第17話:SNSのフォロー欄は、その人の性癖を映す鏡ですか?
昼休み。
アリスの机の上には、黄金色に輝く細長い物体が鎮座していた。
購買の『揚げパン(きなこ味)』だ。
「……革命的です」
アリスは一口食べるたびに、恍惚の表情を浮かべている。
「コッペパンを油で揚げ、きな粉と砂糖をまぶしただけ。単純な工程なのに、なぜこれほど暴力的なまでの幸福感を生み出せるのでしょうか?」
「先週も揚げパン食ってなかったか? そんなに気に入ったのかよ」
「はい。九条院との交渉で、週に一度だけ購買のパンを摂取する権利を勝ち取りました。この権利を行使するに値する味です」
どうやら俺の知らないところで、彼女は九条院家と戦っていたらしい。
俺は焼きそばパンを齧りながら苦笑した。
「俺はどっちかっていうと、焼きそばとかソーセージの入った惣菜パンの方を選んじゃうな」
「たしかに、購買で先に売り切れするのは惣菜パンですね」
「昼飯だからな。甘いのはおやつって感覚なんだろ……って、おいアリス」
「何でしょう?」
アリスが真面目な顔でこちらを向く。
だが、その口の端には、黄色いきな粉がべっとりと付いていた。
「口、ついてるぞ」
「む?」
アリスは優雅な仕草で口の左側を拭った。
だが、付いているのは右側だ。
「逆だ逆。……お前、食べるの下手くそか」
「心外です。この粉末の吸着性が高すぎるのです。ナノレベルで皮膚の凹凸に入り込んでいます」
「理屈こねてないで拭けよ。……ほら」
俺は自分のポケットティッシュを取り出し、一枚渡した。
アリスはそれを受け取り、丁寧に口元を拭う。
そんな話をしていると、近くの席の女子グループから、甲高い声が聞こえてきた。
「ねえ見て! 昨日のツイスタの投稿、万バズしたんだけど!」
「マジで!? ヤバっ、通知止まんないじゃん」
『ツイスターランド』(通称:ツイスタ)。日本で一番のユーザー数を誇るSNSだ。
投稿が急激に拡散されることを「バズる」。インプレッション(表示回数)が1万回を超えることを「万バズ」と呼ばれている。
と、いうことを俺は簡単にアリスに説明した。
「なるほど……バズ、ですか」
「そういえばアリスはツイスタやってないのか?」
「メッセージアプリは利便性が高いので使用していますが、基本的にSNSはやりません」
アリスはナプキンで口元を拭きながら、冷徹に言った。
「不特定多数に私生活を公開するなど、セキュリティリスクが高すぎます。デジタルタトゥーのリスクを負ってまで、『いいね』という承認欲求を満たす合理性が理解できません」
「なんか、イメージ通りだよ」
(九条院家の方針的にも、SNS禁止令が出てそうだしな)
「逆に、カケルはやっているのですか?」
「ああ、アカウントはあるよ。見る専だけどな」
「ほう。では、カケルの『FF比』はどうなっていますか?」
「は?」
いきなり専門用語が出てきて面食らう。
「フォロー数とフォロワー数の比率です。それがSNSにおける階級を決定づける概念だそうです」
(なんか妙な知識を付け始めたな)
「いや、俺にフォロワーなんて居ないよ。フォローしてるのは60……くらいか」
「FF比率0.0%。……圧倒的な『外交力不足』ですね。情報を受け取るばかりで、発信力皆無の下層アカウントです」
「うっせえよ! 好きなもん見てるだけなんだからいいだろ! モブっていうな」
アリスは興味津々で手を伸ばしてきた。
「そのモブアカを見せてください」
「いやだ」
(誰がモブアカだ)
「あ、いえ、見せて下さい、と言ったのですよ?」
「いやだ、と言ったんだ」
「なぜです? やましいことでもあるのですか? まさかバイトテロを起こして万バズしたとか――」
「起こしてない! 覚えたての言葉を使うんじゃない」
(バイトテロとかは知ってるのな)
「別に自分で写真を載せたり、何かを投稿してるわけじゃない」
「あら、そうなのですか。だったら余計になぜ? と問いたくなります」
「……フォロー先がバレるのが、単純に恥ずかしいからだ」
フォロー欄。
それは、その人間が「何に興味があるか」を可視化したリストであり、ある意味で本性(性癖)を暴く鏡とも言える。
別にやましいことは何もない。法に触れるようなアカウントもない。
だが、見られるのは恥ずかしい。男子高校生とはそういう生き物だ。
「そう言われると、余計に見たくなります。一体何をフォローしているのか」
アリスの目が獲物を狙う狩人のそれになった。
しまった。ヤブヘビだったか。
「ではこうしましょう。私が問題を出します。それに答えられなければカケルはSNSを見せる、ということで――」
「ダメに決まってるだろ。俺がアリスの出す問題を答えられるわけが無い!」
「清々しい程の開き直りですね」
「俺が問題を出す! それでアリスが答えられなかったら諦めろ」
「……いいでしょう。受けて立ちます」
アリスは不敵に微笑んだ。
(あれ? なんか上手くアリスに乗せられたか?)
