第21話:お花見の「場所取り」は、ブルーシートで行う陣地取りゲームですか?
春休み。
3月の風は、まだ少し冷たい。
俺は駅前の待ち合わせ場所で、そわそわとスマホを弄っていた。
アリスと会うのは決まって放課後、つまり制服姿の時だけだった。
最後に彼女の私服を見たのは、あの出会いの日のドレス姿くらいだ。
「……お待たせしました、カケル」
鈴の音のような声に顔を上げる。
そこには、春色の薄手のトレンチコートに身を包み、黒髪を風になびかせたアリスが立っていた。
制服の時よりも大人びていて、それでいてどこかあどけない。
道行く人が思わず振り返るほどの美少女が、俺の名を呼んでいる。
「……おう。あ、いや、俺も今来たとこ」
「そうですか。到着時刻はオンタイムのはずです」
俺は平静を装ったが、心臓は早鐘を打っていた。
破壊力が凄い。なんだその「深窓の令嬢の休日」みたいな格好は。いや、実際そうなんだけど。
「では、行きましょう。作戦目標は『銀杏公園』。ミッション内容は『お花見』の履修です」
「了解。……すごい人だぞ、覚悟しとけよ」
俺たちは人混みの中を歩き出した。
(お花見、か……)
正直、今まで縁のないイベントだった。
金もかかるし、場所取りをしてくれるような友達も少なかった。
テレビのニュースで見る「ブルーシートの上で馬鹿騒ぎする若者たち」を、どこか冷めた目で見ていた自分がいる。
俺には関係のない世界だ、と。
でも、本当は少しだけ憧れていたのだ。
くだらないことで笑い合って、季節の行事に乗っかる。そんな「普通の青春」というやつに。
まさかそれを、この浮世離れしたお嬢様とすることになるとは思わなかったけど。
◇ ◇ ◇
公園に到着すると、そこは予想通りの地獄絵図だった。
視界を埋め尽くすブルーシートの海。酔っ払いの笑い声。屋台の煙。
「……カケル。ここは難民キャンプの設営地ですか?」
「違う。聖なるお花見会場だ」
「理解できません。桜とは、静寂な庭園で抹茶を飲みながら愛でるものです。なぜブルーシートという『工事現場のような素材』の上に座り、隣人との距離ゼロメートル地帯で宴会を行うのですか?」
「それが『パリピ』の必須科目なんだろ? ほら、ここ空いてるぞ」
俺たちは隙間を見つけ、持参したレジャーシート(100円ショップ製)を広げた。
「……寒いです」
座った瞬間、アリスが身を震わせた。
無理もない。彼女の服は春らしくて軽やかだが、防寒性能は皆無だ。
三月の外気を舐めている。
「想定外です。日向の気温データは15度でしたが、地表付近の体感温度は氷点下に近い……。人体の温度分配機能がエラーを起こしています」
「だから言ったろ。まだ肌寒いから厚着の方がいいって」
ガタガタ震えるアリス。
俺はリュックを開け、中からあるものを取り出した。
自宅から持ってきた、使い古しのフリースブランケットだ。
「ほら、これ使え」
「……毛布? カケルは登山にでも行くつもりだったのですか?」
「俺は防寒対策を怠らないんだよ。あと、温かいお茶も水筒に入れてある」
「……!」
アリスはブランケットにくるまり、渡されたお茶を啜った。
まるで蓑虫だ。
「……温かい。カケルの危機管理能力に救われました」
「……まあ、俺も楽しみだったからな」
ボソリと言うと、アリスは嬉しそうに目を細めた。
◇ ◇ ◇
「見てくださいカケル。ソメイヨシノです」
「ん? なんの暗号だ?」
暖を取って復活したアリスが、頭上の桜を指差して語り出した。
「エドヒガンとオオシマザクラの交配種。全てのソメイヨシノは一本の原木から接ぎ木で増やされたクローンであり、それゆえに一斉に開花し、一斉に散るという特性を持ちます」
「詳しいな」
「データは完璧です。開花条件から歴史的背景まで、全てインプットしてきました」
アリスはドヤ顔で語るが、その視線は桜の花びらではなく、スマホの解説ページに向いている。
いわゆる「団子より花(情報)派」だ。
(画面みてるじゃねーか。何がインプットだ)
「アリス、スマホじゃなくて実物を見ろよ」
ちょうどその時、風が吹いた。
満開の枝が揺れ、無数の花びらが雪のように舞い散る。
桜吹雪だ。
「あっ……」
アリスが言葉を失った。
ピンク色の嵐が、彼女の黒髪やトレンチコートに降り注ぐ。
その光景は、どんな高画質の画像データよりも、圧倒的に美しかった。
「……非合理的です」
アリスが呆然と呟く。
「植物が生存戦略として花を咲かせるのは理解できます。ですが……なぜ、これほどまでに散り際が美しい必要があるのですか? これでは、人間の感情回路がおかしくなってしまいます」
「理屈じゃないんだろうな。……本当に綺麗だ」
「……はい。悔しいですが、綺麗です」
アリスは肩に乗った花びらを手に取り、愛おしそうに見つめた。
◇ ◇ ◇
「さて、花も見たし、次は団子だな」
「了解です。屋台の『たこ焼き』という球体を摂取します」
俺たちは屋台でたこ焼きと焼きそばを買い込み、シートに戻った。
アリスは「衛生管理基準が不明瞭です」と文句を言いつつも、熱々のたこ焼きをハフハフと頬張っている。
「……カケル。記録を残しましょう」
アリスがスマホを取り出した。
「桜の写真か?」
「いいえ。桜だけを撮っても、それは画像検索の結果と変わりません。……私たちを含めた、この瞬間の記録です」
彼女はカメラをインカメ(自撮りモード)に切り替えた。
俺とアリス、そして背景に桜と雑多な群衆が映り込む。
「ちょ、俺はいいよ! 写真写り悪いし!」
「拒否権はありません。……はい、撮ります」
カシャッ、カシャシャシャシャッ。
アリスは無表情で高速連写した。
「どんだけ撮るんだよ!」
「ベストショットを選別するためには、母数が必要です。後でブレている写真は削除し、最も美しい一枚を保存します」
「アリスって今まで写真撮るタイプじゃなかったろ?」
「ええ。これも陽キャの皆様に習ってのことです」
アリスは画面を確認し、ふふっと笑った。
そこには、口元に青のりをつけた俺と、少しだけ顔を赤らめてピースサインをする蓑虫アリスが映っていた。
おしゃれな写真じゃない。
背景にはブルーシートやゴミ箱も映り込んでいる。
でも、それが妙に「青春」っぽくて、俺はなんだかむず痒くなった。
「……まあ、悪くないな」
「はい。ミッションコンプリートです」
俺たちは日が暮れるまで、桜の下でくだらない話をした。
寒かったし、人は多かったし、たこ焼きは高かった。
けれど、俺がずっと憧れていた「普通の春休み」は、確かにここにあった。
さて、春休みが終われば、いよいよ二年生だ。
クラス替えという名の、次なる試練が待っている。
次回 第22話:【幕間】黒服たちの憂鬱。お嬢様の「初めて」を見守るのも楽ではありません




