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概念少女の庶民学(コモン・センス)~「概念は知っています」が口癖の箱入り令嬢と、牛丼の食べ方について議論する~  作者: 上山マヤ
一年生編

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19/50

第19話:イタリアンレストランで『間違い探し』をするのは、高度な画像解析訓練ですか?

 公立・銀杏いちょう高校、1年B組。

 アリスは転校してきて2か月程度だが、俺は入学からもうすぐ一年が経とうとしている。

 俺たちは期末テストに向けた「追い込み」の時期を迎えていた。


 放課後。

いつものファミレス『ガストリア』へ向かった俺たちだったが、入り口で立ち尽くすことになった。


「……満席ですね」

「テスト前だからな。みんな考えることは同じか」


 店内は近隣の高校生で溢れかえっている。これでは席が空くまで一時間はかかるだろう。


「どうする、アリス。今日は解散するか?」

「否。今回のテスト範囲である『日本史・旧石器時代から平安時代まで』を完全攻略するまでは帰還できません。別の拠点を確保しましょう」

「別のって言ってもなぁ……」


(今日は親が居るから俺の家も使えないしな)


 俺は少し考え、駅から少し離れた場所にある、別のファミレスを思い出した。


「ここから15分くらい歩くけど、『アルタリオ』なら空いてるかもな」

「アルタリオ……聞いたことのない店名です」

「イタリアンファミレスだよ。ガストリアよりもさらにワンランク安いのが特徴だ」

「イタリアン! 悪くありませんね。トスカーナ地方の家庭料理で脳に栄養を補給しましょう」


 アリスは期待に胸を膨らませ、歩き出した。

 彼女はまだ知らない。そこが「ミラノ風」であって「ミラノ」ではないことを。


 ◇ ◇ ◇


 『アルタリオ』は予想通り、比較的空いていた。

 席に着き、アリスがメニューを開いた瞬間、彼女の手が震えた。


「……カケル。この価格設定は、誤植ミスプリントではありませんか?」

「合ってるよ」

「『ミラノ風ドリア 300円』……? ユーロではありませんよね? 300円で何が出てくるのですか? 一口サイズの前菜ですか?」

「ちゃんとした一食分だよ。俺たち貧乏学生の味方だ」

「信じられません……。原材料費、人件費、光熱費……どう計算しても赤字です。これは慈善事業チャリティーの一環ですか?」


 アリスは戦慄しながら、メニューの番号をスマホに入力し始めた。

 この店の注文システムは紙のメニューを見て、食べたい料理の「番号」を、自分のスマホで読み取ったQRコードの画面に入力するのだ。


「……解せません」

「どうした?」

「デジタル化するなら、メニュー自体をタブレットにすべきです。わざわざアナログな紙媒体から数値を読み取り、手動で入力するなど……二度手間ダブル・プロセスでは?」

「まあな。でも、この店には『紙のメニュー』を残さなきゃいけない理由があるんだよ」


 俺はニヤリと笑ったが、その前にアリスが教科書を広げ始めたので、一旦話を戻すことにした。

 料理が来るまでの間、少しでも勉強を進めなければならない。


「カケル。そもそも、今回のテスト範囲設定に異議があります」

「お、やる気だな」

「やる気というか、憤りです」


 アリスは日本史の教科書をバン! と叩いた。


「旧石器時代から平安時代まで。……時間軸にして数万年ですよ? それをたった一回の試験範囲にするなど、広すぎます。人類史への冒涜では?」

「まあ、最初の方は進むのが早いからな」

「納得いきません。打製石器と磨製石器の違いなど、機能的進化アップデートの一言で済む話です。なぜ形状の違いを暗記する必要が?」

「それを言ったらおしまいだよ。歴史のテストは『暗記』が全てだ」

「平安時代の貴族の食事メニューなど、栄養価を計算すれば現代のジャンクフード以下です。覚える価値を見出せません」


(アリスって結構、意味とか理由を置きたがるよな)