勢いで言ってしまったが、アリスに勝てる問題なんてあるのか?
アニメクイズ? いや、こいつ『デーバス』で異常な学習能力を見せたばかりだ。下手に知識勝負を挑むと負ける。
なぞなぞ?
……待てよ。アリスは頭が良いが、考えすぎるきらいがある。
だから、こういう「直感を裏切る引っかけ問題」なら、深読みして自滅する可能性があるはずだ。
「いくぞ。……バットとボールは合わせて1100円。バットはボールより1000円高い。では、ボールの値段は?」
有名な認知バイアスの問題だ。
有名といってもネット情報に疎いアリスは知らんはずだ。
なぜかFF比率なんて言葉は知っていたが、どちらにしても賭けだ。
直感で答えると「100円」と言いたくなるが、正解は「50円」。
さあ、引っかかれ……!
「50円ですね」
「早っ!?」
0.1秒だった。
思考時間ゼロで正解を叩き出された。
「x + (x + 1000) = 1100 という一次方程式です。中学生……いえ、小学生レベルの計算ですが?」
「くっ……! 計算早すぎだろ!」
「約束です。スマホを提出してください」
俺は泣く泣く、ロックを解除したスマホを差し出した。
アリスは「失礼します」と恭しく受け取り、フォローリストを開いた。
「……ふむふむ」
アリスの指がスクロールする。
微妙に俺の心拍数が上がる。
「これは?」
「……アイドルグループだ」
「これは?」
「……ヒップホップバンドだ」
「これは?」
「……アイドルユニットだ」
「これは?」
「……地下アイドルの個人垢だ」
アリスの視線が、ジトッとしたものに変わっていく。
「アイドルばっかりじゃないですか」
「いいだろ別に! 曲がいいんだよ曲が!」
「なるほど……。カケルの嗜好が読めてきました」
アリスは何かを計算するように空を見上げ、俺に視線を向ける。
「カケルは派手な髪色の女性が好みなのですね」
「なんでそうなる!?」
「フォロー先のアイドルたち、計51名のうち……約69%がハイトーン、つまり金髪や明るい茶髪の女性です」
「そういう統計出すの止めて!」
俺が必死に弁解すると、アリスは自分のさらさらとした黒髪を指先でつまみ、少しだけ不満げに言った。
「……私の髪は、真っ黒ですが」
「えっ」
「統計的に、私はカケルのストライクゾーンから外れているということですね。……有意義なデータでした」
「ち、違うって! 黒髪も好きだよ! ていうかアリスの髪は特別綺麗だし!」
俺が慌ててフォローすると、アリスは「……ふん」とそっぽを向いた。
だが、その口元が少しだけ緩んでいるのを、俺は見逃さなかった。
「もういいです。スマホはお返しします」
「……勘弁してくれ」
俺はスマホをひったくるように回収した。
フォロー欄を見られただけなのに、裸を見られたような気分だ。
アリスは残りの揚げパンを一口で食べ終え、満足げに手を合わせた。
「ごちそうさまでした。……ちなみにカケル」
「なんだよ」
「その『地下アイドル』のアカウント。タイムラインに『彼氏バレで炎上中』のニュースが流れています」
「うわあああああああ! 見たくなかった現実ゥゥゥ!!」
俺の悲鳴が、昼休みの教室に響き渡った。
SNSなんて、やるもんじゃない。
次回 第18話:人生ゲームで『結婚』コマに進む確率は、何パーセントですか?




