第22話:【幕間】黒服たちの憂鬱。お嬢様の「初めて」を見守るのも楽ではありません
俺の名は権田。
日本経済を影で牛耳る大財閥、九条院家に仕える警護班の班長だ。
我々の任務はただ一つ。
至宝であるご令嬢、アリスお嬢様をお守りし、その成長を陰ながらサポートすること。
だが、この数ヶ月……我々の任務は、かつてないほどのカオスを極めていた。
全ては、あの1月の夜。
自販機の前で、一人の貧乏学生――佐藤カケルと接触したことから始まった。
◇ ◇ ◇
【報告書No.1:接触】
あの夜、お嬢様は「自力での帰宅」を試みられ、寒空の下で立ち往生されていた。
我々は直ちに救出に向かうべきだったが、本家からの指令は「ギリギリまで手出し無用。自立心を養わせろ」とのこと。
歯噛みしながら電柱の陰で見守るしかなかった。
そこに現れたのが、『佐藤カケル』だ。
彼はあろうことか、お嬢様の頬に缶コーヒーを押し当てた。
「き、貴様ァ! お嬢様の玉肌に何を!」
部下が飛び出そうとするのを、俺は必死で止めた。
だが、お嬢様は……温かそうにしていた。
130円の鉄の塊を、まるで宝石のように抱きしめて。
本家からお嬢様お迎えの指示が降りると、速やかにお迎えに上がる。
我々は佐藤カケルの調査に乗り出した。
【報告書No.2:転校と焼きそばパン】
お嬢様は、以前の私立高校ではクラスメイトと馴染めずにいた。
周囲が気後れし、腫れ物扱いしていたからだ。
そこで九条院家は、思い切った策に出た。佐藤カケルが通う公立高校への転入だ。
学校への根回し(圧力)は、わずか数分で完了した。
数日後。
購買部での戦争を見守っていた我々は、戦慄した。
お嬢様が……炭水化物の塊(焼きそばパン)を摂取されている!
「班長! 炭水化物in炭水化物です! 栄養バランスが崩壊します!」
「落ち着け! 直ちに本家の栄養士に連絡するんだ!」
【報告書No.3:紅生姜クライシス】
牛丼屋での一件。
お嬢様は、あの真っ赤な着色料まみれの生姜を気に入られたようだ。
「……報告する。お嬢様が、紅生姜の『おかわり』をされた」
俺は震える手でスマホを握りしめた。
「至急、国産・無添加・最高級の生姜を手配しろ! 明日の朝食に出すんだ!」
【報告書No.4:カケル宅への潜入(外から)】
佐藤カケルの自宅アパート。
木造築30年。セキュリティレベルはゼロに等しい。
我々は隣の空き部屋を確保し、壁に聴診器と熱センサーを当てて監視を続けた。
「班長、熱源反応あり。二人は……テレビの前で並んでいます」
「距離は?」
「約70センチ。健全な距離を保っています」
「よし。……ん? この音声は……ゲームか?」
聞こえてくるのは『待ちガイル』だの『投げハメ』だのという物騒な単語。
だが、お嬢様の声は弾んでいた。
「……18時50分。対象カケル、お嬢様の帰宅を促しました」
「ほう。19時前には帰す、か。……あの小僧、貧乏人だが礼儀は弁えているようだな」
俺の中で、カケルへの評価が「排除対象」から「要監視対象(保留)」へと切り替わった瞬間だった。
「駅の方角か、車を回せ」
【報告書No.7:フィルターの攻防】
映画館。
お嬢様が選んだのは、まさかのホラー映画だった。
「おい! その映画のレーティングはどうなっている!」
「全年齢対象ですが……ホラーには付き物のアレが懸念されます」
「お色気シーンか!」
我々は直ちに映画データをハッキング(正規購入)し、早送りで検証を行った。
「開始15分、シャワーシーンなし! 中盤、カップルのイチャつき……なし! 霊による衣服の透け……なし!」
「よし! クリアだ! お嬢様の目に毒はない!」
結果、お嬢様は佐藤カケルの腕を『手すり』として使用することで完走された。
【報告書No.12:デーバス鑑賞会】
再び佐藤カケル宅。
今度はアニメ鑑賞会だ。
「でも班長、いいんですか?」
「何がだ?」
「デーモンバスターって九条院フィルターに引っかりますよね?」
「本家の指示だ。自由にやらせろとな。我々は見守るしかない」
どうも最近の本家の動きが妙だ。
お嬢様をどうするつもりなのか。
いや、それは俺が考えることではない。
