第16話:回転寿司の『ポテト』は、寿司ネタとしてカウントしてもいいのですか?
雨上がりの夕食時。
俺たちは人気チェーン店『サムライ寿司』のボックス席に座っていた。
「……カケル。ここは本当に寿司屋ですか? 近未来の管制室ではありませんか?」
アリスが戦慄の眼差しで見つめる先には、横長の巨大な液晶パネルがあった。
「俺も驚いた。しばらく来ないうちに、こんな進化をしてたなんて……」
かつての回転寿司は、職人が握った皿が物理的に回っていた。
だが、衛生面の問題や迷惑動画などのトラブルを経て、業界は進化した。
注文はタブレットで行い、特急レーンで届く……というのが俺の知る最新型だったのだが。
もう一つ先の時代へと進んでいたようだった。
「見てくださいカケル! マグロが泳いでいます! デジタル空間を!」
目の前の液晶画面には、川のように流れる3D映像のレーンが表示され、そこにリアルなCGの寿司皿が流れているのだ。
「すげえなこれ。しかもタッチパネルになってて……」
俺が画面上を流れてきた『マヨコーン軍艦』の画像を指でタッチする。
すると『注文を受け付けました』という電子音と共に、厨房へのオーダーが飛んだ。
「流れる寿司を指で捕獲する……。狩猟本能を刺激するUI設計です。サイバーパンクの世界に迷い込んだようです」
(サイバーパンクは知ってるのな)
「泳いでないのはタブレットからも注文できるみたいだぞ」
俺たちはとりあえず、お茶(粉末緑茶)を準備し、戦闘態勢に入った。
◇ ◇ ◇
「まずは王道を攻めます」
アリスが注文したのは、こはだ、真鯛、アジなどの正統派だ。
特急レーンで運ばれてきた寿司を、彼女は優雅に(箸で)食す。
「……悪くありません。ロボットが握ったシャリでしょうが、空気の含み具合が均一です。ネタの解凍技術も高い」
「だろ? でもなアリス、回転寿司の醍醐味はそこじゃない」
俺はニヤリと笑い、自分の注文品を並べた。
『ハンバーグ』『ミートボール』『牛カルビ』『天ぷら寿司』。
「……カケル。邪道です。それは寿司ではありません。シャリの上に乗った『おかず』です」
「邪道こそが回転寿司の華なんだよ! 子供舌と言われようが、酢飯と肉の相性は抜群なんだ!」
「認めません。お魚への冒涜です」
アリスは冷ややかな目で俺のハンバーグ寿司を見ていたが、俺が次に取った皿を見て眉をひそめた。
「……それは?」
「『サーモンチーズ』だ。サーモンの上にチーズを乗せて炙り、マヨネーズをかけた傑作だ」
「信じられません。生魚に乳製品? その上、加熱(炙り)までするなんて……素材の味を殺す気ですか?」
「騙されたと思って食ってみろ。イタリアンと和の融合だぞ」
俺が無理やり一貫勧めると、アリスは「毒味ですね」と渋々口に運んだ。
モグモグと咀嚼し、動きが止まる。
「……!」
「どうだ?」
「……計算外です。炙られた脂の香ばしさとチーズのコクが、酢飯の酸味で中和されています。これは寿司ではありませんが……料理として完成度が高い」
「だろ?」
「悔しいですが、採用します」
アリスは素早くタッチパネルを操作し、サーモンチーズを追加注文した。
陥落るのが早い。
「なら、俺の最強のオススメもいけるか?」
俺は真打ち登場とばかりに、ある皿を手に取った。
『味玉軍艦』だ。
海苔で巻かれた軍艦の上に、半分に切った味付け煮卵が鎮座している。そして、その卵の下にはたっぷりとマヨネーズが隠されているのだ。
「……煮卵? ラーメンの具材では?」
「食べてみろ。マヨネーズと煮卵のハーモニーが、脳髄を直撃するぞ」
「カケル……貴方は重度のマヨネーズ中毒者ですね」
(マヨラーは知ってるのな)
アリスは呆れながらも、味玉軍艦を口にした。
そして、目を見開いた。
「……濃厚。卵黄のコクとマヨネーズの酸味が、暴力的なまでに舌を蹂躙します。……高カロリーな味がします」
「いけるだろ?」
「背徳の味ですね……。九条院家の食卓では絶対に出ない味です」
アリスは「もう一皿」と手を伸ばした。どうやらジャンクフードの沼にハマりつつあるようだ。
◇ ◇ ◇
食事が進むにつれ、空き皿が積み重なっていく。
「アリス、皿はここに入れるんだ」
俺はテーブルの端にある『皿回収ポケット』を指差した。
「ここに皿を5枚入れるごとに、液晶画面で抽選ゲームが始まるんだ。『サムライ・チャンス』っていうんだけどな」
「抽選ですか? 景品は?」
「割引クーポンとか缶バッジとかだが……今の期間の特賞はこれみたいだな」
俺は卓上のPOP広告を指差した。
『今月の目玉! サムライ人形〜フィギュアスケートver〜』
ちょんまげを結った侍が、煌びやかな衣装を着て、片足でスピンしているシュールすぎるフィギュアだ。
「……何ですか、この前衛芸術は」
「意味わかんねえよな。毎月変わるんだけど、今月はなぜかスケートらしい」
「……欲しいです」
「へ?」
アリスが真剣な瞳で、スケート侍を見つめていた。
「この武士道と氷上の舞踏を融合させた矛盾。現代アートとして評価に値します。部屋に飾りたいです」
「マジかよ……アリスの感性って、たまにバグるよな」
というわけで、俺たちの目的は「食事」から「サムライ狩り」へとシフトした。
「あと二枚で五の倍数です! カケル、食べてください!」
「もう限界だよ! アリスが食えよ!」
「私はデザートの大学芋を攻略中です! サイドメニューは皿カウントに含まれないのですか!?」
「サイドメニューとか丼もの、麺類は対象外だ! 寿司を食え寿司を!」
俺たちは限界の胃袋に鞭打って、皿をスロットに投入し続けた。
液晶画面で、サムライがトリプルアクセルに挑戦するアニメーションが流れる。
『失敗!』『失敗!』『失敗!』。
「くっ……回転不足です!」
「もう無理だ……吐く……」
そして、二十五皿目。五回目の挑戦。
サムライが見事な4回転ジャンプを決め、着氷した。
『大当たり!』
ゴトン、と頭上の棚からカプセルが転がり落ちてきた。
「やりました! 金メダルです!」
アリスはカプセルを開け、出てきた『フィギュアスケート侍(金ピカ仕様)』を掲げて歓喜した。
周りの客が羨ましそうにしていた。
俺が知らないだけで以外と人気があるのか?
◇ ◇ ◇
店を出た俺たちは、重たい腹を抱えて駅へと向かった。
「……苦しい。兵站の過剰供給です」
「だから言っただろ……。でもまあ、取れてよかったな」
アリスは鞄につけたサムライ人形を、愛おしそうに撫でていた。
「はい。カケルとの共闘の証として、大切にします」
「黒服に見つかって『なんですかそのゴミは』って捨てられないようにしろよ」
「大丈夫です。人間国宝の作品だと偽れば、彼らは納得しますから」
アリスは悪戯っぽく微笑んだ。
その笑顔を見て、俺は思った。
高級寿司もいいだろうけど。
こうやって馬鹿みたいに腹一杯食べて、変な人形で笑い合える回転寿司も、悪くないんじゃないかと。
まあ、しばらくマヨネーズはいいや。
次回 第17話:SNSのフォロー欄は、その人の性癖を映す鏡ですか?




