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概念少女の庶民学(コモン・センス)~「概念は知っています」が口癖の箱入り令嬢と、牛丼の食べ方について議論する~  作者: 上山マヤ
一年生編

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18/50

第18話:人生ゲームで『結婚』コマに進む確率は、何パーセントですか?

 放課後、急に降り出した雨により、予定していた「公園でのバドミントン対決」は中止となり、俺たちは俺の家(コックピット)で暇を持て余していた。


「……暇ですね。円周率の計算でもしますか?」

「しなくていい。……そうだ、いいものがある」


 俺は押し入れの奥から、埃をかぶった箱を取り出した。

 『人生ゲーム』。

 昭和の時代から愛される、ボードゲームの王様だ。


「人生ゲーム……。概念は知っています。卓上で一生をシミュレートする双六スゴロクですね」

「ああ。今日はこれで勝負だ」


 俺が盤面を広げると、アリスはルーレットを指で弾き、冷ややかな目を向けた。


「……カケル。このゲームには欠陥があります」

「なんだよ」

「移動手段が『ルーレット』のみです。人生とは、本来『選択』と『努力』の積み重ねによって構築されるべきもの。将棋やチェスのように、戦略性が介在しないのは不合理です」

「甘いなアリス。努力じゃどうにもならない理不尽、それが人生リアルなんだよ」


 俺はルーレットを回した。

 ゲームスタートだ。


 ◇ ◇ ◇


 序盤。職業選択コース。

 俺は無難に『サラリーマン』になった。給料は平凡だが、安定している。

 対するアリスは。


「……職業、『石油王』」

「そんな職業あったっけ!?」

「ルーレットの目が最大値を出しました。……ふむ。給料日が来るたびに、カケルの年収の十倍が入る計算ですね」


 アリスの自動車コマには、またたく間にドル札のおもちゃが溢れていった。

 彼女は札束を扇子のように広げ、不敵に微笑む。


「簡単ですね、人生とは。やはり資本マネーこそが正義です」

「くそっ、成金ムーブかましやがって……!」


 俺がちまちまと「生命保険に入る(-5000ドル)」とかやっている横で、アリスは「油田を掘り当てる(+100000ドル)」「美術館を建設する(名誉点ゲット)」と、我が世の春を謳歌していた。


 そして、盤面は中盤。最大のイベントエリアに差し掛かった。

 『結婚ゾーン』だ。


「……ここは何ですか?」

「結婚マスだよ。ここに止まると強制的に結婚し、配偶者のピンを車に乗せなきゃならない。ご祝儀も貰えるぞ」

「なるほど。パートナーの獲得ですね」


「カケルはアイドルと結婚できるかも知れませんね」

「やめろ。推しは遠くから見守ると決めたんだよ」


 俺の番。ルーレットを回す。

 ……出目は『5』。結婚マスを素通りした。


「あー、通り過ぎちまった。俺は独身貴族ルートか」

「素通り……? カケルは結婚しないのですか?」

「止まらなかったからな。これが運命だ」

「人生で結婚のチャンスは一度切りですか。案外そういうモノなのかも知れませんね」


 何かを悟ったようなことを言いながら続いてアリスの番。

 彼女は「狙います」と宣言し、指先に神経を集中させてルーレットを回した。

 カラカラカラ……ピタリ。


 出目は『2』。

 見事に『結婚』のマスの真上で、車が止まった。


「……着地成功。計算通りです」

「マジかよ、ここで引き当てるか」


 アリスは盤上の『配偶者ピン(ピンクと水色の棒)』の箱に手を伸ばした。


「ルール上、私は配偶者を選ばねばなりませんね」

「おう。好きな色のピンを一本選んで、自分の車の助手席に刺すんだ」

「……質問です。配偶者を得ることによる、経済的メリットは?」

「ご祝儀がもらえるのと、ゴールした時の点数になるな」

「デメリットは?」

「車が狭くなるのと、子供が生まれたら養育費がかかる」


 アリスは真剣な顔で天秤にかけた。


「コスト(プッシュ)の要因ですね。一人当たりの酸素消費量も増えますし、車両重量の増加による燃費悪化も懸念されます」

「夢のないこと言うなよ! 幸せだろ、結婚!」

「まあ、ゲームのルールなら従いましょう」


 アリスは事務的にピンク色のピンをつまみ上げた。


「では、この個体を採用します」

「何か悩んでたけど、なんでそれ選んだんだ?」

「射出成形のバリが少なく、空気抵抗が一番少なそうだったので」

「基準が独特すぎるわ!」


 アリスは無表情で、自分の青い車の助手席に、ピンクのピンをブスリと刺した。

 石油王アリスと、空気抵抗の少ない夫。

 愛のない政略結婚に見えるのは俺だけだろうか。


 ◇ ◇ ◇


 アリスの独走状態で、ゲームは終盤に突入した。

 彼女の手元には山のような札束と、大量の株券。

 対する俺は、借金こそないものの、慎ましい貯金があるだけだ。


「勝負ありましたね。この資産差、覆すのは不可能です」

「まだだ! 最後の『決算マス』に着くまでは分からないぞ!」


 ゴール直前。そこには『大博打マス』や『大逆転ルーレット』が待ち受けている。

 アリスの手番。

 彼女が出したのは――不運にも『1』。

 止まったマスには、毒々しい文字でこう書かれていた。


 『世界恐慌発生! 持っている株券と不動産が全て紙切れになる。さらに所持金の半分を没収』


「…………は?」


 アリスが固まった。

 思考停止している間に、俺は無慈悲に彼女の資産を回収していく。


「暴落だー! 株券没収! 家も没収! 現金も半分銀行へ!」

「な、なぜですか!? 私の油田は!? 美術館は!? 購入ばかりの高級住宅まで!」

「時代の流れには勝てなかったんだよ……」


 一瞬にして、アリスの資産は消え失せた。

 そして次の俺の番。

 堅実にゴールし、サラリーマンの退職金と、地道に貯めた貯金が計上される。


 結果発表。

 優勝、佐藤カケル。

 二位、九条院アリス。


「……」


 アリスは空っぽになった手元と、助手席に乗ったままのピンクのピンを交互に見つめていた。


「……理不尽です」

「それが人生ゲームだよ」

「積み上げた努力サイコロも、資産も、たった一度の不運イベントで無に帰す……。こんな非合理なシミュレーションがありますか」


 アリスはがっくりと項垂れた。

 あまりに可哀想だったので、俺はフォローを入れる。


「まあ、でもさ。最後に全部なくなったけど……」

「けど?」

「ゲームオーバーにはなってないだろ? ゴールまでは辿り着いた。生きてりゃなんとかなるってことさ」


 俺が言うと、アリスは盤上の、ボロボロになった自分の車を見つめた。

 資産はゼロだが、助手席のピンクのピンは最後まで乗っている。


「……そうですね」


 アリスは小さく息を吐いた。


「石油王の栄華は夢と消えましたが……プロセスとしては興味深い体験でした。予測不能な変数ランダムこそが、人生のスパイスということにしておきます」

「おう、綺麗にまとめたな。じゃあ、片付けるか」


 俺たちは箱にピンや札束を戻していく。

 外の雨はまだ止まないけれど、部屋の中はなんとなく、温かい空気に包まれていた。


 なお、このあと「悔しいので将棋で勝負です! 運要素ゼロの戦場で白黒つけます!」と再戦を挑まれ、俺がボコボコにされて終わったのは言うまでもない。

次回 第19話:イタリアンレストランで『間違い探し』をするのは、高度な画像解析訓練ですか?

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