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概念少女の庶民学(コモン・センス)~「概念は知っています」が口癖の箱入り令嬢と、牛丼の食べ方について議論する~  作者: 上山マヤ
二年生編

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24/50

第24話:カプセルトイの『ダブり』は、不具合ではありません

 放課後。俺たちは大型ショッピングモールの片隅にある、異様な空間に足を踏み入れていた。

 壁一面に並ぶ、数百台もの白い箱。

 そこは通称『ガチャガチャの海』と呼ばれる、カプセルトイの聖地だ。


「……カケル。ここはカプセル型の居住区画(ポッド)の展示場ですか?」

「違う。数百円で買える、小さなおもちゃの自販機だよ」


 アリスは興味深そうに、通路を歩き回る。

 精巧な動物のフィギュアから、誰が買うんだというようなネタ系グッズまで、ここには森羅万象が詰まっている。


「……む」


 アリスが足を止めた。

 彼女が食いついたのは、またしても俺の理解を超える代物だった。


 『決定版! マッチョ水族館』


 POPには、ムキムキの人間の手足が生えたイルカやサメが、ボディビルダーのようなポーズを決めている写真が載っている。


「……素晴らしい」

「どこがだよ! キモいだろ!」

「海洋生物が陸上進出のために筋力を強化した……これぞ生物の合理的進化の極致アルティメットです。欲しいです」


(アリスは筋肉が好きなのか?)


 アリスの琴線きんせんは、いつだってズレている。

 彼女は財布から両替したばかりの100円玉を取り出した。


「全7種類。狙うはシークレットの『ポセイドン』、および陸の王者『マッチョ・ライオン』です」

「なんでライオンが水族館にいるんだ」


 アリスは硬貨を投入し、ハンドルを回した。

 ガコン、という小気味よい音と共に、カプセルが転がり出る。


「……開封します」


 パカッ。

 出てきたのは、愛らしい顔に不釣り合いな上腕二頭筋を持つ『マッチョ・アザラシ』だった。


「……ふむ。通常コモン枠ですね。造形は悪くありません」

「まあ、最初はこんなもんだろ」


 アリスは気を取り直し、二回目の硬貨を投入した。

 ガコン。パカッ。


「……またアザラシです」

「まあ、あるあるだな」


 三回目。

 ガコン。パカッ。


「……アザラシです。三連鎖トリプル?」


 四回目。

 ガコン。パカッ。


「……アザラシ」


 五回目。

 ガコン。パカッ。


「…………」


 アリスの手元には、同じポーズ(サイドチェスト)を決めた五体のアザラシが並んでいた。

 アリスの肩が震え出す。


「……不具合バグです!!」


 彼女は筐体を指差し、叫んだ。


「ランダム排出のアルゴリズムが偏っています! 確率論的に、1/5を5回連続で引く確率は0.032%! これは作為的な操作です! 店員を呼んで監査を要求します!」

「落ち着け! それがガチャの闇だ!」

「納得できません! いっそ、この筐体ごと買い取って中身を検品すべきでは!?」

「やめろ! 大人の財力で解決しようとするな!」


 アリスは憤慨し、六回目のコインを投入しようと身構えた。泥沼だ。

 その時。


「……うわーん!」


 隣の列から、子供の泣き声が聞こえた。

 小学生くらいの男の子が、同じ『マッチョ水族館』の前で泣きじゃくっている。


「うっ、うっ……『マッチョ・サメ』が出ないよぉ……! また『おじさん』が出たぁ……!」


 男の子の手元を見ると、そこにはアリスが喉から手が出るほど欲しがっていたシークレット、『ポセイドン(三叉の槍を持ったマッチョな老人)』が3体も転がっていた。


「……なんと」


 アリスが目を見開いた。


「少年。その『おじさん』はシークレット……市場価値においては最高レアリティですよ?」

「いらないー! サメがいいー! あとアザラシも欲しかったのにー!」


 子供にとって、レアリティなど関係ない。欲しいものが正義なのだ。

 アリスは自分の手元のアザラシ軍団と、少年の手元のポセイドン軍団を見比べた。


「……需要と供給が、完全にすれ違っています」

「アリス、チャンスだぞ」


 俺は彼女の耳元で囁いた。


「『交換してくれない?』って頼んでみたらどうだ?」

交換トレード……。なるほど、ダブりを資産として運用するのですね」


 アリスは頷き、男の子の目線に合わせてしゃがみ込んだ。

 その表情は、まるで企業の合併交渉に臨むCEOのように真剣だった。


「……少年。提案オファーがあります」

「え?」

「貴方はサメとアザラシが欲しい。私はポセイドンが欲しい。……利害が一致しました。取引ディールしませんか?」


 アリスは自分のアザラシを2体差し出した。


「サメはありませんが、この『マッチョ・アザラシ』2体を譲渡します。対価として、貴方の『ポセイドン』を1体、私にください」

「えっ!? いいの!?」


 男の子の目が輝いた。

 少年にとっては「いらないおじさん1個」で「欲しかったアザラシ2個」が手に入る。錬金術のような取引だ。


「うん! おねーちゃん、ありがとう! あ、僕イカもダブってるからあげる!」

「! よろしいのですか?」

「うん! アザラシいっぱい嬉しいなー!」


 男の子はアザラシを受け取り、満面の笑みで母親の元へと走っていった。

 アリスの手元には、念願のポセイドンと、オマケのイカが残った。


「……手に入りました」


 アリスは神々しいポセイドンのフィギュアを掲げ、しみじみと言った。


「カケル。カプセルトイの『ダブり』は、不具合バグでもゴミでもありませんでした」

「お、悟りを開いたか」

「はい。これは……他者と繋がり、幸福を交換するための『通貨』だったのですね」

「厳密には違うと思うけど、相手が納得して交換してくたならOKだな」


 欲しかったものが手に入った喜びよりも、あの子の笑顔を見られたことの方が、少しだけ嬉しかったのかもしれない。

 アリスは優しげな顔で、残ったアザラシたちを学生カバンにしまった。


 ◇ ◇ ◇


 帰り道。

 俺たちは戦利品を並べながら歩いていた。


「でも、まだアザラシが3体も余ってるな。どうするんだ?」

「……そうですね」


 アリスは少し考え、真面目な顔で頷いた。


「有効活用します。彼らには、我が家の重要拠点の警備任務に就いてもらいます」

「警備?」

「はい。屈強な肉体を持つ彼らなら、安心です」


 ――その夜。

 アリスからLIMEで一枚の写真が送られてきた。


 『鉄壁の布陣です』


 添付された画像には、イタリア製の高級な勉強机の上が写っていた。

 教科書やノートの前に、3体の『マッチョ・アザラシ』が、こちらを威圧するようにサイドチェストのポーズで整列している。

 その後ろには、司令官のように『ポセイドン』が鎮座していた。


(……シュールすぎるだろ)


 俺はスマホの画面に向かってツッコミを入れつつ、その画像を「保存」した。

 お嬢様の机を占拠する筋肉アザラシ部隊。

 これもまた、俺たちの奇妙な青春の1ページだ。

次回 第25話:コンビニの『増量キャンペーン』は、質量の保存法則を無視していませんか?

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