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概念少女の庶民学(コモン・センス)~「概念は知っています」が口癖の箱入り令嬢と、牛丼の食べ方について議論する~  作者: 上山マヤ
一年生編

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17/50

第17話:SNSのフォロー欄は、その人の性癖を映す鏡ですか?

 昼休み。

 アリスの机の上には、黄金色に輝く細長い物体が鎮座していた。

 購買の『揚げパン(きなこ味)』だ。


「……革命的レボリューションです」


 アリスは一口食べるたびに、恍惚の表情を浮かべている。


「コッペパンを油で揚げ、きな粉と砂糖をまぶしただけ。単純な工程なのに、なぜこれほど暴力的なまでの幸福感を生み出せるのでしょうか?」

「先週も揚げパン食ってなかったか? そんなに気に入ったのかよ」

「はい。九条院との交渉で、週に一度だけ購買のパンを摂取する権利を勝ち取りました。この権利を行使するに値する味です」


 どうやら俺の知らないところで、彼女は九条院家と戦っていたらしい。

 俺は焼きそばパンを齧りながら苦笑した。


「俺はどっちかっていうと、焼きそばとかソーセージの入った惣菜パンの方を選んじゃうな」

「たしかに、購買で先に売り切れ(ソールドアウト)するのは惣菜パンですね」

「昼飯だからな。甘いのはおやつって感覚なんだろ……って、おいアリス」

「何でしょう?」


 アリスが真面目な顔でこちらを向く。

 だが、その口の端には、黄色いきな粉がべっとりと付いていた。


「口、ついてるぞ」

「む?」


 アリスは優雅な仕草で口の左側を拭った。

 だが、付いているのは右側だ。


「逆だ逆。……お前、食べるの下手くそか」

「心外です。この粉末の吸着性が高すぎるのです。ナノレベルで皮膚の凹凸に入り込んでいます」

「理屈こねてないで拭けよ。……ほら」


 俺は自分のポケットティッシュを取り出し、一枚渡した。

 アリスはそれを受け取り、丁寧に口元を拭う。

 

 そんな話をしていると、近くの席の女子グループから、甲高い声が聞こえてきた。


「ねえ見て! 昨日のツイスタの投稿、万バズしたんだけど!」

「マジで!? ヤバっ、通知止まんないじゃん」


 『ツイスターランド』(通称:ツイスタ)。日本で一番のユーザー数を誇るSNSだ。

 投稿が急激に拡散されることを「バズる」。インプレッション(表示回数)が1万回を超えることを「万バズ」と呼ばれている。

 と、いうことを俺は簡単にアリスに説明した。


「なるほど……バズ、ですか」

「そういえばアリスはツイスタやってないのか?」

「メッセージアプリは利便性が高いので使用していますが、基本的にSNSはやりません」


 アリスはナプキンで口元を拭きながら、冷徹に言った。


「不特定多数に私生活を公開するなど、セキュリティリスクが高すぎます。デジタルタトゥーのリスクを負ってまで、『いいね』という承認欲求を満たす合理性が理解できません」

「なんか、イメージ通りだよ」


(九条院家の方針的にも、SNS禁止令が出てそうだしな)


「逆に、カケルはやっているのですか?」

「ああ、アカウントはあるよ。見る専だけどな」

「ほう。では、カケルの『FF比』はどうなっていますか?」

「は?」


 いきなり専門用語が出てきて面食らう。


「フォロー数とフォロワー数の比率です。それがSNSにおける階級カーストを決定づける概念だそうです」


(なんか妙な知識を付け始めたな)


「いや、俺にフォロワーなんて居ないよ。フォローしてるのは60……くらいか」

「FF比率0.0%。……圧倒的な『外交力不足』ですね。情報を受け取るばかりで、発信力皆無の下層モブアカウントです」

「うっせえよ! 好きなもん見てるだけなんだからいいだろ! モブっていうな」


 アリスは興味津々で手を伸ばしてきた。


「そのモブアカを見せてください」

「いやだ」


(誰がモブアカだ)


「あ、いえ、見せて下さい、と言ったのですよ?」

「いやだ、と言ったんだ」

「なぜです? やましいことでもあるのですか? まさかバイトテロを起こして万バズしたとか――」

「起こしてない! 覚えたての言葉を使うんじゃない」


(バイトテロとかは知ってるのな)