「それに中間テストをやったばかりです。なのにすぐ期末テストだなんて」

「たしかに、それは俺も思う。他の高校だと3学期は期末テストだけのところもあるっぽいんだよな」


 アリスはブツブツ文句を言いながら、ノートに『藤原氏』の家系図を書き殴っている。

 彼女の脳みそは「納得できないこと」を記憶するのが苦手らしい。


「お待たせしましたー」


 店員さんが料理を運んできた。

 俺の前には『若鶏のディアボラ風』。アリスの前には『ミラノ風ドリア』。


「……これが、300円の実物」

「水とかフォークはあそこのドリンクバーの横にあるから、セルフで取ってくるシステムだ」

「セルフ……? 客に労働を強いるのですか?」

「その分安いんだよ。ほら、取りに行くぞ」


 アリスは渋々席を立ち、お冷とカトラリーを取って戻ってきた。

 そして、改めてメニューを手に取る。


「さて、食事の前に……カケルが言っていた『紙メニューを残す理由』とは何ですか?」

「これだよ」


 俺はメニューを裏返した。

 そこには、子供向けの可愛らしいイラストが二枚、並んで描かれていた。


「これだ。『メニュー裏の間違い探し』」

「……は?」

「これがアルタリオの名物だ。料理が来るまでの暇つぶし用だが、難易度が鬼のように高いことで有名なんだよ」

「ふっ、子供騙しですね」


 アリスは鼻で笑った。


「所詮はキッズ用。画像解析能力に長けた私にかかれば、数秒でクリアしてしまいますよ」

「ほう、言ったな? 間違いは全部で10個だ。やってみろよ」


 と、いいつつ俺も間違いを探してみる。


 アリスは「秒殺です」と豪語し、間違い探しに目を落とした。


 一分後。


「……5個。単純な色の違い、物体の有無。イージーモードです」


(さすがに早いな)


 三分後。


「……8個。ふむ、雲の形と、遠くの羊の向き。少し捻ってきましたね」


(言われなきゃ気付けなかったな)


 五分後。

 ドリアのスプーンが止まった。


「……解せません! あと一つ! 最後の一つが見つかりません!」

「だろ? 最後の一個はマジで分からないように作ってあるんだよ」

「これはイラストではありません! 高度な暗号コードです!」


(ダジャレなのか本気で言ってるのか分からん)


 アリスは眉間に深いシワを寄せ、二つの絵を交互に睨みつけている。

 勉強会をしに来たはずだが、藤原氏のことなど頭から消え去っているようだ。


「おい、ドリア冷めるぞ」

「待ってください! 今、空間認識のレイヤーを切り替えています……。この羊の毛の量……いや、背景の建物の窓枠の太さか……?」


 彼女はもはや、CIAの分析官のような顔つきになっていた。

 メニューに顔を近づけ、寄り目になりながら微細な差異を探している。


「アリス、勉強は?」

「これが勉強です! 観察眼と論理的推論の訓練です!」

「違うと思うけどな……」

「イラストレーターの心理をプロファイリングします。残り一つの間違いを隠すなら、人間の意識が向きにくい『余白』か、あるいは『認識の死角』……」


 俺は届いた『若鶏のディアボラ風』を食べ始めた。

 皮がパリパリで美味い。

 アリスはブツブツと独り言を呟きながら、メニューと格闘している。


「……あった!! ありました!」


 数分後。アリスが店内に響く声で叫んだ。


「カケル! ここです! 遠くの木の枝の分岐が、ミリ単位で異なります! これは印刷ミスと誤認させるためのトラップです!」

「うわ、マジだ。よく見つけたな」

「ふふふ……勝ちました。私のアイを欺くことなど不可能です」


 アリスは勝利の余韻に浸りながら、ようやくスプーンを手に取った。

 冷めてしまったドリアを一口食べる。


「……少し冷めてしまっています。ですが、勝利の味がします」

「熱々のうちに食ったほうが百倍美味いけどな」


 結局。

 その後も「今月の間違い探しは過去最高難易度」という過去問バックナンバーをネットで検索し始め、俺たちは勉強そっちのけで画像解析バトルに没頭することになった。


 店を出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。


「……カケル」

「ん?」

「旧石器時代から平安時代の攻略、進捗はゼロです」

「……だな」

「ですが、画像解析スキルは向上しました」

「テストに出ないけどな」


 俺たちは重たい足取りで駅へと向かう。

 期末テストへの不安は残るが、アリスの満足そうな横顔を見ていると、まあ悪い放課後ではなかった気がする。

 

 アルタリオの安さと、間違い探しの恐ろしさ。

 これもまた、数万年の歴史より重要な、現代社会の教養コモン・センスの一つということで。

次回 第20話:『高校デビュー』は入学時だけとは限りません。二年生からの逆襲カウンターです

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