熱センサーの反応を見て、部下が叫んだ。
「班長! 熱源が密着しています! これは……!?」
「な、なにィ!?」
「突入しますか!?」
「待て! ……音声解析によると、お嬢様が『緊急回避行動』とおっしゃっている。……恐怖による避難か。なら仕方ない……のか?」
俺たちは壁越しにハンカチを噛み締めながら、二人の鑑賞会が終わるのを待った。
数日かけて最終話まで観るつもりのようだ。
俺も気になっていた作品だ。こちらにもモニタを用意しよう。
【報告書No.15:ゲリラ豪雨と回転寿司】
立体駐車場での雨宿り。
お嬢様がハンカチを取り出し、自分で拭いた。
「……成長されたな」
「ええ。以前なら、濡れたまま棒立ちでしたのに」
その後、回転寿司店にて。
お嬢様が『フィギュアスケート侍』なる奇妙な人形を当てて喜ばれていた。
翌日、その人形はお嬢様の宝物庫に厳重に保管された。
以前よりも優しい顔をされるようになった気がする。
【報告書No.19:アルタリオの死闘】
テスト勉強と称して入った激安イタリアン『アルタリオ』。
お嬢様がメニューの裏面を凝視し、険しい表情を浮かべていた。
「班長。お嬢様が動きません。何らかの暗号を解読中でしょうか?」
「確認する。……なんだあれは。キッズメニューの『間違い探し』か?」
「はっ。暇つぶし用の遊戯と思われます」
我々は安堵した。だが、数分経ってもお嬢様が頭を抱えている。
どうやら難易度が高いらしい。
「支援する。我々も別動隊を編成し、並行して解析を行え!」
「了解! メニューを確保しました! 解析班、急げ!」
我々は店の外のバン(監視車両)の中で、持ち帰ったキッズメニューをスキャンし、大型モニターに映し出した。
大の大人が五人がかりで、間違い探しに挑む。
「A班、羊の毛の量を確認! B班は背景の雲の座標を特定しろ!」
「報告します! ピザの具材が一つ足りません!」
「よし、これで9個目だ! あと一つはどこだ!」
だが、最後の一個が見つからない。
10分が経過した。車内の空気は重苦しいものになっていた。
「……バカな。我々の画像解析能力をもってしても見抜けないだと? このイラストは国家機密レベルの偽装工作が施されているのか?」
「班長! サーモグラフィーでは判別不能です!」
「くそっ! CIAの友人に協力を要請するか……?」
その時。
モニター越しに、お嬢様が叫んだ。
『あった!! ありました!』
お嬢様が指差したのは、遠くの木の枝の分岐点。
ミリ単位の誤差だった。
「……負けた」
「お嬢様の観察眼、我々を超えています……!」
車内にどよめきと、「さすがはお嬢様」と称賛の拍手が巻き起こった。
我々はその後も、監視しながらも『アルタリオ』の過去問解き明かすことになった。
……あそこの間違い探しは、大人がやっていい難易度ではない。
【報告書No.21:お花見】
そして、春休み。
銀杏公園。
いつものように遠くから監視していた俺は、ファインダー越しにその瞬間を見た。
桜吹雪の中、お嬢様がカケルと自撮りをしている。
背景にはブルーシート。手には安っぽい焼きそば。
だが、その笑顔は……屋敷では一度も見せたことのない、心からの笑顔だった。
「……班長」
「分かっている」
俺は無線機のスイッチを切った。
「報告書にはこう書いておけ。『お嬢様は、庶民文化の視察を極めて有意義に行われた』とな」
◇ ◇ ◇
この数カ月で、お嬢様は変わった。
本の知識だけでは知れないこともある。
泥臭い現実を知り、少しだけ強くなった。
その隣には、いつもあの貧乏学生がいた。
新学期。今日からお嬢様は二年生だ。
「高校デビュー」なる作戦を練っているらしいが、まあ、あの小僧がいれば大丈夫かもしれない。
俺はルームミラー越しに、後部座席のアリスお嬢様を見た。
「……出発します」
「ええ、お願いします。権田」
車は滑らかに走り出す。
俺たちの胃痛と気苦労の日々は、まだまだ続きそうだ。
次回 第23話:クラス替え。『隣の席』になる確率は、天文学的数字ではありません
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