「別に自分で写真を載せたり、何かを投稿してるわけじゃない」

「あら、そうなのですか。だったら余計になぜ? と問いたくなります」

「……フォロー先がバレるのが、単純に恥ずかしいからだ」


 フォロー欄。

 それは、その人間が「何に興味があるか」を可視化したリストであり、ある意味で本性(性癖)を暴く鏡とも言える。

 別にやましいことは何もない。法に触れるようなアカウントもない。

 だが、見られるのは恥ずかしい。男子高校生とはそういう生き物だ。


「そう言われると、余計に見たくなります。一体何をフォローしているのか」


 アリスの目が獲物を狙う狩人のそれになった。

 しまった。ヤブヘビだったか。


「ではこうしましょう。私が問題を出します。それに答えられなければカケルはSNSを見せる、ということで――」

「ダメに決まってるだろ。俺がアリスの出す問題を答えられるわけが無い!」

「清々しい程の開き直りですね」

「俺が問題を出す! それでアリスが答えられなかったら諦めろ」

「……いいでしょう。受けて立ちます」


 アリスは不敵に微笑んだ。


(あれ? なんか上手くアリスに乗せられたか?)


 勢いで言ってしまったが、アリスに勝てる問題なんてあるのか?

 アニメクイズ? いや、こいつ『デーバス』で異常な学習能力を見せたばかりだ。下手に知識勝負を挑むと負ける。

 なぞなぞ?


 ……待てよ。アリスは頭が良いが、考えすぎるきらいがある。

 だから、こういう「直感を裏切る引っかけ問題」なら、深読みして自滅する可能性があるはずだ。


「いくぞ。……バットとボールは合わせて1100円。バットはボールより1000円高い。では、ボールの値段は?」


 有名な認知バイアスの問題だ。

 有名といってもネット情報に疎いアリスは知らんはずだ。

 なぜかFF比率なんて言葉は知っていたが、どちらにしても賭けだ。

 直感で答えると「100円」と言いたくなるが、正解は「50円」。

 さあ、引っかかれ……!


「50円ですね」

「早っ!?」


 0.1秒だった。

 思考時間ゼロで正解を叩き出された。


「x + (x + 1000) = 1100 という一次方程式です。中学生……いえ、小学生レベルの計算ですが?」

「くっ……! 計算早すぎだろ!」

「約束です。スマホを提出してください」


 俺は泣く泣く、ロックを解除したスマホを差し出した。

 アリスは「失礼します」と恭しく受け取り、フォローリストを開いた。


「……ふむふむ」


 アリスの指がスクロールする。

 微妙に俺の心拍数が上がる。


「これは?」

「……アイドルグループだ」

「これは?」

「……ヒップホップバンドだ」

「これは?」

「……アイドルユニットだ」

「これは?」

「……地下アイドルの個人垢だ」


 アリスの視線が、ジトッとしたものに変わっていく。


「アイドルばっかりじゃないですか」

「いいだろ別に! 曲がいいんだよ曲が!」

「なるほど……。カケルの嗜好データが読めてきました」


 アリスは何かを計算するように空を見上げ、俺に視線を向ける。


「カケルは派手な髪色の女性が好みなのですね」

「なんでそうなる!?」

「フォロー先のアイドルたち、計51名のうち……約69%がハイトーン、つまり金髪や明るい茶髪の女性です」

「そういう統計出すの止めて!」


 俺が必死に弁解すると、アリスは自分のさらさらとした黒髪を指先でつまみ、少しだけ不満げに言った。


「……私の髪は、真っ黒ですが」

「えっ」

「統計的に、私はカケルのストライクゾーンから外れているということですね。……有意義なデータでした」

「ち、違うって! 黒髪も好きだよ! ていうかアリスの髪は特別綺麗だし!」


 俺が慌ててフォローすると、アリスは「……ふん」とそっぽを向いた。

 だが、その口元が少しだけ緩んでいるのを、俺は見逃さなかった。


「もういいです。スマホはお返しします」

「……勘弁してくれ」


 俺はスマホをひったくるように回収した。

 フォロー欄を見られただけなのに、裸を見られたような気分だ。

 

 アリスは残りの揚げパンを一口で食べ終え、満足げに手を合わせた。

 

「ごちそうさまでした。……ちなみにカケル」

「なんだよ」

「その『地下アイドル』のアカウント。タイムラインに『彼氏バレで炎上中』のニュースが流れています」

「うわあああああああ! 見たくなかった現実リアルゥゥゥ!!」


 俺の悲鳴が、昼休みの教室に響き渡った。

 SNSなんて、やるもんじゃない。

次回 第18話:人生ゲームで『結婚』コマに進む確率は、何パーセントですか?

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