第24話:カプセルトイの『ダブり』は、不具合ではありません
放課後。俺たちは大型ショッピングモールの片隅にある、異様な空間に足を踏み入れていた。
壁一面に並ぶ、数百台もの白い箱。
そこは通称『ガチャガチャの海』と呼ばれる、カプセルトイの聖地だ。
「……カケル。ここはカプセル型の居住区画の展示場ですか?」
「違う。数百円で買える、小さなおもちゃの自販機だよ」
アリスは興味深そうに、通路を歩き回る。
精巧な動物のフィギュアから、誰が買うんだというようなネタ系グッズまで、ここには森羅万象が詰まっている。
「……む」
アリスが足を止めた。
彼女が食いついたのは、またしても俺の理解を超える代物だった。
『決定版! マッチョ水族館』
POPには、ムキムキの人間の手足が生えたイルカやサメが、ボディビルダーのようなポーズを決めている写真が載っている。
「……素晴らしい」
「どこがだよ! キモいだろ!」
「海洋生物が陸上進出のために筋力を強化した……これぞ生物の合理的進化の極致です。欲しいです」
(アリスは筋肉が好きなのか?)
アリスの琴線は、いつだってズレている。
彼女は財布から両替したばかりの100円玉を取り出した。
「全7種類。狙うはシークレットの『ポセイドン』、および陸の王者『マッチョ・ライオン』です」
「なんでライオンが水族館にいるんだ」
アリスは硬貨を投入し、ハンドルを回した。
ガコン、という小気味よい音と共に、カプセルが転がり出る。
「……開封します」
パカッ。
出てきたのは、愛らしい顔に不釣り合いな上腕二頭筋を持つ『マッチョ・アザラシ』だった。
「……ふむ。通常枠ですね。造形は悪くありません」
「まあ、最初はこんなもんだろ」
アリスは気を取り直し、二回目の硬貨を投入した。
ガコン。パカッ。
「……またアザラシです」
「まあ、あるあるだな」
三回目。
ガコン。パカッ。
「……アザラシです。三連鎖?」
四回目。
ガコン。パカッ。
「……アザラシ」
五回目。
ガコン。パカッ。
「…………」
アリスの手元には、同じポーズ(サイドチェスト)を決めた五体のアザラシが並んでいた。
アリスの肩が震え出す。
「……不具合です!!」
彼女は筐体を指差し、叫んだ。
「ランダム排出のアルゴリズムが偏っています! 確率論的に、1/5を5回連続で引く確率は0.032%! これは作為的な操作です! 店員を呼んで監査を要求します!」
「落ち着け! それがガチャの闇だ!」
「納得できません! いっそ、この筐体ごと買い取って中身を検品すべきでは!?」
「やめろ! 大人の財力で解決しようとするな!」
アリスは憤慨し、六回目のコインを投入しようと身構えた。泥沼だ。
その時。
「……うわーん!」
隣の列から、子供の泣き声が聞こえた。
小学生くらいの男の子が、同じ『マッチョ水族館』の前で泣きじゃくっている。
「うっ、うっ……『マッチョ・サメ』が出ないよぉ……! また『おじさん』が出たぁ……!」
男の子の手元を見ると、そこにはアリスが喉から手が出るほど欲しがっていたシークレット、『ポセイドン(三叉の槍を持ったマッチョな老人)』が3体も転がっていた。
「……なんと」
アリスが目を見開いた。
「少年。その『おじさん』はシークレット……市場価値においては最高レアリティですよ?」
「いらないー! サメがいいー! あとアザラシも欲しかったのにー!」
子供にとって、レアリティなど関係ない。欲しいものが正義なのだ。
アリスは自分の手元のアザラシ軍団と、少年の手元のポセイドン軍団を見比べた。
「……需要と供給が、完全にすれ違っています」
「アリス、チャンスだぞ」
俺は彼女の耳元で囁いた。
「『交換してくれない?』って頼んでみたらどうだ?」
「交換……。なるほど、ダブりを資産として運用するのですね」
アリスは頷き、男の子の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
その表情は、まるで企業の合併交渉に臨むCEOのように真剣だった。
「……少年。提案があります」
「え?」
「貴方はサメとアザラシが欲しい。私はポセイドンが欲しい。……利害が一致しました。取引しませんか?」
アリスは自分のアザラシを2体差し出した。
「サメはありませんが、この『マッチョ・アザラシ』2体を譲渡します。対価として、貴方の『ポセイドン』を1体、私にください」
「えっ!? いいの!?」
男の子の目が輝いた。
少年にとっては「いらないおじさん1個」で「欲しかったアザラシ2個」が手に入る。錬金術のような取引だ。
「うん! おねーちゃん、ありがとう! あ、僕イカもダブってるからあげる!」
「! よろしいのですか?」
「うん! アザラシいっぱい嬉しいなー!」
男の子はアザラシを受け取り、満面の笑みで母親の元へと走っていった。
アリスの手元には、念願のポセイドンと、オマケのイカが残った。
「……手に入りました」
アリスは神々しいポセイドンのフィギュアを掲げ、しみじみと言った。
「カケル。カプセルトイの『ダブり』は、不具合でもゴミでもありませんでした」
「お、悟りを開いたか」
「はい。これは……他者と繋がり、幸福を交換するための『通貨』だったのですね」
「厳密には違うと思うけど、相手が納得して交換してくたならOKだな」
欲しかったものが手に入った喜びよりも、あの子の笑顔を見られたことの方が、少しだけ嬉しかったのかもしれない。
アリスは優しげな顔で、残ったアザラシたちを学生カバンにしまった。
◇ ◇ ◇
帰り道。
俺たちは戦利品を並べながら歩いていた。
「でも、まだアザラシが3体も余ってるな。どうするんだ?」
「……そうですね」
アリスは少し考え、真面目な顔で頷いた。
「有効活用します。彼らには、我が家の重要拠点の警備任務に就いてもらいます」
「警備?」
「はい。屈強な肉体を持つ彼らなら、安心です」
――その夜。
アリスからLIMEで一枚の写真が送られてきた。
『鉄壁の布陣です』
添付された画像には、イタリア製の高級な勉強机の上が写っていた。
教科書やノートの前に、3体の『マッチョ・アザラシ』が、こちらを威圧するようにサイドチェストのポーズで整列している。
その後ろには、司令官のように『ポセイドン』が鎮座していた。
(……シュールすぎるだろ)
俺はスマホの画面に向かってツッコミを入れつつ、その画像を「保存」した。
お嬢様の机を占拠する筋肉アザラシ部隊。
これもまた、俺たちの奇妙な青春の1ページだ。
次回 第25話:コンビニの『増量キャンペーン』は、質量の保存法則を無視していませんか?




