン!』
◇ ◇ ◇
数分後。
アリスはカゴに商品を詰め込んでレジに戻ってきた。
「……買いすぎだろ」
「検証にはサンプル数が必要です。タマゴサンド、ロールケーキ、そしてホットスナックの『からあげ野郎』……すべて増量対象です」
(絶対にこんな食えないだろ)
実は俺も、バイト終わりにこの増量ロールケーキは買うつもりだったけどな。
「……カケル。質問があります」
「なんだ?」
「このキャンペーン、数学的におかしいです」
アリスは『増量タマゴサンド』を手に取り、まじまじと見つめた。
パンの間から、具のタマゴサラダが雪崩のように溢れ出そうになっている。
「公称値は『40%増量』ですが、私の目視による体積計算では、どう見ても50%以上……いや、60%近く増えています」
「ああ、それな」
「虚偽表示(ジャロ案件)ではありませんか? なぜ企業は、自らの利益を削ってまで嘘の数値を申告するのですか? 『逆サバ読み』などという高度な心理戦、理解できません」
(ジャロは知ってるのな)
アリスは混乱していた。
彼女の住む世界では「数字は正確であるべき」だし「商品は対価に見合う量であるべき」だからだ。
企業が「おらぁ! 食えるもんなら食ってみろ!」と客にサービス精神で殴りかかってくる文化は、彼女の辞書にはない。
「それが『粋』ってもんだよ。客を喜ばせるための、嬉しい嘘だ」
「……嬉しい嘘。サンタクロースのような概念ですか」
「ちょっと違うけど、まあいいや。……あ、お会計の前に、ポイントカードはお持ちですか?」
俺がマニュアル通りに尋ねると、アリスはきょとんとした。
「ポイント……? そのような電子くず(ジャンクデータ)は収集していません」
「ジャンク言うな! 『塵も積もれば山となる』だぞ。1ポイント1円で使えるんだから、実質お金だ」
「カケル。私の資産運用において、1円単位の計算に脳のリソースを割くのは、人件費の無駄です」
アリスは財布から、光り輝く『ブラックカード(センチュリオン)』を取り出した。
「支払いはこれで」
(うわ……何度か見た光景だけど、見るたびに変に緊張するわ)
俺は一瞬身構えたが、すぐに機械を指差した。
「支払いはセルフだ。そっちの画面で操作してくれ」
「……またしても、客に労働を強いるのですか?」
「その分レジ待ちする時間も減ってるからウィンウィンだろ」
「ウィンウィン……相互利益。なるほど、効率化のためなら従いましょう」
アリスは恐る恐る、画面の『クレジットカード』のボタンをタップする。
そして、俺に促されるまま、タッチ決済端末にブラックカードをかざした。
ピピッ。
1580円の支払いが、ブラックカードで決済された瞬間だった。
「あ、あと『コーヒー』も追加で」
「ホットのレギュラーな。カップ渡すから、そこのマシンで自分で淹れてくれ」
「……またセルフ、ですか?」
そう言いながらもアリスは未知の体験には積極的だ。
アリスは空の紙コップを受け取り、レジ横のコーヒーマシンの前で立ち尽くした。
「……カケル。これは小型の化学プラントですか?」
「コーヒーメーカーだよ! カップ置いてボタン押すだけだ」
「豆の挽き具合、湯の温度、抽出圧……すべて全自動? ……素晴らしい。文明の利器です」
アリスは抽出されるコーヒーを、まるで実験の経過観察をするかのように真剣な眼差しで見つめていた。
コンビニ、それは彼女にとって未知のテーマパークなのかもしれない。
◇ ◇ ◇
俺の休憩時間。
店の裏にあるイートインスペース(というか、ただのベンチ)で、アリスと一緒に座っていた。
アリスの手には、巨大化したタマゴサンド。
「……重い。レンガ(ブリック)を持たされているようです」
「こぼすなよ。袋の開け方は分かるか?」
「概念は知っています。背面のテープを引き、左右に展開する……ッ!?」
ビリッ。
案の定、失敗して袋が裂けた。
中身が多すぎて、パッケージの強度が追いついていないのだ。
「……想定外の圧力です。具材が装甲を突き破って溢れ出てきます」
「貸してみ」
俺はアリスの手からサンドイッチを受け取り、奇麗に袋を剥いて渡した。
「ほら。かぶりつけ」
「……いただきます」
アリスは小さな口を精一杯開けて、分厚いサンドイッチに挑んだ。
ハムッ。
「……!」
「どうだ?」
「……暴力です」
アリスは目を白黒させながら咀嚼した。
「口の中がタマゴで埋め尽くされました。パンの存在感が希薄です。……ですが、美味しい」
「ここコンビニのタマゴサンドは、出汁が効いてて美味いんだよな」
「これが……庶民の祭り……」
アリスは口の端にマヨネーズをつけながら、幸せそうに頬張った。
続いて、デザートの『増量ロールケーキ』。
もはやロールしていない。クリームの海にスポンジが浮いている状態だ。
「カケル。これはスプーンで食べるべき物体では?」
「手で持ってかぶりつくのがロマンだろ」
「無茶です。……んっ」
アリスはクリームまみれになりながらも、完食した。
さすがに苦しそうだ。
「……カロリー摂取量が、一日分を超過しました」
「ドンマイ。美味かったからゼロカロリーだ」
「非科学的です。ですが……」
アリスは空になったパッケージを見つめ、満足げに微笑んだ。
「カケルが普段、コンビニを使わない理由は『価格』だと聞きましたが……たまには、こういう無駄遣いも悪くありませんね」
「まあな。俺は安いものが好きなんじゃない。『お得』なものが好きなんだよ」
「お得……。心理的な充足感を含めた価値、ということですね」
休憩終了の時間だ。
俺は立ち上がり、制服の埃を払った。
「さて、仕事に戻るわ。アリスは気をつけて帰れよ」
「はい。……カケル、頑張ってください」
アリスは小さく手を振り、黒服の待つ車へと歩いていった。
その手には、食べきれずお土産となった『増量からあげ野郎』が握られている。
きっと今夜の九条院家の食卓には、ジャンクな揚げ物が並ぶことになるだろう。
俺はレジに戻りながら思った。
増量キャンペーンもいいが、あいつの笑顔も割増(増量)だったな、と。
……なんて、柄にもないことを考えながら、俺は次の客に「いらっしゃいませ」と声をかけた。
次回 第26話:美容院で『お任せ』にするのは、思考放棄ではありませんか?




