第18話:人生ゲームで『結婚』コマに進む確率は、何パーセントですか?
放課後、急に降り出した雨により、予定していた「公園でのバドミントン対決」は中止となり、俺たちは俺の家で暇を持て余していた。
「……暇ですね。円周率の計算でもしますか?」
「しなくていい。……そうだ、いいものがある」
俺は押し入れの奥から、埃をかぶった箱を取り出した。
『人生ゲーム』。
昭和の時代から愛される、ボードゲームの王様だ。
「人生ゲーム……。概念は知っています。卓上で一生をシミュレートする双六ですね」
「ああ。今日はこれで勝負だ」
俺が盤面を広げると、アリスはルーレットを指で弾き、冷ややかな目を向けた。
「……カケル。このゲームには欠陥があります」
「なんだよ」
「移動手段が『運』のみです。人生とは、本来『選択』と『努力』の積み重ねによって構築されるべきもの。将棋やチェスのように、戦略性が介在しないのは不合理です」
「甘いなアリス。努力じゃどうにもならない理不尽、それが人生なんだよ」
俺はルーレットを回した。
ゲームスタートだ。
◇ ◇ ◇
序盤。職業選択コース。
俺は無難に『サラリーマン』になった。給料は平凡だが、安定している。
対するアリスは。
「……職業、『石油王』」
「そんな職業あったっけ!?」
「ルーレットの目が最大値を出しました。……ふむ。給料日が来るたびに、カケルの年収の十倍が入る計算ですね」
アリスの自動車には、またたく間にドル札のおもちゃが溢れていった。
彼女は札束を扇子のように広げ、不敵に微笑む。
「簡単ですね、人生とは。やはり資本こそが正義です」
「くそっ、成金ムーブかましやがって……!」
俺がちまちまと「生命保険に入る(-5000ドル)」とかやっている横で、アリスは「油田を掘り当てる(+100000ドル)」「美術館を建設する(名誉点ゲット)」と、我が世の春を謳歌していた。
そして、盤面は中盤。最大のイベントエリアに差し掛かった。
『結婚ゾーン』だ。
「……ここは何ですか?」
「結婚マスだよ。ここに止まると強制的に結婚し、配偶者のピンを車に乗せなきゃならない。ご祝儀も貰えるぞ」
「なるほど。パートナーの獲得ですね」
「カケルはアイドルと結婚できるかも知れませんね」
「やめろ。推しは遠くから見守ると決めたんだよ」
俺の番。ルーレットを回す。
……出目は『5』。結婚マスを素通りした。
「あー、通り過ぎちまった。俺は独身貴族ルートか」
「素通り……? カケルは結婚しないのですか?」
「止まらなかったからな。これが運命だ」
「人生で結婚のチャンスは一度切りですか。案外そういうモノなのかも知れませんね」
何かを悟ったようなことを言いながら続いてアリスの番。
彼女は「狙います」と宣言し、指先に神経を集中させてルーレットを回した。
カラカラカラ……ピタリ。
出目は『2』。
見事に『結婚』のマスの真上で、車が止まった。
「……着地成功。計算通りです」
「マジかよ、ここで引き当てるか」
アリスは盤上の『配偶者ピン(ピンクと水色の棒)』の箱に手を伸ばした。
「ルール上、私は配偶者を選ばねばなりませんね」
「おう。好きな色のピンを一本選んで、自分の車の助手席に刺すんだ」
「……質問です。配偶者を得ることによる、経済的メリットは?」
「ご祝儀がもらえるのと、ゴールした時の点数になるな」
「デメリットは?」
「車が狭くなるのと、子供が生まれたら養育費がかかる」
アリスは真剣な顔で天秤にかけた。
「コスト増の要因ですね。一人当たりの酸素消費量も増えますし、車両重量の増加による燃費悪化も懸念されます」
「夢のないこと言うなよ! 幸せだろ、結婚!」
「まあ、ゲームのルールなら従いましょう」
アリスは事務的にピンク色のピンをつまみ上げた。
「では、この個体を採用します」
「何か悩んでたけど、なんでそれ選んだんだ?」
「射出成形のバリが少なく、空気抵抗が一番少なそうだったので」
「基準が独特すぎるわ!」
アリスは無表情で、自分の青い車の助手席に、ピンクのピンをブスリと刺した。
石油王アリスと、空気抵抗の少ない夫。
愛のない政略結婚に見えるのは俺だけだろうか。
◇ ◇ ◇
アリスの独走状態で、ゲームは終盤に突入した。
彼女の手元には山のような札束と、大量の株券。
対する俺は、借金こそないものの、慎ましい貯金があるだけだ。
「勝負ありましたね。この資産差、覆すのは不可能です」
「まだだ! 最後の『決算マス』に着くまでは分からないぞ!」
ゴール直前。そこには『大博打マス』や『大逆転ルーレット』が待ち受けている。
アリスの手番。
彼女が出したのは――不運にも『1』。
止まったマスには、毒々しい文字でこう書かれていた。
『世界恐慌発生! 持っている株券と不動産が全て紙切れになる。さらに所持金の半分を没収』
「…………は?」
アリスが固まった。
思考停止している間に、俺は無慈悲に彼女の資産を回収していく。
「暴落だー! 株券没収! 家も没収! 現金も半分銀行へ!」
「な、なぜですか!? 私の油田は!? 美術館は!? 購入ばかりの高級住宅まで!」
「時代の流れには勝てなかったんだよ……」
一瞬にして、アリスの資産は消え失せた。
そして次の俺の番。
堅実にゴールし、サラリーマンの退職金と、地道に貯めた貯金が計上される。
結果発表。
優勝、佐藤カケル。
二位、九条院アリス。
「……」
アリスは空っぽになった手元と、助手席に乗ったままのピンクのピンを交互に見つめていた。
「……理不尽です」
「それが人生ゲームだよ」
「積み上げた努力も、資産も、たった一度の不運で無に帰す……。こんな非合理なシミュレーションがありますか」
アリスはがっくりと項垂れた。
あまりに可哀想だったので、俺はフォローを入れる。
「まあ、でもさ。最後に全部なくなったけど……」
「けど?」
「ゲームオーバーにはなってないだろ? ゴールまでは辿り着いた。生きてりゃなんとかなるってことさ」
俺が言うと、アリスは盤上の、ボロボロになった自分の車を見つめた。
資産はゼロだが、助手席のピンクのピンは最後まで乗っている。
「……そうですね」
アリスは小さく息を吐いた。
「石油王の栄華は夢と消えましたが……プロセスとしては興味深い体験でした。予測不能な変数こそが、人生のスパイスということにしておきます」
「おう、綺麗にまとめたな。じゃあ、片付けるか」
俺たちは箱にピンや札束を戻していく。
外の雨はまだ止まないけれど、部屋の中はなんとなく、温かい空気に包まれていた。
なお、このあと「悔しいので将棋で勝負です! 運要素ゼロの戦場で白黒つけます!」と再戦を挑まれ、俺がボコボコにされて終わったのは言うまでもない。
次回 第19話:イタリアンレストランで『間違い探し』をするのは、高度な画像解析訓練ですか?




